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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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存在したはずの、ふれられない記憶。



 カフェを出てしばらく歩いた通りには、少し前に新しくオープンしたらしい、オーガニックのスキンケア用品のお店。


「ねぇ、少し寄っていってもいい?」

 桜は少し前、悠にそこのお店の入浴剤を薦められてから気に入っているらしく、最近は別の店舗へよく買いに行っているみたい。


「いいよ、入浴剤買うの?」

「うん、それもなんだけど……この間、悠がフェイスパックもいいよって貸してくれたのが、すごく良かったんだ」

「へぇ、そうなんだ……俺も買ってみようかな」

 そう言うと嬉しそうに、桜は笑う。

 

 小さい頃「仲がいい」とは、お世辞にも言えなかったふたりが、普段そんな話をしているのだと思うと、少しほっこりしてしまった。


 店内にはふわりと、甘い香り。カラフルな商品に、つい心が躍ってしまう。


「いつも行ってる所にはないのがある……!」

 きらきらと目を輝かせて、商品を見ている桜を微笑ましく見つめている。

 可愛らしいそんな姿を見守りつつ、桜がおすすめしてくれたものを俺もいくつか購入し、店を出た。


「今日買ったの新作だから、悠にもあげるんだ」

 お目当てのものを買えた桜は、ご機嫌に俺の隣を歩く。

 どうやらとても良い収穫だったようで、鼻歌でも溢れそうな雰囲気だ。


 ――俺も今日は、すごく楽しかった。


 ――ハイビカスローズティーは、調も好きそうな味だったから、期間中に一緒に行きたいな。

 

 そう考え、カフェでの時間を思い出そうとした時。不意に、思考の違和感に気付いた。


「……あれ」

「どうしたの?」

 振り返る桜に、ゆっくりと首を振る。

 

「……いや……なんでもないよ」

 言うかどうか、一瞬迷った。だけど嬉しそうにしている桜に、いらない心配をかけたくなくて。

 

 ――あの時、面と向かって話していたはずで……注文を取ってもらって、話を聞いてたのに。

 

 ――カフェで会っていた覚ちゃんの顔が……まるで思い出せない。

 

 髪の色、声……立ち方。断片はあるが、肝心の輪郭がぼやけてしまって……。

 明らかに普通ではないことが、俺の中で起こっている。

 

 ――やっぱり……疲れてるのかな……。


 自然とその結論に落としてしまうことが、最近増えた。

 考えるほどのことでもなく、一般的なギフトと違う俺は「普通」には当てはめられない。

 サクリファイスを詳細に調べることもできるが、その検査にはとてつもない労力と時間が掛かる。

 必然的に任務に穴を開けてしまうことになるし……それに、正式なサクリファイスの結果を突きつけられてしまうのは怖くて。

 だからいまだに、検査に踏み切ることは出来ていない。

 

「……ねぇ、綴……」

 桜は何か言いかけて、やめた。声音は少しだけ慎重で。

 甘えたで我儘な所の多い桜だけと、人の感情に対して聡い所のあるこの子は、きっと誤魔化そうとしたことに気付いてる。


「……なんでもない」 

 だけど、無闇矢鱈に踏み込んできたりはしない。俺はその優しさに漬け込んだ。


「それ……悠、喜んでくれるといいね」

 そうやって、少し強引に話を変えてしまうしかなくて。

 

「ぇ……あ、そうだね」

 桜は僅かに困ったような表情を浮かべた。

 

「……俺、帰ったら少し……お昼寝するよ」

「ん……わかった」

 それ以降、会話は途切れなかったけれど、桜が先ほどの話題についてふれてくることはなかった。



 

 ◆


 

 アジトへと帰ってきて、自室の扉を開ける。部屋着へ着替えてからすぐ……置いてあるソファへと寝転がったけど、頭の奥に残る違和感は消えない。

 

