パート36
— 条件 (Condition)
「5年前、ある人に言われたんだ……『お前は傷ついている、だからこそ致命的(凶暴)なんだ』と。今なら、なぜ彼がそう言ったのかがよく分かる……。」
マヨラはタガヤさんの家に座っていた。そこにはタガヤさんとツネリも同席していた。
「……一人の『兵器』としての目線で、俺を見ていたんだな。」
マヨラの言葉に、タガヤさんは彼を凝視しながら言った。
「JIBの捜査官を巻き込み、真実を明かすことが本当に正しいのか、マヨラ?」
「……ちっとも。」
マヨラの即答に、タガヤは言葉を詰まらせた。マヨラは水の入ったグラスをタガヤさんに差し出し、続けた。
「奴は俺の許可なく、小便一つしに行けやしないさ……。」
「……なぜそんなことが言える?」
ツネリが尋ねると、マヨラは微かに微笑み、説明を始めた……。
— 数日前
カツネリは遅れてオフィスに到着した。捜査官たちが彼を待っていた。彼は彼らに指示を出し、業務の説明を終えた。一人の捜査官が残り、事件に関する重要な情報を伝えようとしたその時、電話が鳴った。
捜査官が電話を取り、スピーカーモードにする。
『……そこはJIBのオフィスで間違いないか?』
「ああ、だが……まず、そちらが誰なのか名乗ってもらおうか。」
しばらく沈黙が続く。捜査官はカツネリを見た。カツネリは少し待てと合図を送る。
『……東京からかけている。』
カツネリはその答えに疑念を抱いた。
(何かがおかしい……こいつは計算して答えている。)
そう直感したカツネリは、ファイルを置き、通話に集中した。その時、ドアが開いた。
「失礼します、リード。捜査官が呼んでいます。」
カツネリは許可を出した。捜査官が部屋を出ようとすると、カツネリは彼を呼び止めて言った。
「おい! すぐに戻ってこい。部屋の掃除が必要だ。あちこちに書類やファイルが散らかっているからな。」
捜査官は頷き、去っていった。その間、電話の相手は沈黙していた。カツネリが電話を切ろうとしたその瞬間……。
『……ジカシだ。東京駅の近くのアパートからかけている……。』
カツネリの動きが止まった。彼の顔には大粒の汗が浮かんでいた。
『……ああ、聞き間違いじゃない。俺は、ジカシ・マヨラだ……。』
(生きていたのか……。俺の疑念が一瞬で確信に変わった。)
カツネリはしばらく言葉が出なかった。
その頃、部屋を出た捜査官は秘密裏にセキュリティルームへ向かい、通話の逆探知を開始していた。
(カツネリ、あと数分だけ時間を稼いでくれ。誰が、綺麗な部屋を二度も掃除するなんて言うもんか……。)
そう心の中で唱え、捜査官は作業に没頭した。
カツネリは少し考えた後、問いかけた。
「生きていたのか? 一体どうやって……? 誰が救ったんだ?」
マヨラは薄笑いを浮かべて答えた。
『……教える理由がないな。それより、お前の婚約者がさっきまで座っていたカフェは、俺の……いや、俺のオーナーの店だ。彼女は朝からずっとそこにいる。』
「……貴様、そんな真似をする男だとは思わなかった。あの夜の騒ぎを見た時、お前を捕食者だと思ったが……ただの卑怯者だったか?」
カツネリは吐き捨てるように言った。
『……落ち着けよ。俺はただ、先に来た広告みたいなもんだ。今から通話をつなぐ……マスターと話せ。』
「マスター? 一体……誰のことだ?」
通話が切れた。カツネリは妙な胸騒ぎを感じ、同じ番号にかけ直したが、二度と繋がることはなかった。カツネリは激しく机を叩いた。捜査官が部屋に駆け込んでくる。
「どうしたんですか!?」
「……何も掴めなかった。逆探知はできていたが、通話の最後で追跡も録音も遮断された。録音データは……最後の方がノイズで使い物にならない。」
カツネリはグラスの水を飲み干し、それを見つめた。捜査官は困惑している。
(一刻も早くあの録音が必要だ。一体、どんな『マスター』の話をしていたんだ……? 認めざるを得ないな。この男……一瞬で俺の両手を縛り上げやがった。)
マヨラはツネリにすべてを話した。タガヤさんもその重苦しい事実に圧力をかける。
「……犠牲者を利用したな。そんなありふれた恐怖では、長くは持たないぞ。お前は自分が生きていることを奴らに確信させるというミスを犯したんだ。」
タガヤは怒りを込めて言ったが、マヨラは何も答えなかった。ツネリは二人の顔を交互に見た。
「……それで、彼の婚約者は今どこに?」
マヨラは顔を上げ、少し身を乗り出して答えた。
「俺のカフェの従業員として働いている。彼女の外出は一切禁止した。それに、カツネリはそこへは来られない。すでに警告済みだ。」
そう言いながら、マヨラはタガヤさんの飲み物に氷を入れ、彼に差し出した。
「……そろそろ行きます。エージェンシーが分裂したせいで、少し緊張状態にある。」
「……ああ、行っていいぞ。」
マヨラはツネリを先に行かせた。ツネリがドアを開けて外へ出る時、マヨラはその隙間にシナの姿を垣間見た。ドアが閉まるまで、マヨラとシナの視線は重なっていた。
タガヤは立ち上がり、マヨラと共に部屋を出た。下へ降りると、シナがすでにテーブルにコーヒーカップを置いていた。
「悪いなマヨラ、うちの家は少し勝手が違って……。」
「いえ、家にはそれぞれのルールがありますから。」
マヨラはコーヒーを一口飲んだ。
「……カツネリを完全に信用するな。奴はお前を一瞬で地べたに引きずり下ろす男だ。気をつけろ。」
マヨラは黙って頷き、コーヒーを飲み干してカップを置くと、立ち去ろうとした。その時、ふと気づいた。彼は砂糖の入ったスプーンに一度も触れていなかった。いつもなら必ず砂糖を入れるのが、マヨラの癖だったはずなのに。
彼が振り返ると、シナはすぐに視線を伏せた。
(……だから、砂糖を忘れていたのか。)
シナが最初から自分の好みに合わせて砂糖を混ぜていたことに気づき、マヨラは小さく息を吐いて店を出た。
(……いよいよ、ウィッシュマスター (WishMaster) との面会だ。向こうも、俺の顔を見るのは初めてだろうな……。)




