互いのかた身。
どのくらいの時間が過ぎていくのか、実感がないまま、置かれている状況は、変わって行った。人々は、死に対して、敏感だったのが、今や、鈍感というか、心を遮断する事で、感情や理性を保っていた。莉子の両親も同じだった。まるで、キャンプにでも、行くかの調子で、自宅に戻り、少しづつ、片付けている。日に一度は、顔を出す俺にも、変わらない態度だった。莉子は、生きている。皆、信じていた。っだから、いつ、帰ってきてもいいように、自宅を整え、
「結納は、この際、飛ばしてもいいよな・・。」
あれほど、定職のない俺との結婚を反対していた親父さんが、ぼそっと言った。
「もっと、早く、一緒にしてやれば、良かったな。」
目線を合わせずに、呟く。
「せめて、アレクがいてくれればな。」
莉子の可愛がっていたゴールデンも、まだ、姿がない。あの日、アレクは、外に居た。あの津波の勢いを考えると、生きているのは、難しい。
「不思議なのよね。」
莉子のお袋さんが、階段を指さし言った。
「二階にまで、アレクの足跡があるのよ。」
確かに、大きな犬の足跡があった。乾いた泥が少し、時間の経過を告げていた。
「玄関も、リビング側も、土砂が入っていたんだが・・。」
2階の窓は、鍵がかかっていなかったという。その足跡は、窓まで続き、外へと消えていた。考えると、この足跡は、2階に向かい、窓の外へと向かっていた。
「これは・・。」
アレクは、もしや、水を逃れ、何らかの方法で、家に入り、何かをみつけ、2階の窓から、水嵩の多い中、窓から、外へ出たのではと、莉子の両親に話してみた。良い方向に考えたいという希望でもあった。
「ありえるかもしれないな・・。」
親父さんがそう言った。せめて、アレクに逢いたい。俺たちが、そう切望した頃、この辺りで、一頭の犬が怪我をしているのか、動かないでいるという噂が、流れていた。耳にしたのは、そう、あの避難所に戻ってからだった。多くの人が、救助しても、また、同じ場所に、戻ってしまうその犬が、ゴールデンかもしれないと、聞いた時は、息が止まりそうだった。
「逢えるかもしれない・・。」
そう思ったが、話からすると、あまり希望のもてる状態ではなかった。毛並みは、泥で凝り固まり、もう何日も、食事をとっていないらしい。ただ、傍らに、かた身はなさず、何かの人形を持っていると聞いた。
「お父さん。行きましょう!」
俺は、思わず、莉子の親父さんを、お父さんと呼んでしまった。それを、気にせず、親父さんも、お袋さんを、呼びつけ、ペットボトルの水を用意させた。何回も、犬を見たという場所を聞き出し、車を走らせる事になった。




