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【小話】僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず


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着物と勘違いジャパン

第二話の裏側の話です。

素肌に着物にジーンズで裸足、というトンチキな格好をしていた理由。


どうしてもしんたろうと關鍵の話が多くなる…

荘助たちに襲撃されてから、しんたろうの監禁場所を探られないため、研究所の場所が変更されるようになって久しい。

意識を奪われ移送されたしんたろうは、医務室で目が覚めた。先日までと少し雰囲気の違う部屋で、しんたろうは小さく溜息を吐く。


「しんたろう。気分は悪くないカ?」

「…大丈夫。なんか今回は慌ただしかったなあ」


以前場所を移されてからそんなに日は経っていない。

何か不測の事態があったのかと、しんたろうは首を傾げる。



「關鍵、しんたろうは起きたか? …ああ、ちょうどよかったか」

「…なにか用か」


いやに上機嫌なえいじが、ソフィアを伴って医務室に現れる。

ベッドに座ったままのしんたろうを見ると、厭味な笑みを浮かべた。


「これが何だか分かるか?」

「なんだこれ…着物?」


えいじがソフィアから受け取り、しんたろうに投げ渡したのは、所々穴が空き血にまみれた着物だった。意図が分からずしんたろうは首を傾げる。


「寿……だったか。あのガキの名前は」

「……!?」

「俺が気づいてないとでも思ったか? バカな野郎だ」


ニヤニヤと嗤いながら告げられたその名に、着物を握りしめる手が震える。

自分はまた大事な人を巻き込んでしまったのかと、しんたろうの顔に絶望が走った。


「安心しろよ。まだ殺してねえ」

「……」

「いずれ対面させてやるよ。お前がそれまで生きていればな」


嗤いながらえいじは医務室を出ていった。

二人の間に重い沈黙が落ちる。



「……しんたろう…大丈夫カ?」

「…うん。寿の存在がバレてるのは想定してたから」


隣にいた關鍵が心配そうに声をかける。震える手を強く握りしめ、しんたろうは大きく息を吐いた。

分かっていたとはいえ、実際に本人の口から告げられると絶望感に苛まれる。


「今回の件、寿が日本に連れてこられたからだったのか…」

「チャンスは今だネ」

「……そうだね。監視も今なら緩んでるだろうし、最難関だった《玉匣》を俺の身体に入れることも何とかなりそうだ」


《非時》の細胞死を引き起こす《玉匣》は、關鍵の手でほぼ完成していた。

だが《非時》を持つしんたろうの中に存在させつつ、すぐに発動しないようにすることに關鍵は今の今まで苦心していた。

不完全とはいえ《非時》の基本構造は変わらないためだ。

つい先日ようやくそれを突破できる兆しがあったところだった。


「ほんとは巻き込みたくなかったけど…」

「仕方ないヨ。でもこれで君の望みが叶うネ。しんたろう」


しんたろうを苦しめることに愉悦を覚えるえいじのことだ。用済みとなりつつあるしんたろうを、ただ殺すつもりはないだろう。

寿を島から連れ出したのは、しんたろうを死ぬ手前まで嬲り、その目の前で寿を甚振る様を見せるためだろうことは想像に難くない。

その時が最後にして最大のチャンスになる。《玉匣》を仕込んだ自身の血をえいじに浴びせれば、《非時》の細胞死が起こる。

それは苛烈な暴行を受ける前提の、命と引換えの最後の計画だった。



「それもそうだけどさ、見てよ關鍵。この着物大人のサイズだよね?」


大事そうに抱きかかえた着物を広げ、少しだけ微笑みながらしんたろうはぽつりと呟いた。

着物の大きさから、自分とほぼ変わらない背丈だろう。想像するだけで自然と笑みが浮かんでしまう。


「俺が知ってる寿はまだ赤ん坊だったんだ…無事に育ってくれたんだ」

「……よかったネ」

「うん…会ってみたいなあ」


切なげに呟くしんたろうの目には、優しい光が宿っている。それは我が子を思う父親の目だった。


「……《玉匣》は《非時》も活性化させるかラ体の負担が大きイ。体の中に存在させるのは、せいぜい一ヶ月が限度だヨ」

「うん。後のことは頼むよ關鍵」

「まあ嫌だけド。でもしんたろうの望みだから頑張るネ」


顔を逸らした關鍵を見ながら、しんたろうは申し訳なさそうに頬をかいた。

斎にも話していないこの計画を、何が何でも成功させねばならない。


「これでやっと終わらせることが出来る。もう誰も…死なずに済むよ」

「……」


そこにしんたろう自身は入っていないことを關鍵は知っている。だが他に手段はなく、しんたろうの覚悟も痛いほど理解していた。

そして、しんたろうの中の《非時》が、もう限界を迎えつつあることも。


……それでも。關鍵はこれからの人生も共に過ごしたいと願ってしまう。



「じゃ、仕上げを始めるカ。ボクにとっても最大の研究だネ」

「そうだね。俺も協力するよ」


着物をベッドサイドに置き、お互いに胸に秘めた思いを抱きしめながら部屋を後にした。



「ところで寿って女なノ?」

「いや男の子だけど…どう見てもこれ女物…振袖だよね。なんでだろ??」


***


寿たちが住まう孤島は、今でこそ外縁が抉れて海からの侵入を阻むが、古い時代には着岸できる場所があり、人が住んでいたこともあった。

本土で政権争いに負けた身分の高い者たちが島流しにされた、という理由でだったが。


ほぼ朽ちて自然に還りつつある廃墟を、寿はたまに一人で探索していた。

父の故郷である「日本」の残滓が見つかることがあるからだ。


「大きな箱! 何が入ってるのかな?」


今日は大きな土蔵で漆塗りの大きな箱を見つけた。

二重底になっている箱に入っていたのは、見事な桜が刺繍された着物だった。状態もかなり良く、経年劣化で傷んだ繊維を修復するだけで、着物はまるで新品のように蘇る。

思いがけない大物に、寿は着物を丸めて抱えると一気に空に舞い上がった。



「スル!止揚! なんかヒラヒラした服見つけた!」

「おかえり寿。哎呀(アイヤー)、それ着物じゃない?」


寿が大きく広げた着物を見て、止揚は驚いた。実物を見るのは初めてだ。

止揚(深圳(シンセン)出身)は日本の文化にさほど詳しくないが、着物は日本の正装だった、気がする。


「キモノ?」

日本(リーベン)の正装でしょ着物は!」

「そうなのか?」


スル(デンマーク出身)は更に日本文化を知らない。山が多いことや都市部はまるで映画セットのようだ、という話を昔観光に行った同僚から聞いた程度の知識だ。

止揚が自信満々に答えるものだから、スルは同じアジア圏だし詳しいのだろうと納得する。

二人の会話を後目に、寿はさっさとTシャツを脱ぐと素肌のまま着物を羽織った。裾は明らかに引きずっているし、袖に謎の大きな膨らみがありそれも引きずりそうなほど長い。

その着物が振袖という()()()()の正装であることを勿論知る由もない。上着のように羽織るものでもないことも。


「おっきなジャケットみたいね」

「スルー! これからこの格好でいてもいい?」

「うん? 気に入ったんなら問題ない」


着方が微妙に違うような気もしたが、寿があまりに可愛らしく微笑むので、スルはまあいいかと思考を投げた。




──孤島の住民は海外から拉致された者しかおらず、日本文化はほぼ知らない。

「着物」なる民族衣装があるのは何となく知っているが、それがどんなものかを知る者はいなかった。


寿にもその間違った日本が伝わっていることを、しんたろうが知るのは少し先の話。

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