避難所での思い。
莉子の両親と逢ってから、俺は、自宅に帰る事も忘れ、近くの避難所巡りを始めた。携帯の電池は、切れてしまい、その頃、俺の両親が必死に、自分の事を探しているなんて、考えても見なかった。食べる事も飲むことも忘れていた。ただ、救いだったのは、震災当日に車にガソリンを入れていた事だけだった。何処に、避難所があるのか、わからない。ただ、ナビが、学校や集会所の位置を示し、その場所めがけて、ガムシャラに向かって行った。莉子の両親は、自宅近くに避難すると言っていた。自宅からは、貴重品のみを持ち出し、着の身着のままだったが、何故か、莉子の手袋だけを、おふくろさんが、持ち出していた。
「忘れて行ったみたいだから。」
逢ったら、渡すつもりなのだろう。ファーの付いた、お気に入りの谷津田。莉子は、お洒落で、買い物が好きだった。仙台の街中を買い物に付き合わされた苦い思いでがある。俺の服にまで、口をだし、よく喧嘩をしていた。
「だからさ・・・。」
何故なんだろう。まだ、莉子は、生きているに違いないのに、涙が溢れてきた。そんなはずは、無いと、自分に言い聞かしながら、避難所を巡った。何処も、混沌としていた。いや・・。混乱していた。何もかも、今までにない経験だった。ただ、何とか、生きている。それだけだった。時間が経つにつれ、食べる事、飲むことが、重大な問題になっていった。そして、人の行きかう所には、安否を確認する人で、溢れていた。家族を探す人達。俺も、その一人だったが、何よりも、辛いのは、幼い子を探す親の姿や、親を探して、泣く子の姿だった。印象的だったのは、母親の迎えを待つ幼い男の子の姿だった。声をかける事も出来ず、ただ、その子の母親が無事でいる事を祈るだけだった。この2~3日の間、俺は、何度、願い、祈ったんだろう。その度に、絶望に打ちひしがれたか・・。莉子の安否は、以前として、わからない。何度も、同じ避難所を行き来する。刻一刻と、情報は、変わる。そのうち、恐ろしいニュースを耳にした。
「福島の原発が、爆発したらしい。」
避難所は、騒然となった。いったい、今までの生活は、何処にいってしまうのだろう。震災の後、すぐ、西へ避難した人たちが居たと聞いた。建設業界で、密かに、伝えられていた話。大きな地震が来たら、とにかく、西へ逃げなさい。福島原発は、完璧ではない。そう、業界では、真しやかに、伝えられ、避難出来ない人達は、濡れた雑巾で、換気口や窓をふさいで、子供達を室内に待機させたと聞いた。莉子の安否も、自分の行く末も分からないまま、茫然と、避難所に戻るある日、一人のおばあさんが声をかけてきた。
「あんた、顔色悪いわよ・・。」
差し出されたのは、自分も支給されたんだろう、地元のパンだった。
「少し、食べなさいよ。私ら、パンは、苦手でね。」
ジュースも、一緒だった。
「すみません。」
そこで、初めて、食べる事を忘れていた事に気づいた。
「あちこと、周って誰かさがしているのかい?」
「はい。」
そう、答えた途端、涙が出てきた。
「あんたも、そうかい・・。」
お婆さんは、そう言うと、黙ってしまった。恥ずかしい事に、俺は、泣いてしまった。あまりに、泣くものだから、お婆さんは、声をかける事が出来なくなってしまったようだ。
「諦めるんでないよ。」
おばあさんは、ポツリと言うと、パンとジュースを、手渡し、そこから、立ち去って行った。たくさんの人が、誰かの身を案じていた。俺の両親も、きっと、その一人に違いなかった。




