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【小話】僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず


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前日談 二人の父と一人の兄

pixivでも投稿してるんですがそちらも1000pvいったので!

あちらでは47話が二番目に読まれてるので、龍己と直樹が絡む話をば!

鏡也として暮らし始めて少し経った頃の話です。

「こんばんはぁ真一郎さん。今日は俺直樹さんから用事言いつけられてるんでぇ、後で伺いますねぇ。代わりに若いのに送らせますのでぇ」

「こんばんは、いつもありがとう。家で待ってるね」


軽く会釈すると、龍己は雑踏に紛れていく。真一郎は若い男にぺこりと頭を下げる。

幼い頃から直樹の家に遊びに行っていた真一郎は、ヤクザ相手でも一切物怖じしない。その態度と組長である直樹の命令ともあり、若い男は若干緊張していた。


「し、しっかり送らせていただきますんで、よろしくお願いします!」

「そんな緊張しないで。よろしくね」


苦笑を浮かべつつ、真一郎は若い男と歩き始めた。


真一郎は《鏡也》という名を得て、直樹が代表を務めるフロント企業の一つで会計の仕事をしている。地頭の良さからすぐに簿記の資格を取り、過去は誰にも語らず過ごしていた。


母親は病で亡くなったと、しんたろうには教えていた。

今はまだ理解できないだろうが、大きくなったら改めて話そうと真一郎は考えて、愛情の全てをしんたろうに注いだ。

あの地獄のような二年間は、少しずつ忘却の彼方へと消えつつあった。そんなことよりやんちゃに育つしんたろうと過ごす日々が、とても幸せだった。



直樹はちょくちょく真一郎の家を訪れ、しんたろうもまた直樹に懐いていた。

今夜は真一郎が遅くまで残業だったため、保育園まで直樹がしんたろうを迎えに行き、そのまま面倒を見ていた。


「とーたん! おかえいー!」

「ただいましんたろう! いい子にしてたかい?」

「あーい! しんたろーはいいこ! なおもいいこ!」


ついこの間まではよたよたと歩いていたしんたろうも、いつの間にか走れるほどになっていた。

玄関の引き戸を開けるなり飛びついてきたしんたろうに顔をほころばせながら、真一郎は優しく抱きとめた。

玄関が磨り硝子のため、真一郎の姿が見えたのだろう。


──余談だが、玄関の磨り硝子製の引き戸は通常のガラスではなく、ビルに使用されるものと同じ防犯ガラスだ。金槌で数十回殴ってもヒビしか入らない。火災のような熱にはそこまで強いわけではないが。

一見普通の戸建てに見えるが、防犯対策が引くほど高い事実を真一郎は知らない。



「し…鏡也おつかれ」

「直樹、今日はありがとう。急だったからホント助かったよ」


リビングから顔を出し、真一郎が帰ってきたのを確認すると、直樹は冷蔵庫から冷えた飲み物を取り出しつつ、テーブルの上に置いた。

真一郎は手を洗うとしがみつくしんたろうを抱き上げたまま、直樹の向かいに腰を下ろした。


「こっちこそすまなかったな。決算期はどうも立て込んでいかん」

「まあそういうものだよね。目処はついたから土日はゆっくりするよ」

「とーたんおつかえ!!」


しんたろうを膝の上に抱えてあやしつつ、真一郎はほっと息を吐く。真一郎が帰ってきたことが嬉しくて仕方ないしんたろうは、真一郎の胸に頭をぐりぐり押し付けながらにこにこと笑う。


