珍しい相談がもたらした、不穏の種。 調side
任務が終わり、必要なものを買うためにスーパーへと寄ってから、アジトへと帰ってきた。
「おかえり、調」
「ただいま……桜だけか?」
「いや、綴も帰ってきてるよ。今はたぶん、お昼寝してるんじゃないかな」
「……そうか」
リビングには桜が見ているテレビの音しかなく、ここまで静かなのも珍しくて。
「……あのさ、調。ちょっと相談があるんだけど……」
滅多にない桜からの相談事に、少し驚いた。この子は何かあれば、一番に綴のもとへと向かう。
だから俺が桜の相談を聞く機会なんて、そうそうない。
「……どうした」
努めて冷静に、言葉を返す。
「……綴のこと、なんだけどね」
――やはり、そうか。
僅かな間の後。
「……今日ね、任務の後……綴と一緒にカフェに行ったんだけど……」
言葉を探しているのか、すぐには続かない。桜は膝の上で組んでいた手を、きゅっと握る。
「……そこの店員の女の子がね……なんか、変だった」
普段から何事に対してもはっきりと言う桜にしては珍しい、曖昧な言い方。
「……変?」
「うまく、言えないんだけど……」
そう前置きしてから、桜はぽつぽつと話し始める。
綴のいつもとは、違う様子。
店員の女の子の対応。
会話の空気と、妙な距離感。
「綴って、普段結構あのカフェの話するでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「だけど……僕は、店員さんの話なんて聞いたことない……調は何か聞いてる?」
「いや、特には……」
――確かに……カフェの話自体はよく聞くが、そこで出会った店員のことが、話題に上がってきたことはない。
普段は基本的に誰に対しても愛想良く接している綴だが、多少仲良くなったとしても、つかず離れずの絶妙な距離を保ち、滅多に深いところにまでは他人を立ち入らせようとはしない。
綴のことをよく知らなければ、掴みどころのない印象が強いと思う。
あの男は、元々無闇に距離を詰めるような人間ではない。
だがアジトのメンバーは例外なようで、昔から一度仲良くなったりして、俺の知らない交友関係ができると、よく嬉しそうに話してくれていた。
お互い必要以上に踏み込んで聞いたりすることはないが、そんな綴が話してこないとなると、正直気にはなってしまう。
それに桜の感じた違和感には、少し不審な点もある。
綴の事を抜きにしても、異質さを感じるその子の存在は、念のためにも把握しておきたい。
「なんか……変っていうか、空間の中であの子だけ浮いてるみたいな感じ……」
桜は少しだけ眉を寄せ、納得がいっていないような顔をしていた。
――感覚的な違和感を感じ取ることは、この仕事において重要だ。
もし勘違いだとしても、安全であることが確認できるのだから、それならそれで問題はない。
用心に用心を重ねることは、決して悪いことではないのだから。
「……その子の名前は、聞いたのか?」
「……確か、付けてる名札には覚って書いてた。見た目は髪が長くて、後ろでひとつにまとめてて……」
「わかった。一応、リヒトに所属しているギフトのリスト上も調べておくよ」
現時点で、可能性はいくつかある。
何らかの意図で綴に近づいている、敵――。
自らの能力覚醒に気付いていない、保護対象――。
本当にただの勘違い――。
「……うん、お願い。僕の気にしすぎかもしれないけど……」
そう、小さく付け足される。
「いや……そういうのは、大体合ってる」
俺の言葉に、少しだけ桜の肩の力が抜けた気配がした。
「それにずっと警戒していろとは言わないが、周りを見ているに越したことはない」
