トヨルドの躍進
トヨルドは時々、オデルの妹シルビアの住まいを訪問する。
アサイルが自害し、匿った時からの縁だ。
美人4姉妹?と話すのは気晴らしにもなる。
「お猿のトヨルドが参りましたぞ」
いつもお道化て、手土産をもって訪問する。
「今日は何を持ってきてくれたの?」
長女のセイロンが微笑む。
声を聞くだけで、トヨルドは和む。
「これをご覧ください」
と言うと、宙にお手玉を3つ交互に投げ廻す。
――小豆袋で作られたお手玉だ。
「キャ、われにもやらして」
三姉妹が興味津々と、沸き立つ。
その様子をトヨルドは笑顔で見詰めている。
「その小豆袋は、もしや……」
シルビアはトヨルドに問いただす。
――トヨルドは笑顔のまま気付かない。
じっと見る視線の先に――セイロン姫の美しい笑顔がある。
「トヨルド殿、その小豆袋は?」
ようやくトヨルドは我に返る。
「そうです。あの時オデル様を救っていただいた小豆袋です」
トヨルドはシルビアの方に向き直る。
「救ったなんて、大袈裟な。でも私の夫は……」
というと、見る見る表情に影が差す。
「おねーちゃん上手!」
次女、三女がセイロンを褒めそやす。
「私は夫を救えなかった……」
シルビアには、娘たちの明るさが眩しい。
3人居て良かった。
――しかし……トヨルドの返事はない。
クシャクシャの笑顔で見詰める視線の先に……セイロンが居る。
シルビアの脳裏に稲妻が落ちた。
――まさか、でも……、
この人は7歳のセイロンに会いに来ている。
40過ぎの男が……。
……あの目は、男が本気で女を見る時の目。
美貌に生まれた自分自身が何度も受けた、男の視線。
その中でも格別に粘り気の強い、纏わりつくような視線。
純粋にセイロンが好みなのか?
それとも幼児性愛者なのか?
シルビアにはその2択しか思い浮かばない。
――トヨルドのセイロンへの異常な視線。
シルビアの背筋に、氷水を流し込まれたような悪寒が走る。
――この男、娘の成長を待っている。
「自分はシナ国攻略の担当となった」
トヨルドは「はっ」として、セイロンへの視線を切る。
「忙しくなるが、必ず様子を見に伺います」
シルビアに向き直り、頭を垂れた。
◇
トヨルドはシナ国攻略の拠点を探していた。
そこに、――ブラックというものが接近してきた。
二人はホワイトヘロン城で落ち合う。
「シナ国は巨大。しかし、動かぬ山」
ブラックが話した。叩き上げの実直な男だ。
「私を呼んだ。あなたは賢い」
トヨルドはいつもの笑顔を貼り付ける。
「オデル公爵が、天下を獲ると分かりました」
ブラックも笑みを張りつけ呼応する。
「気が合うようだ」
トヨルドは頷く。
「つきましてはこのホワイトヘロン城をお使いください」
ブラックは鋭い眼差しを投げる。
「それは非常にありがたい」
トヨルドの笑顔はクシャクシャになる。
「シナ国攻略にご協力願いたい」
今度は真顔で見据える。
「私と仲間で協力いたす」
ブラックの申し出に、トヨルドの頬は右側だけ上がった。
◇
「また、裏切られました」
ブラックがトヨルドに首を垂れる。
「アイリーンに続いて、ナザルもシナ国に……」
ブラックは青ざめる。
――自分の読みは間違っていたのか?
なぜこうも裏切る?
皆にはオデル公爵の魅力が分からないのか?
「気にするなブラック。世界は裏切りで回っている」
トヨルドは意に介さない。
「オレはお前をも、裏切る前提で対峙している」
トヨルドの薄ら笑いの奥の目が煌めく。
「私は裏切りません。アイリーンに幽閉されても屈しなかった」
ブラックはアイリーンを説得に行き、逆に幽閉された。
その時痛めた足を、今でも引きずる。
「オレはいくつもの手筋を考える」
「チェスと同じだ」
トヨルドはブラックの肩を親しみを込めて叩いた。
「もし今、アデル伯爵がオデル様を裏切ったら?」
「もしくはオデル様が、アデルを見限ったら?」
「もしくはこの私に兵を向けてきたら?」
トヨルドの細めた目に闇夜の雲がかかる。
「そ、そんな! 絶対にありません」
ブラックの声はひと際大きくなった。
◇
トヨルドは、小さな躰に仰々しい甲冑を身に纏う。
――裏切ったナザルの城を取り囲んだ。
「難攻不落の城……まともにやると、こちらも力が落ちる」
――腹心のブラックに目を遣る。
「力が落ちたら、オデル様に攻め込まれるかもしれない」
「アデルが踵を返して向かってくるかもしれない」
真顔のトヨルドは人を引かせる。
「そのような……、どういたしますか?」
ブラックは返答のしようがない。
「周囲の砦を破壊し、敵の補給路を断つ」
トヨルドは顔を上げて遠くを見る。
「――干すのだ」
ブラックは不気味に笑うトヨルドの顔を見る。
「干す……とは、兵糧攻めですな」
トヨルドはコクリと頷く。
「2年くらいかかるかな?」
トヨルドは固まった顔のまま遠くを見ている。
「シナ国は強大だ。距離もある」
「これからは、力だけでは勝てない」
ブラックはトヨルドに釘付けとなる。
「2年後からが勝負になる」
トヨルドの声がひときわ大きくなった。
ブラックは背筋が伸びる。
「それまでに力を蓄えるのだ」
「このまま放置すれば、2年後向こうから降伏してくる」
不敵に笑うトヨルドは右の頬だけ上がった。
「オレには見える。馬を喰うて、草を喰うて泣き叫ぶ民衆」
「いよいよ、人の肉を喰うた時――」
「気が付いて、降伏してくるナザルの顔が」
ブラックの背筋に冷たいものが滴った。
――自分の選んだ人は天才だ。
見え過ぎている……恐ろしく深く。
自分は凡人だ。
だから天才に従うしかない。