「こんばんはぁ~タツにいさんがお邪魔しますよぉ」


玄関の鍵が再び開く音とともに、間延びした声をかけながら龍己が現れた。大量に荷物があるのか、ビニールの擦れる音が廊下に響く。


「あっ! タツにい!!」

「ああっ…しんたろう〜〜」


真一郎は情けない声を上げながら、龍己の元へ走っていってしまうしんたろうの背中を追う。直樹はそんな真一郎の様子に苦笑しながら立ち上がった。


「タツにい! おかえい!!」

「おー今日も元気だなぁしんたろうー」


龍己は飛びついてくるしんたろうを、荷物を器用に下ろしてから受け止める。抱き上げると肩車をしながら、改めて荷物を持ち上げた。

しんたろうが真一郎や直樹より懐いているのが龍己だった。龍己に肩車されながら、しんたろうはきゃっきゃっと笑う。


「いらっしゃい龍己くん。ほんっとに懐いてるよね…うう、可愛いんだけど羨ましい……」

「はは、一番懐いてるのは当然鏡也さんですからぁ、安心してくださいよぉ」


気の抜けた言葉で慰められ、真一郎はぱっと顔を上げる。目が合ったしんたろうににぱりと微笑まれて、嫉妬もすべて吹き飛んでしまう。


「荷物持つね、龍己くんもご飯まだなら食べてかない?」

「ありがたくご相伴に預からせていただきますぅ。あ、その袋、そのまま冷蔵庫に入れてもらってもぉ?」

「? 分かったよ。先に行ってるね」


少し高そうな袋を指差し、龍己はにやりと笑う。真一郎は意図が分からず首を傾げたが、すぐに頷いた。

荷物を取りに来た直樹は、そんな二人の様子を見ながら微笑む。


「タツ、ご苦労だったな。さ、とりあえず飯にしよう」



子供用の椅子にしんたろうを座らせると、支度ができるまで龍己はしんたろうと会話していた。

今日保育園であったことを一所懸命に話すしんたろうに、真一郎のほおは緩みっぱなしだ。


「あーもーほんと可愛いが毎日更新されるよねしんたろう! 会社でもデスクに写真置いてるんだけど、社員の子が可愛いですねーって」

「分かった分かった。よく知ってるから飯よそってくれ」


最初は引き気味だった親バカぶりにも、直樹はいい加減慣れたものだった。

そう思えるほど、真一郎が幸せならそれでいい。


賑やかに話しながら食事後、直樹がすっと立ち上がった。龍己も食器を片付けつつ、その後を追う。

首を傾げる真一郎の前に、直樹がシンプルだが美味しそうな苺のケーキを運んできて、思わず目を丸くした。


「えっ、ケーキ? な、なんで?」

「けーき! だいすきー!」

「やっぱり忘れてたか。今日はお前の誕生日だよ」


呆れながらも優しい声で告げられ、真一郎は目の奥が熱くなる。大人になってからも、二人はお互いの誕生日を祝っていた。

しばらく落ち着かない日々を過ごしていたため、しんたろうの誕生日(真一郎の元にきた日)は祝っていたが、自分のことは完全に忘れていた。


「あ、ありがとう…! もしかして龍己くんが言われてた用事って」

「ええ、ケーキ受け取りに行ってたんですよぉ。苺のケーキ好きだって聞いたんでえ、一番美味い店で買ってきましたぁ」


お湯を沸かしながら龍己が応える。

プレートにはシンプルに《Happy birthday♡》とだけ記載されているのも、名前を変えた真一郎への配慮だろう。

ハートは龍己のイタズラかもしれないが。


「とーた、たんじょーびおめでとー! しんたろーね、おえかきしたの」


直樹に預けていたそれを受け取ると、しんたろうは満面の笑みで真一郎に手渡した。

そこにはにこにこ笑う四人が描かれ、上部に大きな字で《とーた だいすき!》と書かれている。真一郎は涙腺が崩壊して膝から崩れ落ちた。


「とーた!?」

「だ、だいじょうぶ…嬉しくて嬉しくて…ありがとうしんたろう…!!」