「……うん、ありがと……調」
対策を重ねて困ることは、ない。
俺の言葉を聞いて、桜は安心したように微笑んだ。その笑い方はこの子が成長するたび、綴に似てくる。
「ごはん作るから、桜もあとで配膳とか手伝ってね」
「んー……はーい」
先程とは打って変わって、いつも通りの軽い返事。
俺は座っていたソファから立ち上がり、献立を頭の中で組み立てながら、キッチンへと向かう。
今日は和からリクエストされていた、バターチキンカレーを作る予定。
鶏肉は今朝、アジトを出る前に無糖のヨーグルトににんにくと、生姜、カレー粉を混ぜたものに漬けてある。
それを冷蔵庫から取り出して、さらに軽く揉み込んでおく。
一緒に取り出しておいた玉ねぎを刻みながら、少し考える。
――桜が言っていた件が本当に気の所為でなければ、記憶操作……あるいは、認識の誘導である可能性が高い。
どちらにしても厄介で……もしそれが事実ならば、早めに手を打たなければならない。
――人を溶かすギフトといい……難儀なものばかりが重なり、少し気が重い。
俺は、静かに息を吐きだす。
――明日の任務は朝からだが、対象は中等級程度の能力者グループの制圧。
所在は特定済みで、危険度も高くはない。予定通りに行けば夕方頃には終わるはず。
――その空き時間を狙って、一度カフェに行ってみるか。
――その覚という子が、例えシフトに入っていなかったとしても、他の店員から何らかの話は聞けるはずだ。
明日の予定をざっくりと決めつつ、みじん切りにした玉ねぎとバターを鍋へ入れて、しんなりとするまで炒める。
カットトマト缶と先ほどの鶏肉を入れ、煮立ったタイミングで蓋をして、弱火に変えて十五分ほど煮込む。
その間に付け合わせのサラダを用意し、デザート用にとスーパーで箱売りしていた苺を洗って、へたを全て取っておく。
――確か、練乳もあったはず……。
九つのお皿に、五粒ずつ。三粒余ったのは桜、悠、弥の分に入れておく。
――綴に対して、桜を甘やかしすぎるな。なんてよく言ってたんだがな……。
お菓子づくりを始めてから、俺が作ったものを桜や悠が小さな手で受け取り、喜ぶ姿を見ていると不思議と任務の疲れなんて忘れてしまうんだ。
それをやりがいにレパートリーを徐々に増やしていったら、聞いたことのあるスイーツであれば、殆どのものが作れるようになった。
そしてそれは和の糖分補給にも、役に立つから一石二鳥で。
悠が中学生ぐらいの時。偶々タイミングよく出来上がったものを遊びに行く際に持たせたら、友達に驚かれたと言っていたのも懐かしい。
ぴぴぴぴ――。
少し思い出に耽っていたら、設定していたタイマーが時間の経過を伝えてくる。
鍋の蓋を開けて、そこから水分を飛ばしながらさらに十五分ほど煮込み、頃合いを見て牛乳と生クリームを少し加え混ぜていく。
ふと見上げた時計は、十九時を指そうとしていた。
殆ど同じタイミングで玄関の鍵の回った音が、耳に届く。その後すぐ、廊下につながる扉が開いて、賑やかな声が飛び込んできた。
「カレーだ!」
「おかえり、和」
「ただいま! もしかして、僕のリクエスト?」
普段、気に入って使っているらしいトートバッグを肩に掛けたまま、和は瞳を輝かせている。
「ふはっ。そうだよ」
「やったぁー!」
「手を洗って、荷物置いておいで」
「はーい!」
嬉しそうに自分の部屋へと向かう背中を見送ってから、桜を呼ぶ。
「桜、手伝って」
今はとにかく、目の前のことをこなすのみだ――。
◆
翌朝、まだ日も昇りきらない時間にスマホが短く振動した。
――着信……?