 ――物質形成の力がもたらす、鼻血や吐血といった物理的な影響は、今までもあった。

 だけど相手の顔が思い出せないとなると、記憶にまでサクリファイスが浸食してきていることになる。


 ――だけど……今までそんなことが起こったことは、一度もない。


 それにアジトのメンバーや縁、纏さん……過去に一緒に任務へついたギフトの子。思いつく限り、殆どが思い出せる。


 ――流石に数年前に一度とかだと、微妙なこともあるけど……。

 

 数ヶ月前とかならともかく、今日のついさっきの話なのに、不思議なことにそこだけが抜け落ちている。


 ――なんで……。

 

「……やめよう」

 考えても仕方がないと、小さく息を吐く。

 

「ちょっと寝よ……」

 ベッドに身体を預けると、すぐに力が抜ける。

 

 ――少し寝れば、戻るだろう……。

 

 そう思いながら目を閉じると、思い出せない顔だけが、妙に引っかかっていた――。



 ◆

 


 次に目を覚ましたとき、最初に感じたのは静けさ。カーテンの外は、真っ暗で。

 

 ――俺、どれくらい寝てたんだろ……。

 

 ぼんやりとした頭のまま天井を見上げるが、時間の感覚が分からなくて。


 身体を起こし周囲を見渡すと、薄い夜の気配だけが部屋を満たしている。

 

 枕元に放っていたスマホを手に取って、画面を点けると、視界に痛いほどの刺激。俺は思わず、目を細めてしまう。

 表示の時間はすでに日付を越えていて、数時間のつもりが、思っていた以上に眠ってしまったらしい。

 

 身体が少し重くて、一度起きたはずなのに……妙に意識が沈むような……引っ張られるような感覚。

 

 その感覚に任せて、そのままベッドへと背を預けてしまう。

 

 すごく静かな夜で、外の音もほとんど聞こえない。だけど俺の中には、どこかはっきりとしない感覚だけが燻っていて。俺は徐に額へと手を当てた。


 熱はない……それに、意識だってはっきりとしている。

 

「……大丈夫」

 誰に言うでもなく、そう呟く。不意に思考が引っかかりを覚える。


 ――カフェで桜に会うまでのことが、思い出せない……。

 

 何かを忘れてしまっているような漠然とした違和感は、どこか気持ちが悪くて。

 その感覚に眉を寄せながら目を閉じると、すぐに意識は沈んでいってしまった――。


 


 ◆


「綴……」 

 低い耳心地の良い声に、意識が浮上する。瞼を開けると、カーテン越しの光が部屋を淡く照らしていて、視界に映ったのは調の姿。


「朝早くにごめんな。縁から呼び出されたから、行ってくる」

 紡がれる言葉に耳を傾けながら、ゆっくりと瞬きをして脳を覚醒させる。

 

「緊急……?」

 なんとかそう、言葉を返す。

 

「あぁ、さっき電話があったんだ……新しく、人体溶解の被害者かもしれない遺体が見つかったって」


 ――新しい、被害者……。

 

「……そう……わかった、気を付けてね」

 俺は任務へ向かう調を玄関まで見送ってから、その足でリビングへと行けば、ソファの所には桜の姿。

 

「……ねぇ、桜……あのさ」

 少し迷ってから、口を開く。

 

「昨日のカフェでのこと、覚えてる?」 

 俺の言葉を理解した瞬間、桜の動きが止まった。

 

「……え……綴、覚えてないの?」


「いや、ちょっと……ね」

 軽く笑って誤魔化す。だけど、内心は落ち着かなくて。

 

「……俺……思い出せないんだ」

 その言った瞬間。桜の表情がはっきりと変わり、空気が止まった。

 

「……それ……ほんと?」

「……うん」

 思い出せないのは、俺だけなのか……。やはり、サクリファイスの影響……。


「……任務が終わってから……桜と会うまでのことが、抜けてる……」

 言いながら、自分でも異常だと分かる。これは、普通じゃない。

 

「……昨日、店員さんと話してたよね」

「……店員さん……?」


 ――俺が、店員さんと話してた……?