泣きながら抱きしめてくる真一郎の顔を、小さな手で拭われるが、涙はなかなか止まらなかった。


「想像以上に喜んでるみたいでよかったよ。しんたろう、帰ってきてからずっと描いてたんだぞそれ」

「あああ…もう、涙が止まらないよぅ…なんていい子なんだしんたろう…!!」

「コーヒー淹れたんでえ、とりあえず蝋燭点けますねえ」


やはり空気を読まない龍己は、さっさとコーヒーとしんたろう用のホットミルクを置くと蝋燭に火を点ける。

間延びした声でバースデーソングを歌われて、真一郎は慌てて火を吹き消した。


「三十二歳おめでとう、鏡也」

「ありがとう、本当に嬉しいよ!」


囚われていた二年間、一度も感じることのできなかった温かい言葉に、真一郎はまた滲みかける涙を拭う。


「とーた、よかったね!」

「来月はしんたろうの誕生日だねえ。何か欲しいものあるぅ?」


直樹からプレゼントに腕時計を受け取る真一郎を見て、龍己はしんたろうに尋ねる。直樹を真似た腕組みをしつつ、少し考えたしんたろうはぱっと顔を上げた。


「タツにい、ぽこぽこおしえて!」

「ぶふっ!? い、いやそれはまだ早いよしんたろう!」


口に含んでいたコーヒーを吹き出しかけながら、真一郎が慌てて止める。しんたろうが言う「ぽこぽこ」は、直樹と龍己がたまに庭先で行う組み手のことだ。

素早い動きで放たれる拳や蹴りを、しんたろうはテレビのヒーローを見るような憧れの目で見ていた。

喧嘩する技術とは流石に言えず、龍己はしんたろうに「ぽこぽこ」と可愛らしい表現で誤魔化していた。


「なんでー? きょうね、とーかとおはなししたの、みそぎちゃんをまもるひーろーになろって」

「はははっ自分のためじゃなくて、誰かを守るためか! さすが鏡也の息子だな」

「うん! とーたんもしんたろーがまもる!!」


いつか一緒に風呂に入っていた時、真一郎の背中を見てしんたろうは静かに泣いたことがあった。

真一郎は怖がらせてしまったかと思ったが、しんたろうは父親をこんな風にした何かをなんとかしたいと強く思っていたのだ。


「それはめちゃくちゃ嬉しいんだけどね、まだ早いと言うか……」

「大丈夫ですよお。とりあえず型から教えるんでえ。もっと大きくなったらあ、ぽこぽこしようねえ」

「やったー! ありあとタツにい!!」


真一郎はまだ頭を抱えていたが、直樹はニヤリと笑みを浮かべ、小さく耳打ちする。


「お前も一つくらい知っててよかっただろ? 大丈夫、責任持って俺らが教えてやるから」

「……頼むよ!? ほんと怪我とかさせないでよ!?」


基本的にしんたろうの願いは叶えたい真一郎は、苦渋の表情で直樹に言い募る。直樹の笑みが深くなり、真一郎は顔が引き攣った。


「まあ子どものウチは基礎だけな? ある程度いったら、怪我はまあ諦めろ」

「ええええ…そ、そんなあ」

「守れる手段は持ってた方がいいんだよ。自分のためにもな」


まだうだうだ悶える真一郎を後目に、直樹はきゃっきゃっと喜ぶしんたろうを見やる。

あの女の追撃は今の所一度もない。だがまだ諦めたとは到底思えない。万が一のために、しんたろうには格闘技を仕込みたかった。本人が望むならちょうどいい。


「そうだなあ、まず道着みたいなの準備するか。きっと可愛いぞー?」

「…それは間違いないけど」


真一郎の複雑な表情に笑うと、直樹はその肩をぽんと叩く。


「ま、とりあえずケーキ食え」

「上手く誤魔化された気がする……」




翌月の誕生日から、しんたろうは格闘技を習い始める。

その影響からか、小学生になる頃しんたろうの一人称が《俺》になってしまったある日、直樹と龍己は爆笑し、真一郎はメソメソ泣くのであった。

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