ディスプレイには、縁の名前。
――こんな時間に、なんだ……。
覚醒しきってない頭で指先をすべらせ、応答する。
「……はい、調です」
「調、早い時間にすまないが、緊急要請だ」
声には、珍しく僅かな緊張の色が滲んでいた。
「燎から報告があった件の路地近くの別の通りで、異常死体が確認された。悪いがすぐに来てほしい」
異常死体……それ自体は特に珍しいことではない。
この仕事をしていると、残酷な現場に遭遇することは多いし、その中には欠損や破壊など悲惨な最後を遂げた遺体を目にすることも決して少なくない。
「……詳細をお願いします」
だが……わざわざ縁が俺を呼ぶということは、おそらく……。
――はぁ……嫌な予感しかしない。
「遺体の身体の一部だけが、溶解している」
思考が一瞬、停止する。
「……一部だけ、というのは」
「先にあった二件のように、完全には消失してないんだ」
それはつまり、遺体として物理的に証拠が残っているということか。
「左手から肩にかけてと顔の左側だけが欠損していて、これはおそらく溶解の途中で止まっている」
「……そう……ですか」
――左側だけが欠損している……遺体。
「それとな……二人から目撃証言が取れたんだが、齟齬があってな……」
「齟齬、ですか……」
「あぁ……詳しいことはお前が来てから、話すよ」
――人が溶けている物理的異常と、認識の齟齬。
「……すぐ向かいます」
「すまないな……お前の本来受けるはずだった任務は、纏が向かってくれることになってるから」
「わかりました。位置情報だけ、お願いします」
「わかった、すぐ送る」
そうして通話が切れたあと、すぐにスマホは振動し、通知を知らせる。
俺は位置を簡単に確認してから、頭の中で描いていた予定を整理する。
――カフェの件は一度、保留だな。
――ただ……このタイミングでの人体溶解の事件を偶然と切り捨てるには、些か出来過ぎているような気もする。
――この嫌な予感が、当たらなければいいんだが……。
準備を終え、部屋を出て綴の部屋へと向かう。
こんこんこん――。
「……綴、入るぞ」
返事は聞こえなかったが、声を掛けてから静かに扉を開けた。
「綴……」
「ん……しらべ?」
名前を呼ぶと瞼が震えて、夜空を閉じ込めたような深い色の瞳が現れる。
「朝早くにごめんな。縁から呼び出されたから、行ってくる」
「緊急……?」
「あぁ、さっき電話があったんだ……新しく、人体溶解の被害者かもしれない遺体が見つかったって」
「……そう……わかった、気を付けてね」
綴の瞳が大きく開かれて、僅かに彷徨う。心配の色が表情には色濃く浮かんでいたが、それ以上は何も言わなかった。
◆
向かった現場は人通り自体は多くはないが、完全な裏路地ではない……生活の気配がかろうじて残る程度の通り。心なしかそこには、どこか湿った空気が満ちていた。
まだ早朝と呼べる時間だからか、周囲に人の気配はない。
規制線はすでに簡易的なものへと切り替わっているが、遺体があるであろう辺りには目隠しがされていた。
その手前に、人影がひとつ。
「お、来たか。調、こっちだ」
軽く手を上げるその仕草に俺は頷き、規制線の内側へと足を踏み入れた、その一瞬で……空気の重さが変わった。
「……お疲れさまです」
「朝っぱらから悪いな」
縁は俺よりも早い段階からここにいるのだろう……表情には、疲労が色濃く滲んでいる。
「……問題ないです。状況を聞かせてください」
「……相変わらずそっけないな、お前は」
縁はいつも通り、軽く笑う。だが、その視線はすぐに目隠しの方へと戻った。
「まぁいい。見てもらうほうが早いしな」
視線で示される先。俺も同じ方向を見る。
「……これは」
目隠しの内部へ足を踏み入れるとそこには、電話で事前に聞いた通りの遺体。人としての形は、残っている。
血でも、腐敗でもない……もっと曖昧で、輪郭の掴めない異臭。
空気の質が変わったことに、心臓がどくん――。と大きく跳ねる。
「……止まってる」
「あぁ。前の二件とは違って、綺麗に消え切ってない」
縁は腕を組み、わずかに眉を寄せた。俺はゆっくりと歩み寄り、痕跡を観察する。
文字通り人体が溶け、液体が流れたような跡が完全には蒸発しきっておらず、うっすらと残っていた。
――消失の仕方が前の二件とは、違う。
――途中で止まってるから、完全には消えていないのか……?
「通報が、深夜の二時十七分。検死の結果、おそらく事件発生はその数分前だと」
深夜、終電もなくなっている時間帯。偶然とは言え、目撃証言が出たのは奇跡に近い。
そして縁は遺体から視線を外し、路地の入口付近を顎で示した。
「で、目撃者の件なんだが……人がいた。という証言と、誰もいなかった。と言う証言に分かれてる」
自分の眉間に皺が寄るのがわかった。
「……それは、同一時間帯ですか」
「あぁ……不思議なことに、同じ方向から二人並んで歩いてきた時に見ているはずなんだが……なぜか主張が食い違ってる」
俺は、視線を遺体へと戻す。
「通報した方は見ていないが、半歩後ろを歩いていた方が通報者越しに、走り去る人影を見たらしい」
本来、前にいて見えたはずのが通報者見えていないのに、その後ろにいた人物だけが見えた人影。
――気が、動転していて見逃したのか……?
