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アデルの我儘

「アデル、焼き討ちは総大将としてよく奮闘した」


「褒美にヘレナの地を与える」


 戦勝の褒美を与えた。


 前世なら、この褒賞を疑いもしなかった。


 功績を挙げた家臣に領地を与える。


 それが覇王として当然の振る舞いだと信じていた。


 だが今は違う。


 ヘレナは帝都メットへ通じる要衝。


 同時に、前世でオレが命を落とした戦いへと続く道でもある。


 危険は分かっている。


 それでも遠ざける気はなかった。


 敵になるなら、近くで監視した方がいい。


 本当に裏切るのか?


 それとも未来は変わるのか?


 ――この目で見届ける。




 「もったいない。過分な褒美にございます」


 アデルは恭しく頭を垂れた。




 「実際、オレは臣下に領地を与えるのは初めてだ。」


 「嫉妬されないように励め」


 古参のロードからの嫉妬はあるだろう。




 地面に額を擦り付けながら……アデルは笑う。


 私のミスにオデル様は気付いていない。


 ――今回はトヨルドに助けられたのに。




 しかも、……メットの地はヘレナに近い。




 あの時――。


 ヘレナが拠点だから、インスティクト大聖堂をすぐに襲えた。




 アデルが顔を上げたところで、互いの視線がぶつかる。




 オレは……危険を承知でアデルにヘレナを与える。


 今度は来るのを承知で、――迎え撃つ。




 ◇




 オレはトヨルドを呼んだ。




 「ドワーフたちの制圧は進んでいるのか?」 


 穴の開いた小豆袋の四隅の一つだ。




 「なかなか一筋縄でございません」


 「① 亜人どもの死を恐れぬタチ


  ② 本拠地が天然の要害


  ③ 他のロード達の援護


  ―― が強く簡単ではありません」


 トヨルドは淡々と状況を説明する。




 「セント・ヘレナ大聖堂を焼き討ちしたと、広まっております」


 「対抗勢力が結集しています」


 オレの顔色を伺いながら正論を述べた。




 「是非もない。長い戦いとなりそうだ」


 オレは天守から外を見やった。


 気持ちの良い五月晴れに、まだ少し冷たい空気が心地よい。


 ドワーフは他の亜人とは違う。


 国を奪われても諦めない。


 一族が一人残れば、百年でも二百年でも復讐を誓う。


 前世でも最後まで抵抗を続けた相手だった。


 力だけでは屈しない。


 恐怖でも従わない。


 だからこそ厄介だ。


 天下統一への道は、まだ遠い。




 「ところでオデル様、タケル公爵より書状が届いております」


 トヨルドが差し出した。




 「内容を検めてみろ」


 「はい、代読します」




 「神を敵に回した人非人へ




  この度の、神をも恐れぬ蛮行。消して許さぬ。


 セント・ヘレナ大聖堂とその山を焼き討ちし


 イリイエ法親王と、精霊の守り人エルフ達を襲った愚行。


 神に代わり成敗する。




               神の使い――タケル公爵」




 「イリイエめ、タケルのもとに逃げおおせたか」


 最悪のシナリオだ。




 「5隅目の穴が開いたようだな」


 オレは嘆息した。




 そうだよ、思い出した。




 わざと逆なでする返事を書いた。


 向こうから攻めさせる策だ。




 タケル公爵は、途中で病死する。


 恐れることはない……はず。




 ――未来が違う時もあるので気になるが。




 オレは返事をしたためる。




 「神の奴隷さんへ




 生臭坊主の手先、ご苦労様。その欲まみれの御仁を


 神と崇めるなら、こちらは悪魔になり迎え撃つ。




      ガナブノ・オデル=ウオマンテ・クロイダ」




 これで、タケル公爵は顔でお湯を沸かしながら攻めてくるだろう。




 「オデル様は、戯言が上手でございますな」


 トヨルドは真顔で感心する。



 「煽ってやった」


 「準備をしておけ」



 トヨルドは苦笑した。


