第六話 GPS
俺は人を殺すための研究をするためにここに来たらしい。
研究所の正面玄関の時点で、もう火薬の香りがする。
どうなっているんだ?この研究所。
「身分証の提示を」
「はい。どうぞ」
マイケルに言われた通りに軍人手帳を差し出す。
テンパっていたので少し怪しまれたが、階級を見た瞬間キリッと敬礼を送られた。
「まあ、及第点ってとこだな。動きがぎこちない。ただ、顔だけは一丁前だぞ」
「そうですか。まだまだですね、自分……」
軍人として、生活し始めてからまだ一週間も経っていない。
動きがぎこちないのは当たり前だったが、どこか違和感を覚えていない自分がいた。
「お疲れ様です。少佐。あれ、こちらの方は……」
「ああ、今日からこの研究所で技術顧問をすることになった、アマウ大尉だ。この若さで、歴戦のベテランだ。東京帝国大学卒のエリートでもある」
その瞬間、白衣を着た男たちがざわめく。
「東京帝国大学」その漢字たった六文字でだ。
日本の最高学府。数多くの秀才たちを育て上げ世に送ってきた教育機関。マサチューセッツほどではない。
それでも、界隈の中では知名度のある大学だった。
俺は、一応東大には合格している。全く授業にはついていけなかったが……。
「くそエリートが来たぞ」
「ああ、これで、研究が爆発的に早くなる」
その中で一人、全く笑っていない女性がいた。目つきは刺さるように鋭く、なにかを疑っているような気がした。
「ねえ、あなた本当に東京帝大卒業してるの?」
その女性は周りに聞こえない声で俺に聞いてきた。
「ああ、一応卒業している」
一応。その二文字で女性の疑念がさらに深まったようだ。目つきがさらに鋭く、りんごでも沿わせたら切れそうなほどだ。
「じゃあ、フェルマーの最終定理は?」
「ちょうど卒論で取り扱った。自分では、証明できなかったけどね」
フェルマーの最終定理。卒論で取り扱ったが証明できずに終わった。あのときは、教授にすごく怒られた。
なんで、証明に時間がかかるものを卒論にするのかい、と。
「この研究所では何を研究しているんだ?」
「弾道ミサイル全般です」
弾道ミサイルか。ロケットに転用できる。
実際、初期のロケットは弾道ミサイルからの転用が多かった。
「一つ良い技術案を思いついた。衛星測位システムだ。これがあれば、敵基地を正確に叩ける」
「衛星……測位システム……」
さっきの女性が、なにも知らなそうな顔をして、反復している。しかし、目つきだけは本物だった。
「どうやって実現するんです?」
そうだ、この世界の技術じゃ……。実現できない。何もかもが足りない。
「複数の人工衛星から、時刻情報をのせた電波を飛ばして、その差異で場所を特定します」
女性が呆れたように聞く。
「それ、一個二個じゃ足りなくないですか?最低何個いるんです?」
「四個です」
最低四個だ。そうしないとズレる。
「位置の未知数は三個なので、三個で良くないですか?」
女性が、至極真っ当な反論をしてくる。
「三つの受信機の時計がズレている可能性がある。だから、四つ目の衛星で正確にする」
「理論としてはいいな。だが、どうやってそれを今実現する?」
マイケルが首を突っ込んできた。たしかに、地球すべてを包括できる衛星測位システムは、今は作れない。
ただ、局地的な測位システムなら作れる。
「すいません、スーパーフォートレスって何機使えます?」
「そりゃあ、もうたくさん。一〇〇機くらいは行けるんじゃないですか?」
よし、これならいける。スーパーフォートレスを空中測位局とし地上部隊の位置を測位し、空中測位局の位置を地上局で測位する。
そうすれば、地形の影響を受けずに、地上部隊の位置を把握できる。多少面倒になるが。
ようするに、衛星測位システムの簡易版を作る。
「改造可能な実験機は?なるべく状態のいいものを。できれば新品だ」