「ただ二人とも酒に酔っていた状態で、人影についても、この通りは街灯も多くはないから、暗くて詳細まではっきりとは見えなかったらしい」
酒に酔っていた状態だったのなら、認識が一致せず、意見が食い違うことにも一応……説明はつく。
――だが、何かが気持ち悪い。
俺は思考を整理するために一度、目を閉じて……深く息を吐きだす。
物理現象は確定していて、溶解は事実。この部分が揺らぐことはない。
――だとしたらなぜ……溶解は、途中で止まっているのか。意図的なもの……もしくは、目撃されかけて途中でやめた……とか?
もし、能力が「認識阻害」であるならば、食い違っている証言のうちの、目撃したという方は本物である可能性が高い。
――溶解と、認識阻害は別のギフトで……逃げた人影は、おそらく溶解能力の方。認識阻害の方は、何らかの方法で近くにいた……とか?
――だが……そうだとして、なぜ殆ど同じ位置にいたのに、阻害された人とそうでない人がいるのか……。
――なにか、発動条件があるのか……?
「この件……単独かと思っていたが、そうじゃないのかもしれないな」
縁の言葉に、視線を上げる。
「……そうですね……単独の犯行というのは、どうも……考えにくい」
しばらく黙っていたが、縁はやがて小さく息を吐いた。
「やっぱ、そうだよな……」
「……断定は、できませんが」
ギフトの所持能力はひとりにつき、ひとつしかないと言われている。
サクリファイスの影響から鑑みても、複数所持は不可能で、綴のように後天的に能力を植え付けられることすら、本来は非現実的なことだ。
だから綴に関してその事実を知るものは限られているし、仮に人体実験で複数能力を植え付けられたとして、心身を保つことは絶対にできないと言い切れる。
そんなことをすれば、体は能力に侵食されて多大な負荷が掛かり、最終的に精神崩壊をもたらす禁忌の所業だ。
「いや、今はそれで十分だ。それにお前もそう言うなら、そういう前提で動ける」
その言葉には、迷いがない。だが現時点では、断定に足る材料が不足している。
――これ以上被害を出さないためにも、いち早く食い止めなければ。
不意に、昨日の桜の言葉が頭を過る。
――なんか……変っていうか、空間の中であの子だけ浮いてるみたいな感じ……。
「……あの、調べてほしい件があるんですが」
俺は掻い摘んで昨日の件を縁へと伝えた。
数秒の沈黙の後――。
「お前が俺に頼み事なんて、珍しいなぁ……まぁ、いいよ。調べておくね」
縁はいつもみたいに、軽く笑った。
◆
あの後、縁の知り合いの刑事さんと合流し、目撃者が出たことによって、事件として報道されることは避けられないと聞いた。
ただ「人体溶解」の事実は、流石に伏せられるらしい。
遺体の回収をして、現在の警察側の見解などを聞き、縁と分かれる頃には、殆ど夕方と呼べる時間帯になっていた。
――まぁ……思っていたよりかは、早く終わったな。
気持ち的にはアジトへ帰ってしまいたいが、別の違和感を確かめるため、気力を振り絞って例のカフェへと足を向ける。
ちりん――ちりん――。
控えめなベルの音と一緒に、店内へと足を踏み入れると、客は疎らだった。
俺は窓際の席へと座り、店の中を見渡すが……件の店員らしき女の子は見当たらない。
「ご注文、お伺いしましょうか?」
声をかけてきた店員は、髪の短い二十代後半くらいの女性。
「……アイスコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
店員は無駄な動きもなく、会釈をしてから厨房の方へと戻っていった。
それから間もなく、注文した品が運ばれてくる。
「おまたせしました、こちらアイスコーヒーになります」
「……ありがとうございます」
俺は会釈をしてこの場を離れようとした店員を引き止めるため、声を掛けた。
「……あの、ひとつお聞きしたいことがあるんですが」
「はい、なんですか?」
彼女は嫌な顔ひとつせず、振り返ってくれる。
「……ここに覚、という名前の店員さんはいますか? 大学生くらいの女性の方なんですが……」
相手は、少しだけ考えるような顔をした。
「いえ……そういった店員は、いませんが……」