「普通の殿なら和睦を探ります。オデル様は真逆でございますな」


「敵を怒らせて戦場へ引きずり出す。」


「常人には思いつかぬ策です。」


「勝つためなら性格まで武器にする。」


 その評価に思わず笑った。


 なるほど。


 前世では誰もそんな言い方はしなかった。




 ◇




 良からぬ噂がオレの耳に入った。


 ――アデルがバイナーの家臣を雇っている。




 オレは最近、ナイトの味方間での転籍を禁止した。


 主人が気に入らないからと転籍が横行しては、主従関係が乱れる。


 基本原則が乱れると世は治まらない。




 「アデル、どういうことだ?」


 呼びつけ問い詰めた。




 「バイナーに捨てられたカスガ―は、非常に優秀な人物です」




 「その者は、カスガ―と申すのか?」


 オレは、アデルを睨みつけた。




 ――アデルの最後をともにしたあいつか。


 そして、カスクバレーでアサシンにも化けた。




 「敵方に回ったら、脅威となるでしょう」


 「味方にしたら軍師3人分になります」


 アデルは訴えた。




 「ならん、ならん。法を整えたばかりだ。示しがつかん」


 オレは鉄扇で地面を叩いた。


 耳を塞ぎたくなるような破裂音が響く。




 「バイナー様が扱いあぐねたのか、とも……」


 アデルは言いにくそうに、オレの顔色を伺う。




 「バイナーに恥をかかすことになるんだぞ」


 頭に血が上ってきた。


 前世と同じだ。




 しかし、前世では、ここで結局


 ――このオレ様が折れてやった。


 まだ、アデルが可愛かったのであろう。




 ――なんか腹が立ってきた。


 こいつ後で、オレを殺すのに。




 オレはおもむろに、……アデルの頭部を引っ叩いてやった。


 ――すると、見事にずれたカツラが……アデルの顔面を覆った。


 「あっ……。」


 カツラはくるりと回転し、


 まるで生き物のように宙を舞った。


 そうだよ。


 こいつ、ズラだったんだよ。




 前世でこいつはもう一回、転籍禁止の法を破る。


 その時は、衆目の前でズラを顔に覆ってやった。


 あの時の辱めこそ、オレを殺った最大の理由だろう。




 ――早くも、このタイミングでやってやった。


 前回は、知らなかったからな。




 また衆目の前でも、やってやる。


 ――今は予行演習だ。




 オレはアデルを見下げてやった。


 来るなら来い!



 仕返しのタイミングは常にある。


 ――殺された恨みは、いつでも返す。



 アドレナリンが脳内を駆け巡る。


 血走った目でアデルを見詰めた。



 すると、……何だあいつは?



 アデルは落ち着き払った態度で、ズラを外した。



「隠しているのが辛ろうございました」


 ズラを片手に禿頭を下げる。




 「私は禿にございます」


 と言って頭を一発、「ビシィ」と叩いて微笑んだ。



 なに? こいつ?


 あの時真っ赤に震えたプライドは、――どこに行った?


 予想外だった。


 前世なら、この瞬間に顔を真っ赤にし、唇を噛み締めて震えていた。


 屈辱を飲み込み、その怒りを二十年以上胸に抱え続けた男だ。


 それなのに。


 目の前のアデルは笑っている。


 自分から禿を認め、自分で頭を叩いてみせた。




 「今後は、ハゲルとでもお呼びください」


 「プーッー、ププーゥ」


 オレは吹き出してしまった。




 おもしれーじゃねーか、こいつ。


 いつから、こんな大物になった?


 ……こいつ、本当にオレが知るアデルか?



 これは一杯食わされた。


 

 ……何だ、この違和感は。

 

 人はここまで変われるものなのか。


 それとも、変わったのはオレの行動で、


 未来そのものが少しずつ書き換わっているのか?




 法令違反していた咎など責める気もなくなった。


 ……今回は、貸しにしておいてやる。




 ――でもマークせねばな。


 カスガ―は切れ者だ。 


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