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ゴラリ・エージェント  作者: Adrashika
第六章 ― 死の天使
29/35

パート29

— JIBの一歩 (Step Of JIB) —


「1945年、日本は深い悲しみに包まれていた。私はまだ八歳で、ラジオに耳を傾けていた。

あの頃、人々は恐怖と、わずかな希望を求めて空を見上げていた。

その時、父が私にある言葉を残した……。

それは今でも、私の心に深く刻まれている。


『自由とは、諸刃の剣だ。』」


部屋には静寂が満ちていた。

吹き込む風だけが、まるで部屋に命を与えようとしているかのようだった。


煙草の灰が床へ落ちる。

煙はゆっくりと立ち昇り、やがて空気へと溶けていった。


部屋の壁には、一人の男の写真が掛けられている。

椅子に腰掛けていた老人は煙草を揉み消し、静かに振り返った。


眼鏡を掛け、白髪混じりの髪。

そして顔の半分は、酷く焼け爛れていた。


—— 東京、日本。


マヨラはカフェで働いていた。

テーブルのカップを片付け、注文を取り、同僚たちと軽口を交わしている。

今日は客も少なく、店内はどこか穏やかだった。


その時、二つのテーブルベルが同時に鳴った。


マヨラが振り向くと、そこにはシナと一人の青年が座っていた。

だがその直後、再びカフェの扉が開く。


マスクを付けた男が店に入ってきた。

男は二人の後ろの席へ静かに腰を下ろす。


シナは何度もマヨラと目を合わせようとしていた。

しかし、マヨラはまるで気づいていない。


注文を取りに向かう間も、シナは彼を見つめ続けていた。


マヨラはまず、後ろの男の席へ向かう。


男はただ静かに座り込み、紙に何かを書いていた。

まるでその紙だけに意識を奪われているように、深く俯いている。


「ブラックコーヒーを。」


男は短く告げた。

マヨラは注文を書き留める。


(……この男、妙だ。)


そんな違和感を抱えたまま、彼は次のテーブルへ向かった。


シナが口を開く前に、隣の青年が注文する。


「シンプルなアイスコーヒーを二つ。」


マヨラは注文を書きながらも、意識はずっとあの男へ向いていた。


(何かがおかしい……。)


胸の奥にざわめきが残る。


やがてマヨラが伝票を持っていくと、男は代金と共に一枚の紙を差し出した。


マヨラは躊躇いながら、その紙を受け取る。


男はそのまま店を後にした。


後ろでは青年がマヨラを呼んでいたが、彼は窓越しに男の背中を見つめ続けていた。


(……嫌な予感がする。)


男は道路を渡りながら、帽子を外し、そしてマスクを取った。


その瞬間。


マヨラの手が震えた。


瞳が一箇所に縫い付けられたように動かない。


背後から青年の大きな声が飛び、マヨラは我に返って振り向き、伝票を差し出した。


その頃——。


ズシャイ・カフェから遠く離れたJIB(日本調査局)では、一つのファイルが持ち込まれていた。


事件の主任担当者が、その資料を捜査官たちの元へ運んでいく。


「お待たせしました。」


彼らが入った先は会議室だった。

そこには三人の捜査官だけが座っている。


主任はファイルを机の上へ滑らせた。


「この事件は、決して普通の案件ではありません。

まず説明しておきたいのですが——

我々が皆さんに協力を要請した最大の理由は、市民への影響です。


もし警察が扱えば、全てが公になり、人々の目に晒されることになるでしょう……。」


捜査官たちは、一文字たりとも見逃さぬよう資料を読み進めていく。


ページを捲るたび、その視線は鋭さを増していった。


「最も恐ろしいのはここです。

殺害時、悲鳴も物音も一切ない。

あれほど残虐に身体を切り刻んでおきながら……。


普通なら、何かしら音がするはずだ。」


JIBの面々は資料を読み終え、再び主任へ返した。


その時、一人の男が口を開く。


「以前、東京近郊の森林地帯にある屋敷で爆発事故がありましたね……。

覚えていますか?」


長官はしばらく考え込み、水を一口飲んでから答えた。


「ああ、覚えている。

あの時は、屋敷で火災が起きたと報告されていた。」


二人の捜査官は互いに視線を交わし、小さなメモを書き込む。


その一方で、長い間沈黙していた男がいた。


彼は静かに指を持ち上げ、机へ置く。


そして——。


トン、トン、と机を叩き始めた。


全員の視線がその男へ向く。


彼の座る場所だけが薄暗く、その背後は完全な闇に沈んでいた。


やがて会議は終了し、三人は部屋を後にする。

最後に長官が外へ出て、静かに扉へ鍵を掛けた。


—— 夕暮れ。


鳥たちは巣へ帰り、太陽は沈み、空は灰のような色へ変わっていた。


その頃、マヨラはアパートのベランダへ出ていた。


片手にはコーヒー。

もう片方には椅子。


椅子を置き、腰掛け、静かにコーヒーを飲む。


飲み終えたカップを床へ置いた頃、冷たい風が吹き始めた。


「……どうしてだ。」


彼の脳裏には、シナがあの見知らぬ男と座っていた光景が浮かんでいた。


そして同時に——

マスクを外した男への恐怖も。


マヨラは頭を抱える。


「消えてくれ……。

お前と一緒にはいられない。

だが、お前から離れることもできない……。」


その苦悩の最中——。


シナは家へ帰り着いていた。


あの青年が彼女を家まで送ってきたのだ。


シナは別れを告げ、家へ入ろうとする。

だが、青年が彼女を呼び止めた。


シナが振り返る。


「シナ……。

君は……本当に、優しいんだな。」


そう告げられた瞬間、シナはただ俯き、そのまま家の中へ入っていった。


青年は帰路につく。


(ちゃんと言えただろうか……?

いや、もしかしたら嫌だったかもしれない。)


そんなことを考えながら帰宅した彼は、自室へ入ると鍵を掛け、窓を開けた。


月を見上げながら、小さく呟く。


「次に会う時は……。

シナ、今度はちゃんと君のことを大切にするよ。」


翌日。


シナはヴァイオリン教室へ向かっていた。


途中、花屋へ立ち寄り、小さな植木鉢を探している。


その時、誰かが彼女を呼んだ。


振り返ると、そこにはテイシが立っていた。


シナは微笑む。

テイシは少しの間、彼女を見つめていた。


「何を探してるの?」


「小さい植木鉢。

先生の誕生日なの。教室では渡せないし、パーティーもあるから……オフの時間に渡そうと思って。」


テイシは辺りを見回し、小さな白い花の植木鉢を指差した。


それはシナの気に入るものだった。


シナがレジへ向かったその時——。


彼女はマヨラの姿を見つける。


彼は白い花束を買っていた。


(あの花束……誰に?

まさか、マヨラには他に好きな人が……?)


一瞬で無数の疑問が胸に溢れる。


マヨラは花束を抱え、そのまま去っていった。


シナもまた、説明できない寂しさを抱えながら教室へ向かう。


—— 墓地。


車が止まり、マヨラは降り立つ。


オカイラ先生の墓前へ歩み寄り、白い花束を供えた。


「……勤続二十三周年、おめでとうございます。先生。」


そう呟いた後、彼は車へ戻り、ビール缶を二本持ってきて墓の前へ置いた。


「良い一日を……先生。」

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