アデルとカスガー
静かな月が満ちる夜だった。
「カスガ―に言っておかなければならないことがある」
アデルは唐突に切り出した。
表情が硬い。
「何でしょう。 大切な話ですか?」
カスガーは真顔になり、アデルを見詰める。
アデルは大きく息を吸い……吐いた。
「……実はオレ、前世から転生回帰している」
アデルもカスガ―の目を、真剣切って見詰め返した。
漆黒の夜に、鈴虫の声が響く。
「アデル様、ちょっと言っている意味が分かりかねますが?」
転生回帰?
耳慣れない言葉を聞き、カスガ―は小首を傾げる。
「分かりやすく言えば……生まれ変わっておる」
アデルは引き続き、カスガーの瞳を捉える。
「確かに、人間は輪廻転生するといいます。」
「それを自覚していらっしゃるということですか?」
カスガーはなんとなく意味が呑み込めてきた。
見ると、満月がアデルの顔を照らす。
「オレの人生を、もう一回トレースしておる。」
くっきりとした目鼻立ちが、カスガーの瞳に映る。
「にわかに信じがたいですな」
武骨なカスガーは、月並みな返事しかできない。
「……」
しばし……沈黙が流れる。
「2年後に、オレはオデル様を殺す」
ようやく、アデルはカスガーから視線を外す。
立ち上がって、美しい月夜を眺める。
「そんな!……ありえません」
カスガーも立ち上がった。
アデルの衝撃の告白に座っていられない。
「そして、11日後……トヨルドに殺される」
「……ではなかった」
「トヨルドに追い立てられ、山賊に殺される」
アデルの声のトーンが強くなる。
「そ、そ、そんな……ありえません」
カスガーの声が震える。
「お前も一緒にな」
視線をカスガーに戻した。
沈黙が流れ、鈴虫の音だけが大きく聞こえる。
「……そして、もう一つある」
アデルの顔から血の気が引く。
――また沈黙。鈴虫の三重奏。
「オデル様も転生回帰している……ようだ」
アデルの眉間に皴が寄る。
顔面に緊張の糸が張る。
「オレに復讐を誓って、転生回帰している……に違いない」
アデルの手足が小刻みに震えだす。
「……」
また、沈黙が訪れる。
鈴虫の鳴き声がやたら大きく聞こえる。
「殺さなければ……」
と言ってカスガーは止まる。
「殺らねば、殺られる……ということですな」
唾をゴクリと飲んだ。
アデルは黙って頷く。
「こちらも順調に恨みが募ってきている」
アデルの眉間に皴が寄る。
「日頃から圧をかけられ、いい様に使われ……」
「ハゲと罵られ、母を見殺しにされた。……代理を立てておいたが」
瞳に炎が灯る。
「あの方と対峙するのは宿命のようだ……」
アデルは満月に目を遣る。
カスガーはため息をつく。
「しかし……勝てる気がしません。絶対にやめた方がいいです」
カスガーの言葉に力がこもる。
「あの人……化け物です」
「まさに、神に愛されたお方……」
アデルの視線を探す。
「前世では、奇襲した」
「わずかな手勢しか連れていない夜を狙った」
アデルは月から目を逸らし俯く。
「なるほど……それしかありませんな」
カスガーはしっかりと頷く。
「でもな、前世では私が裏切るとは夢にも思っていなかった……だろう」
「だから成功した」
アデルは口角が上がり、わずかに笑む。
「今回はそうはいかなそうだ」
再び口元が締まった。
「オデル様もその覚悟で準備しているに違いないから」
◇
「お前の部下のカスガーは、アリアランドのロングウォールと縁戚らしいな」
オレはアデルを呼びつけた。
「左様でございます」
アデルは恭しく頭を垂れた。
「アリアランドは、ロングウォールの好きに切り取らせよ」
オレはアデルを真っすぐに見た。
「正直、アリアランドまで見切れない」
「ロングウォールに支配させた上で、オレに従えば良い」
アデルはオレの意図を解釈してくれるか?
「アリアランドは、ロングウォールに任せる」
「あの島国全部を、ですか?」
「正直、もう見切れん」
カスガーと親戚なら話が早い。
「承知いたしました」
と頭を下げたが……止まった。
「お約束願いたいことがあります」
またこいつ……面が見えない時が不気味だ。
躰が薄ら揺れている。
笑っているのか?
「なんだ?」
ビビりが顔を出したオレは、単純な返答しか出ない。
「外交文書を書いてください」
アデルは単刀直入に語った。
なんだ、そんなことか。
しかし、内容が問題だ。
「何と書く?」
強めに言い放った。
「ロングウォールがアリアランドを統一したら、自治を認める」
アデルは言った。
うむ。確か……、前世では口約束だった。
だからロングウォールの力が強くなった時、アデルに討伐を命じた。
そうか……あいつ、それを恨んでいるのか。
仲良くしていたものを『裏切れ』と言ったのが屈辱だったのか?
――少し考える。
「……いいだろう」
アデルの言い分を認めてやった。
外交文書でもなんでも書いてやる。
でも、そんなもの必要とあらば、秒で破り捨てる。
「ありがとうございます」
頭を垂れたアデルの躰はまた揺れている。
また笑っているのか?
それは、オレの深読みし過ぎか?
いや、……深読みではない。
こいつも転生回帰しているという前提で考えねば。
お互いに今後の展開を分かり切っている上で、再び相まみえるのだ。
それがオレとアデルの宿命ならば……。
月だけが、黙って二人を見下ろしていた。
オレは初めて、アデルが恐ろしく見えた。