殆ど即答で……そこに迷いはみえなくて、取り繕う様子もない。
「……それは、以前からですか?」
「はい……そうですけど」
不思議そうに店員は、首を傾げる。
「急に変なことを聞いてしまって、すみません……人を探していたのですが、勘違いだったみたいです」
普段はしないにこやかな笑顔を貼り付けて、愛想良く振る舞っておく。
「そうですか、こちらこそお役に立てなくてすみません。うちも何分、人手不足なもので……今、アルバイトは大学生の男の子がふたりだけなんです」
その店員の話によると、基本的には厨房に調理担当の男性スタッフがふたり、ホール担当には自分を含め三人しかいないらしい。
話を聞いた店員が平日は、殆どひとりでホールを回しているという。
その話をしているときの彼女には、違和感を感じる部分はなかった。
つまり……言っていることは、嘘ではない。
店員が戻っていく背中を一瞥してから、視線を落とす。
――覚という女性の店員は、ここには存在していない。それは、過去を含めて。
――だとすれば、昨日綴と話し、桜が見たその子は何だったのか……。
――おそらく……記憶の改竄ではない。認識の上書き……阻害……。
「……まさか」
点と点が、結びつく。頭に浮かぶ、ひとつの可能性。
それは件の覚という子は、今朝の事件に何らかで関わっているのかもしれないということ。
無関係とするには、些か引っ掛かる点が多すぎる。
能力発動のトリガーは接触……もしくは、会話……。
記録や記憶上には残っていない、彼女の存在。だが昨日、物理的に桜や綴が見ているのなら、監視カメラには映像としての記録が残っているはず。
確かめる価値は、十分にある。
そして一般的に部外者である一般人が、店に設置されてある監視カメラ映像は、個人情報保護の観点から閲覧する事はできない。
だが、警察官であれば可能だ。
――出来ればこの手は使いたくないが、背に腹は代えられない。
アイスコーヒーを一気に飲み干し、席を立って店を後にする。
外はすでに暗くなっていて、空気が少し冷たかった。
ポケットからスマホを取り出し、先程まで会っていた人の名前を探す。
呼び出し音の後、数コールで繋がった。
「はいはーい、どうしたー?」
変わらない軽い声。
「……さっきのともうひとつ、頼みがあります」
「ははっ、ほんと珍しいなぁ。いいよ、聞くだけ聞いてあげる」
――本当にこの人は、ひと言多いな。
内心では少しイラッとしつつも、俺は続ける。
「……シアンコーヒーというお店の監視カメラ映像がほしいんです」
「それは今回の事件と何か関係があるのか?」
「現状では、何とも……ですが、その可能性は大いにあります」
一瞬の間の後。
「で、警察側から引っ張りたいってわけか」
「はい」
流石というべきか、こういうところの理解は早い。
「わかった、お前の判断に任せるよ。あいつに連絡して用意させるから、少し時間をくれ」
「ありがとうございます」
「用意でき次第、すぐに送る。どのくらいの期間分必要なんだ?」
「そうですね……出来れば数ヶ月分……長期的に記録として残っていなければ、最低でも一週間は……ほしいです」
「ははっ、相変わらず遠慮がないな」
軽く笑った後、少しだけ声のトーンが落ちる。
「けど、これは貸しになるぞ?」
「わかってます」
「いいね、その迷いのなさ。俺は好きだよ、綴が関わってきた時に見せるお前の執念」
縁のこちらの心を見透かしているような物言いは、腹が立つ。
だが残念ながら、今の俺に取れるのはこの方法しかない……だから迷っている暇なんてない。
「……別に必要なだけです」
「ふはっ、まぁそういうことにしておいてやるよ」
その言葉を最後に、通話が切れた。スマホを耳から離し、ポケットに仕舞う。
記録が完全なものとして残っているかは、わからない。彼女が本当に認識阻害のギフトならば、監視カメラに映っていない可能性も考えられる。
それになぜ、綴に近づいているのか。意図的ならば、綴のそばから一刻も早く排除しなければいけない。
あいつが幸せに過ごせるように。心を落ち着けて、穏やかにいられるように。
そのためなら、俺はどんなことでもできる――。




