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ゴラリ・エージェント  作者: Adrashika
第10章:死の妖精
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パート42

「……あの時、断らなければよかったのかもしれない。お前が俺にプロポーズして、俺がそれを拒んだ、あの日に。」

シナはゆっくりと目を開けた。彼女の目の前には、本来の姿を現したユリナが立っていた。それは白磁のような肌と長い髪を持つ美しい容姿だったが、その背後から伸びる無数のブレードが彼女の残虐性を物語っていた。刃の先からは、血の滴が静かに滴り落ちている。

一方、テギは息を切らしながら、必死にシナの姿を捜し求めて激走していた。密集する竹林を強引に突き進んだせいで、彼の顔や手足は生傷だらけになっていた。

「何が何でも、一刻も早く辿り着かなければ……。だが、だが俺には、シナがどこにいるのか分からないんだ……!」

心の中で焦燥に駆られながらも、彼はただひたすら前へと足を動かし続けた。

その頃、別の場所ではマヨラがツネリの元へと辿り着いていた。ツネリの惨状は目を覆いたくなるほど凄惨で、彼の周囲にはまるで血の溜池が広がっているかのようだった。マヨラはその場に釘付けになり、言葉を失って立ち尽くした。

すでに警察の部隊は嵐山の森へと向かって動き出しており、ウィッシュマスターもまた、自ら屋敷を発っていた。

— しばらくして (— After some time)

「係長、たった今、渋谷駅の周辺で二件の交戦エンカウントが発生しました! 直ちに現地へ向かっていただく必要があります……!」

カツネリと東京警視庁の元に次々と無線が入る。カツネリは乗っていた車を道路の脇に止めさせ、フロントガラス越しに、遠くに見える嵐山の捜査の灯りをじっと見つめていた。

「……何か不測の事態が起きたその日は、即座に作戦を実行に移せ。前にも話した通り、エージェンシーの11人のうち、3人は千葉の橋の上で命を落とす。そして残りの者たちは、俺の合図があった時に……。」

それは数日前にマヨラがタガヤさんに冷徹に言い放った言葉であり、すべてはマヨラの計算に沿った計画だった。

「忘れるな、俺たちがいつゴラリと直接対峙することになるかは誰にも分からない。だからこそ連絡網は常に強固に保っておけ。俺はいつでも、どんな状況からでも合図を送る……。」

マヨラが描いた筋書き——それは、自分たちがゴラリと接触するまさにその瞬間に、警察の全神経を自分たちの方へと引きつけるための非情な陽動作戦だった。

嵐山の森の奥深くには、不気味なほどの静寂が広がっていた。ただ、その静けさを踏み荒らすような足音だけが響いている。シナは全身傷だらけの状態で、ふらふらと歩き続けていた。自らの片腕をかろうじて支えながら歩く彼女の髪は乱れ、体中には無数の切り傷が深く刻まれていた。その時、彼女の足が突き出た岩に引っかかり、シナはその場に激しく倒れ込んだ。

再び意識が薄れ、目を覚ました瞬間、彼女はまたしてもあの果てしない「白い砂漠」の中、例の木の下に横たわっている自分に気づいた。頭上の枝から一枚の葉が剥がれ落ち、ゆっくりと宙を舞いながら、シナの腕を容赦なく切り裂いて落ちていく。しかし、新たな傷口から血が流れても、シナはもう何の反応も示さなかった。すでに全身を支配する激痛に比べれば、その切り傷など、蟻に噛まれた程度の痛みでしかなかったからだ。

シナの意識が完全に闇に呑まれそうになったその時、どこか遠くから、自らを呼ぶ掠れた声が聞こえてきた。ハッと我に返ると、テギが彼女の身体を必死に揺さぶっていた。テギは彼女の無惨な傷だらけの身体を見て戦慄し、自らの身体で彼女を支えるようにして引きずり起こした。

その時、マヨラもまた、すぐ近くまで足を進めていた。

「分かっている……あのゴラリは、俺たち全員を殺しに来たわけじゃない。標的は、シナただ一人だ……。」

マヨラは低く呟きながら前進し、やがて視界の先にシナとテギの姿を捉えた。

テギはシナに肩を貸して歩いていたが、ふと前方に目をやると、マヨラが冷徹な眼差しを向けたまま、彼らの行く手を阻むようにして直立していた。シナはマヨラの姿を目にすると、強引にテギの手を振りほどき、数歩這い出るようにしてマヨラの前に進み出た。そしてその場に崩れ落ちるように膝を突き、深く頭を垂れて激しく泣き崩れた。マヨラは自らの胸を締め付ける感情を必死に押し殺しながら、無言でシナの身体を抱き起こし、顎でテギの方を指して「行け」と合図を送った。テギはマヨラの意図を汲み取り、再びシナを抱え直してその場を離れようとした。