「上に掛け合ってみます。ちなみに、どれくらいの範囲で使えるんですか?」
どれくらいだろうか。電波の減衰も考えると半径二五〇キロメートルが実用的だろうか。
「半径二五〇キロメートル。空が見えて機器があればだいたいどこでも」
「二五〇キロメートルという数字はどこで計算したの?それが正確でないと、申請が通らないと思うけど……」
やっべ。
「ああ、これは以前から温めてたやつだから……。計算も自宅で済ませておいたんだ」
女性は、疑いが完全に晴れていない顔をして、名刺を滑らせてきた。
「そう……。そういえば、自己紹介がまだだったわ。私は、カリナ・スターゲイジング。軍属の研究者よ」
「僕は、アマウ・マコト大尉です。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いするわ」
そういうと、女性。いや、スターゲイジングさんは、足早に研究に戻っていた。
「なあ、マイケル。局地的な測位システムの構築の予算はどこから出すつもりだ?」
マイケルは少し考えてから、口を開いた。
「ああ、これは合衆国の命運に係る技術だ。この技術が実用化されればいつでもどこでも正確な座標がわかるようになる。予算は、国から出させる」
一人の研究員が、首を傾げる。
「それ、本当にうちの管轄ですか?こんな小さいところでこれをやるには、人が足りなさすぎます」
「たしかにだな。よし、これは、空軍兵器廠に任せよう。これは、相手の位置を正確に叩けるものだ。兵器じゃないとは言わせない」
嘘だろ……。まじで、兵器になった。
「マイケル……。本当にこれ軍事転用するのか?」
「もちろんさ。だって、友軍の誤爆がなくなるんだぞ?こんなに、実用的な話はない。それに、敵の位置も正確に拾える可能性がある」
研究員は目を輝かせていた。ふと、振り向いてみると、スターゲイジングさんは、悲しそうに顔を伏せていた。
「マイケル。ここミサイルの研究所だよな?」
「ああ、そうだが……」
マイケルは何当たり前のことを言っているんだ、という顔をして返してきた。
「ここでできたミサイルって何段ロケットに弾頭を積んでいる?」
「ははは。ミサイルに段もクソもあるか。一段だ。そうしないと予算オーバーする」
「ちなみに、ミサイルの素材は……」
マイケルは、机の上の資料を漁り始めた。数分して、マイケルの机の上がぐちゃぐちゃになったころ涼しい顔をして、マイケルは戻ってきた。
「えっと、鉄とチタンだ」
「それ、アルミ合金にしましょう。フレームだけ鉄製にします。そうすると軽量化とともに廉価化もできる。そして、二段にできる……」
その場にいた研究者が全員こちらを向く。なぜそんなことがスラスラと出てくるのか、という顔をしている。
マイケルが口を開く。
「なぜ二段にする必要がある?」
「二段にすることで、二段目が余計なお荷物を背負わなくて良くなる」
「さらに、二段目を液体燃料エンジンにすることで、より正確に敵を叩ける可能性が上がるってわけね?」
スターゲイジングさんが横から首を突っ込んできた。この人、頭が冴えてる。技術の説明をしていないのに理解している。何者だ……。
このミサイルが実用化されれば、宇宙開発にも転用できる。
「一段目と二段目の切り離しはどうするの?それができないと没になるわよ?」
「火薬で連結部だけ切断します。そうすれば、安価に大量生産できる。それに取り扱いが簡単だ」
「よし、それでやってみよう。担当は、USスチールですかね?」
研究者の一人が聞いたところ、マイケルが、嬉しそうに頷いた。
「USスチールなら、技術も申し分ない。名前の知らない街工場に頼むよりかはいいだろう」
マイケルは電報を送るように研究所の職員に指示を出していた。これは、軍内部でも良い評判が出るんじゃないか?
ミサイルにもロケットにも使える。この技術、殿堂入りするんじゃないかと思う。




