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つぼみ ──ノライ──  作者: モリサキ日トミ


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役目を終えたもの

私はアヤカを裏切った。

そしてメアリの家に入り浸り、結果、彼女の飼っていたオスのノライの餌に成り下がった。

当然、私の体はもう存在していない。

しかし、なぜか意識はあるのだ。おそらく成仏出来ていないのだろう。

私はアヤカへの罪ほろぼしに、彼女が大切に育てているメスのノライ『アカ』と協力し合い、メアリの家の浴室で成長し続けるオスのノライを抹殺することにした。

私の体はこのノライによってドロドロにされ養分として吸収されたが、運良くそれはこの生物の蕾とそこから伸びる太い根の辺りの成長に使われたようだ。

私の意識はそこの部分のコントロールが出来そうだ。

今、メアリはアヤカから『アカ』が収まっている小さな巾着袋を首にぶら下げられて催眠状態にある。つまり『アカ』に操られているのだ。

そのメアリは、アヤカが重さに耐えながら持ってきた何かが入った袋を必死に抱えて浴室にやって来た。

彼女は口を開き、あまり抑揚のない言い方で浴槽の蕾に向かった。

「あなたのすぐ近くに、あなたの欲しがっていたものがいるのがわかるかしら」

大きな蕾は何かを察して、その花弁を開き始めた。興奮気味に揺れている。

その時、花のつけ根の辺りが動き出した。

浴槽に収まっていた根が飛び出して、メアリごとメスのノライ『アカ』を取り込もうとしているのだ。

そしてここからが私の出番だ。動き出した根を私がコントロールして動きを阻止する。ただ、この巨大な根を長時間抑えることは出来ない。

早くやってくれ!

存在のない私ではあったが、声帯を震わせて叫んだつもりになった。

その思いに反応したのか、大きく開いた花弁の中心に向けてメアリが抱えていた袋の中身をぶちまけた。

それは大量の白っぽい粉末だった。

生石灰(せいせっかい)か。なるほど、そう言うことかと私は理解した。

強いアルカリ性、脱水作用、吸水後に熱を発生する。

袋の中が空になると、メアリは急いで浴室から出てドアを閉めた。

もの凄い地響きがする。

おそらく、地中や様々な水底に張り巡っていた根が暴れているのだろう。

私のコントロールもこれまでだ。もう抑えられない。

浴槽の上の大きな花は振りかけられた粉末に覆われ、嫌な臭いと共に湯気のような煙を上げながら溶けていった。

そして急に熱を帯び始め、一瞬紫色に光った後ぷすぷすと燻ると、ぼうっと火の手が上がった。

浴室を出たメアリは『アカ』が収まっている巾着袋を倒れているアヤカの首にかけた。

するとアヤカが目を覚まし、起き上がった。鼻をヒクヒクさせる。

「メアリさん、何かが燃えている」

だがメアリは無反応でアヤカの言葉が聞こえないようだ。

──アヤカ、すぐここから逃げて。この家は燃えている。

「アカ、アカなのね。わかった。メアリさん、とにかく外に逃げましょう」

アヤカは、メアリの手を引っ張り家の外へ脱出した。

火の手はあっという間に家を呑み込み、消防車が到着する前に焼け落ちて形を失い、焦げ臭い真っ黒なものが転がっているだけになった。



浴室が火に包まれたあたりから私の意識は薄くなっていった。

大きく艶やかだった紫ノライの蕾はコールタールのように黒く(とろ)けて、底の抜けていた浴槽の下の大きな穴に落ちていく。主を失った巨大な何本もの根にも熱が伝わり萎れていった。

水脈を網羅していた根も中側から脱水して枯れ枝のようになるのだろう。

私は自分の仕事をやり遂げられたようだ。

さようならアヤカ。

そして私は無になった。

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