 

 本当に見に覚えがなくて。

 

「……綴は、どこまで覚えてるの?」

 そう言われ、記憶を辿る。だけど思い出そうとすると、糸が段々と離れてしまうような感じ。

 

「……思い……出せない……」


 ――なんだ、これ。


 意図的に消されたみたいに、そこだけが抜けていて「怖さ」として形になる。


 背中を冷たいものが、つーっと伝っていく。


 自分でも動揺してしまっているのが、わかって……。僅かに視線を落とし、その動揺を桜に悟られないよう隠す。


 思考を巡らせ、ひとつの結論に辿り着く。



 ――新たな……サクリファイスの出現の可能性……。

 

「……綴?」  

「……ごめんね、心配かけた」

 ふにゃりと安心させるみたいに、笑った。


「大丈夫だよ……最近、体調が安定してなかったから、きっとそのせい」

「……でも」

 桜が何か言いかけたけれど、頭をそっと撫でる。


「たぶん、そのうち戻るよ」

 根拠はない。だけど……今の桜にはそう言った方がいいと思った。

 それに俺自身そうだと、信じたくて。


 桜は納得していない顔をしていたけれど、それ以上は言わなかった。


 会話が途切れ、部屋の中にはかかっていたテレビの音だけ。

 静かな空気の中で、ひとつの思考が落ちてくる。

 

 ――本当にサクリファイスによるものなのか?

 

 未完成な自分の能力による、新たな代償。そう考えれば、説明はつく。

 

 ――だけど本当にそれで全部、説明できる……?

 

 あの違和感……不自然すぎる。頭の中で勝手に記憶を書き換えられているみたいな気持ち悪さ。

 明確に何かがおかしいのに、それが何かわからない。


 小さく息を吐く。そこで、不意に浮かんだ。

 

 ――調なら……。


 こういう時……思考が癖みたいにそちらへと流れてしまう。調がそばにいてくれると、俺は不思議と強くなれる。

 いつも「安心」をくれて、俺の事を大切にして守ってくれる。

 初めて会ったあの日……人の手が、温かいことを調が教えてくれた。

 そしてそれからその温度は、いつ来るかわからない終わりへの恐怖を、和らげてくれるものに変わったんだ――。


 ――ちがう……今は、失くしてしまった記憶を思い出さないと……。

 

 そう思って考えようとするのに、そうすればするほど……思考は鈍ってきてしまう。

 

 その状態自体が、どこかおかしい。ってわかってる。

 自分で片付けたい。そう思っているのに、それと同時に「調なら……」そんな考えが、頭から離れない。


 ――調が帰ってきたら……。


 そう思っていた時、隣から声が掛かる。


「綴、今日お休みでしょ?」

「うん、お休みだよ」

「じゃあ、ゆっくり休んで」

「ありがと、桜」

 俺の体調が安定しなくなってから、調によって任務の量を調整されるようになった。


「……少しの間、任務減らせ」

 普段、俺の意思を何よりも尊重してくれようとする調の珍しい物言いに、少し驚いたことを覚えてる。

 だけどそれは体調が安定しない俺のことを、調なりに考えてくれてのことなのだろうと思ったから、素直に聞いた。


「ありがと、調」

「お前の体調以上に重要なものなんてないんだから、今は気にせず休め」

 つんっ、とした態度の中にある優しさ。俺が気にしないように、たぶんわざとそんな言い方をしてくれてる。


 だけど、完全に俺が前線から離れるわけにはいかないから比較的、難易度の低い任務だけは受けさせてもらうことにして、今は少し抑えるようにしていた。

 

 だけどふと、考えてしまう。


 ――戦わない俺に、価値があるのか。


 そんな思考を無理矢理、首を振って霧散させてしまう。

 

 桜が任務へ向かったことによって、静かになった部屋でソファへと横になれば、すぐに眠気がやってくる。

 背もたれの端へと引っ掛けていたお気に入りのブランケットを手繰り寄せて、包まると柔軟剤の清潔な香りがしてすごく安心した。


 ――今はとにかく、体を休めよう。


 そうすれば、きっと……大丈夫。ひたすら自分にそう言い聞かせるしか、出来なかった――。

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