まさにその瞬間、背後で微かな気配が弾けた。マヨラは身動き一つせず、その場に留まる。テギとシナ、そしてマヨラの間のわずかな空間に、明確に「何か」が立ち塞がった。マヨラは即座にジャケットの内側からピストルを引き抜くと、身を翻しながらそれをテギの足元へと投げつけ、背後からその化け物を全力で組み伏せた。化け物はマヨラの拘束から逃れようと暴れるが、その無数の刃は構造上、前方にしか傾けることができない。その隙に、テギは銃を拾い上げ、シナを抱えて闇の中へと走り去った。

「……やはり、ここがこいつの死角(弱点)だ。背後の敵に対して、この刃は一切届かない。そしてその致命的な欠陥を補うために、あの異常なまでの突進力と速度があるんだ……!」

マヨラは完全に敵の攻略法を見切っていた。

背中に全ての刃が集中しているため、マヨラが背後から全体重をかけて抑え込んでいる限り、刃を反転させて攻撃することは不可能なのだ。

マヨラは身を引くと同時に化け物を地面へと激しく叩きつけ、その背中に馬乗りになった。そして近くにあった鋭利な岩を掴み上げると、狂ったようにその頭部へと何度も何度も叩きつけた。打撃の衝撃ごとに、割れた頭部から生々しい血と共に、黒い「灰」が夜空へと舞い上がっていく。マヨラは息を荒らげながら、執拗に攻撃の手を緩めなかった。

そしてついに、下の手応えが完全に途絶えた。ゴラリはピクリとも動かなくなった。マヨラは極度の疲労から激しく肩で息をしながら、少し離れた地面へと力なく腰を落とした。しかし、彼が血の混じった汗を拭い、再び前方に視線を戻した瞬間、そこにあったはずの死体は忽然と消え去っていた。

マヨラは周囲を鋭く見回したが、人影はどこにもない。その時、静寂を切り裂くようにして、遠くからテギの絶叫が木霊した。マヨラは弾かれたようにその声の方向へと走り出した。

わずか数十メートル進んだ先で、彼の目に飛び込んできたのは、全身を血に染めたテギが、シナを庇うようにして立ちはだかっている姿だった。消えたはずのゴラリが、すでにその背後から無数の刃をテギに向かって突き出していた。肉を切り裂く鈍い音が響き、鮮血が夜の闇に飛び散る。マヨラは己の足が凍りついたかのように、徐々に速度を落とした。

その瞬間、ユリナの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。彼女の放った刃のうち、一本だけがテギの身体を貫通し、その後ろにいたシナの胸へと深く突き刺さっていた。その他の刃は、防がれて標を外していた。

突如として、森の中に激しく吹き荒れる突風が巻き起こった。ユリナの身体は、徐々に崩壊して乾いた灰へと変わりながら、ただ静かにシナの姿を見つめ続けていた。

マヨラの視界が急激に歪み、世界の色彩が反転した。気づけば、彼は再びあの広大な「白い砂漠」の中に立っていた。そして、彼の背後にそびえ立っていた、あの無数の鋭い葉を持つ大木が、凄まじい勢いで炎を上げて燃え盛っていた。視線を正面に戻すと、そこには本来の姿のユリナが静かに佇んでいた。

彼女は、感情の読み取れない無機質な表情のまま、マヨラに向かって語りかけ始めた。

「……私はお前に憎しみなど抱いてはいない。私はただ、愛というものを不誠実にしか扱えない、あの悍ましい人間どもに心底ヘドが出るだけだ。その独占欲と裏切りが、私を窒息させる……。

ゴラリという存在は、その怪物を生み出した者たちの『記憶』が完全に消え去った時に初めて死を迎える。だが、あまりにも多くの人間が私を恐れ、憎み、その記憶を繋ぎ止めて離さない。だから私は、彼らを屠り続けてきた。

だが……それでも、同じ過ちは何度も繰り返される。しかし、あの少女の瞳を見た時、私は自分が間違っていたのかもしれないと思った。

ここには、間違いも正解もない。人間も私も、誰も正しくなどなく、誰も間違ってなどいないのだ。」

彼女はそう言い残すと、静かに身を翻して白い闇の彼方へと歩き去っていった。マヨラが思わず声をかけて呼び止めようとした瞬間、彼の意識は唐突に現実の世界へと引き戻された。

テギは瀕死のシナを必死に抱え、血の跡を残しながらその場を離れていった。エージェンシーの構成員たちは、ついにこの嵐山に辿り着くことはできなかった。ウィッシュマスターは現地に向かう道中、すでに警察の大規模な包囲網によって拘束されていたのだ。それと同時に、完全武装した警察の巨大な一団が、マヨラが潜むエリアへとじりじりと距離を詰めていた。カツネリの手によって、関東全域の治安維持部隊にマヨラの確保命令が下されていた。

満身創痍となったマヨラは、血を引きずりながら嵐山の深い森から這い出ようとしていた。しかし、その周囲を無数の赤色灯が取り囲む。

もはや、かすかな希望の欠片すら、残されてはいなかった。

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