劫火
オレはセント・ヘレナ修道院の山の麓ふもとで仁王立ちする。
アデル、トヨルド、ハプスブルク、ウィンザーも揃った。
「エルフは、神の使いではない」
オレは演説をぶつ。
「騙されてはいけない」
拳を掲げる。
「神の仮面を被った、戦闘員だ」
皆の顔を睥睨する。
オレの言わんとすることは、伝わっているか?
「遠慮はいらない」
「そして女子供も焼き払え、医者も学者も避難民もな」
みな固唾をのんで黙りこくる。
オレの指示に青ざめている。
目が泳ぐもの、下を向くもの。
「異論あるものは?」
と言ってまた衆目を睨みつける。
……握った拳が震える。
胸がわななく。
カルーセルをやられた憤りが収まらない。
あいつらだって、同じ気持ちのはずだ。
「アデルは正面から山を上がって、本堂を焼き討て」
「他軍も周りを囲んで敵の退路を立て」
奴らは袋の鼠だ。
「アサイル・アサルドは、もう修道院からは離れたとのこと」
アデルより情報が入る。
「それは分かっておる」
皆が黙る。
なぜ知っている?
……言い過ぎたか。
しかし、それはあっさり流す。
「目的は、一つに奴らの軍事拠点になっているこの地を殲滅すること」
「二つに、教皇の弟イエイラ法親王を捕らえること。討っても構わん」
そう言えば、
インスティクト大聖堂の業火が甦る。
あの時、あいつは言っていた。
「セント=ヘレナ修道院焼き討ちの時、燃えていたのは修道院ではない。人間だ。
――その中に私の母もいた。叫んでいた」
心が揺らぐ。
心臓を掴まれたような感覚に陥る。
――これでオレは、アデルの恨みを買ったのか?
非道すぎる沙汰であったのか?
アデルと目が合った。
……無の顔だ。
気持ちは読めない。
――しばしの沈黙が流れる。
皆、オレの次に発する言葉を待っている。
「突撃だ! 囲め!」
満を持して号令をかけた。
各自持ち場に散る。
「アデル、ちょっと」
みな突進していく中で、呼び止めて小声で囁いた。
「肉親が居るようなら、……逃してから焼き払っても良いのだぞ」
――アデルの反応を食い入るように見つめた。
「……?」
アデルは小首を傾げてオレを見据える。
「セント・ヘレナに母など肉親は居りませぬが?」
オレの目をまっすぐ見据えて答えた。
いや、お前確かにあの時……。
――言っても仕方ない。
「あっ、妻の母君でしたら近所に住んでいます」
「でもセント・ヘレナには居りませぬ」
アデルの真顔に腹が立ってきた。
では、あの時恨みがましく言ったことは……嘘だったのか?
「もう良い。行け!」
山門の金色の円筒に映るアデルの顔は……また笑っていた。
……いや、円筒だから歪んで見えるだけか?
アデルは駆けた。
……いや、待てよ。
あいつ、――オレは肉親と言ったのに、
――「母など居りませんぬ」と言ったよな?
アデルは優秀で非の打ち所がない。
部下でナンバーワンだ。
その働きは前世と変わらない。
しかし、……。
今世のアデルはそれだけではない。
何かを隠しているようで、掴みどころがない。
……まあ良い。
まずは目の前に集中しなければ。
詠唱に入った。
「我が身を代価に我が内の灰燼焔を焚べよ――イグニス・シネレア・フランマ‼」
最近覚えた、炎系で最上級の魔法を奏でる。
あの、――インスティクト大聖堂を最後に燃やし尽くしたのと同じだ。
広大な森林が一気に紅い劫火に染まる。
沸騰した樹液が放つ、むせ返るような青臭さが拡がる。
すべてを炭化させる熱気が混ざり合う。
――我が身を代価にするので、強烈なめまいに襲われる。
「アデル軍はクロスボウを放て!」
火のついた矢を放たせる。
「トヨルド、キャノン砲連射!」
そこまで指示して……後はよく覚えていない。
イグニス・シネレア・フランマの強力な代価に、記憶が飛んだ。
……逃げ惑うエルフたちの驚愕した表情が、オレの残像に残った。
正面の山道に着いたアデルは、部下に耳打ちする。
「炎の矢を放つ前に、子女、老人を逃がせ」
部下は目を見張る。
「えっ……それは……オデル様にバレたら……」
「――大丈夫だ」
アデルは自信に満ちた顔で答えた。
「医者や学者もな」
「えっ……」
部下は驚愕の表情でさらに目を見張る。
「大丈夫だ。
――オレはオデル様に言い切る自信がある」
アデルの確信に満ちた表情に、反論の余地はない。
部下たちは逃げ道を確保した。
――婦女子、識者が慌てて走り抜ける。
しばらくすると、
――耳が尖りスラリと背の高い者たちが降りてきた。
――エルフたちだ。
「炎の矢を放て!」
アデル軍も攻撃に転じた。
人情もここまでだ。
エルフ達は、精霊に語りかけた。
「去りゆく風よ、我が調べを抱きて、彼の者の行く手を阻む刃となれ」
突風が翻る。
アデル軍の矢が反転し、火に包まれた。
アデルの顔が固まる。
「――いかん、トヨルドに援護射撃を頼め!」
伝令兵を走らせた。
「アデル様、味方が火に包まれております」
隊列が乱れ、逃げ惑う。
アデルは唇を噛む。
自分が甘かったのか?
弱きもの、智のあるものを逃していたから。
――スキを与えた。初動が遅れた。
アデルはすかさず詠唱を始めた。
「泉の息吹よ、奔れ――スプラッシュ」
自軍にシャワーの雨を降らす。
しかし、
――エルフ達も追撃する。
「風よわななけ、地を揺るがせ、邪悪な者たちに災いを!」
斜面から巨石が転がり落ちる。
次から次に落ちる巨石がアデル軍を襲った。
逃げ惑う自軍にアデルは目を剥く。
「慌てるな! 大丈夫だ。敵はオデル様の火に包まれている」
大きく息を吸い、己の心も整える。
――その時、
トヨルドのキャノン砲が火を噴いた。
キャノン砲の連射がエルフ達を殲滅する。
「――助かった。山頂に追撃しろ!」
アデル軍は山を駆け上がる。
修道院本尊のイエイラ法親王を狙う。
山頂の修道院本尊は、各所に火が上がる。
――劫火に覆われるのも時間の問題だ。
口を押え、むせ返るような煙を避けて法親王を探す。
――すると、本尊から一筋の光が天に向かう。
光彩の中を無数の煌めきが瞬く。
その光彩を囲むように4体のエルフが浮かぶ。
そして真ん中に、――イエイラ法親王が手を取られ浮かぶ。
エルフ達は法親王を守る様に囲い、空に飛翔した。
「待てい! 生臭坊主!」
トヨルドは、キャノン砲を連射する。
アデルのクロスボウ部隊も矢を放つ。
「オデル、神を敵に回したお前には厄災が訪れるであろう」
イエイラ法親王は、捨て台詞を吐いた。
――スピードを上げたエルフ達は、あっという間に空の中で小さくなり――姿を消した。
地表でそれを見ていたオデルも地団太を踏む。
「クソッ、また災いが残りやがった」
確かに訪れる厄災に、オレは対峙しなければならない。




