呼び起こされた、過去の記憶。湊side
リヒトへ来てから、色々な家事が出来るようになった。
洗濯したものを干したり、ゴミ出しや掃除。料理……は、調さんが殆どしてくれてるから、配膳なんかを普段は手伝うようにしてる。
料理の頻度は、他の家事に比べるとあまり多くはないけど、簡単なものなら俺にも作れるようになった。
生活をするうえで必要な作業をこなす当たり前の日常は今の俺にとって、とてもかけがえのないこと。
その中でも特に、洗い物の時間が好き。
水の音は聞いていて落ちつくし、余計なことを考えなくて済む。
それに何か嫌なことがあったとしても、洗い物をしていたら、泡と一緒に流れていってくれるような気がして。
今でこそ、家事を任せてもらえるまでになったけど……最初は力加減がわからなくて、ガラス製のお皿を持っている時に割ってしまったり……。
泡を濯ぐ際に誤って手を滑らせて持っていたお皿をシンクの中に落としてしまい、落ちた角度が悪く、水の勢いも相まって跳ね返り、辺りをびしゃびしゃにしてしまったこともある……。
何をするにしても人より少し時間が掛かってしまう俺のことを、リヒトのみんなは遠ざけたりなんてせず、特に調さんや燎くんなんかは、根気強く色々なことを教えてくれた。
そして今日は朝早くから緊急の任務へ向かったという調さんに変わって、朝の家事をこなしてくれていた燎くんと入れ替わるようにして、洗濯や掃除なんかを任されている。
本当は掃除機をかけたかったけど、リビングのソファで綴さんが眠っているのを見つけ、極力音を立てないようにと気をつけながらフローリングワイパーで床を掃除したりしていた。
そして何気なく、洗い物に取り掛かった時。
――件の同じ施設、か……。
昨日聞いた弥の話が、不意に頭を過った。
「昔……実験室の奥で研究員が話してた……完成するかもしれないって」
あの弥の言葉がずっと頭の奥に残っていて、妙に引っかかる。
――あの時、ガラスのケースは3つ。俺は室内をくまなく探したが、弥と砂化のギフトである叶以外に、生存者はいなかった。
だから、任務時には確実にあの施設へ該当のギフトはいなかったはず。
そしてもうひとり遺体となっていた子は、自らの体液を硝子へと変換できる能力を持つ女の子だったというのまではわかっている。
当時、施設にあった実験に関する記録データは殆ど全て回収してあり、後に和くんによって解析されていた。だけど結果は空振りに終わり、内容も概ね和くんの想定どおりだったらしい。
個体識別番号や生体データの推移。能力測定の記録など……いずれも、現場レベルの実験情報に限られていて、特定の項目に限り、不自然に切り取られたような痕跡が確認された。
ログの連続性が途切れている箇所や参照先が存在しない識別子、内容が空白化された記録。
それらは機器の不具合ではなく、意図的な削除、破壊だと和くんは言っていた。
上位構造に関する情報も確認できず、指示系統や責任者、最終目的など……いずれも該当する記録は存在しなかったという。
「重要情報は、現場に残されていない」あるいは「回収前に処理されている」結論としては単純。
「どちらであっても、結果は同じだよ」
そう、和くんは言っていた。
――あの時……俺たちが侵入した時点で、事実は周到に隠蔽された後だったのだろうか。
そんな事を、無意識に考えてしまっていて。
綴さんが眠っているから、かちゃかちゃと音がしないように気をつけていたのに……集中が僅か一瞬、途切れてしまったとき……指を滑らせてしまった。
――あ……。
手の中の感触が消えたのと、視界の端で白いものが弾けるのは殆ど同時だった。
ぱりんっ――!
その音が、静かな空間へ響き渡る。
耳を劈くような大きな音に、世界が止まったような感覚を覚えた。
その音は一瞬で、部屋の中は静けさを取り戻したはずなのに、脳内では別の「音」が再生される。
ガシャン――。
「止まるな、働け」
甲高い硬質な音が耳の奥に刺さって、低い声がした。
――なんだ、これ……。
思考はついてこれていないのに、身体だけが先に反応する。
――息が、吸えない……。
喉が閉じて、肺がうまく機能しない……重たい何かが、上から押し付けてくるみたいで、体が言うことをきいてくれない。
――くるしいっ……。
意味も分からないまま、脳が勝手に警鐘を鳴らす。視界が歪み……気付いたら膝と手は床についてしまっていた。
――冷たい。
手のひらに触れる感触だけが、妙に現実じみていて……。
――違う。
――今じゃない。
それなのに、押さえつけられる腕の感覚……擦れる音。
怖くなって必死に体を丸め、蹲る。
「動くな」
「……っ、は……」
胸が締め付けられて苦しくて……首元を強く掴んで掻きむしるが、息は入ってこない。
自分の体に、何が起きているの理解できなくて。現実との区別が上手くつけられず、頭の中が混乱する。
――ここから、逃げなければ。
ただ、そんな感覚だけがはっきりと浮かぶ。
体を起こそうと両腕を踏ん張ったつもりだったが、うまく力が入らなくて……ようやく体を起こした時……視界が揺れた。
その拍子に胃が強く引き攣り、すぐに不快な感覚が喉の奥から襲ってくる。
咄嗟に口元を覆ったが、一歩遅く……ぼたっと音を立てて、吐瀉物が落ちた。
饐えた匂いが広がり、そのせいでさらに気分が悪くなってしまう。
「……っお、ぇ……か、は、っ」
喉だけが、やけに熱くて。それ以上、何も吐けないのに、喉だけが恐怖を吐き出そうとするみたいに痙攣を続ける。
それによって呼吸は乱れて、余計に息が吸えなくて……頭がパニックを起こす。
――どうしよ……どうしたらいいのか……わからない……たすけて。
白色のフローリングの上で溺れているみたいに、藻掻く。
「へばってないで、さっさと立て」
顔もわからない誰かのそんな声が、ずっと頭の中に響いてくる。
「っ、……やめ……」
ようやく出せた声は、掠れていて。身体が、勝手に壊れていくみたいな恐怖に心臓が暴れ出す。
自分の喉から溢れる笛のような音がやけに耳について、うるさい。
――やだっ……やめて。
「……湊、落ち着いて、だいじょうぶだからね」
突然、俺の世界に声が落ちてくる。柔らかで、落ち着く優しい声。
肩に温かい手の感触がして、勝手に傾いてしまう体を支えられた。
「ゆっくりでいいから、俺のリズムに合わせて息吸おうね」
背中に触れる手が、とんとん。と一定のリズムで、軽く叩いてくれる。
「はいて、吸って……そう、上手だよ」
話している内容を頭で理解する前に、身体が勝手に指示へと従う。
「……っ、は……ぅ……」
少しだけ体に酸素が回り始めたことによって、僅かに頭が冷静さを取り戻し、思考が少しクリアになる。
「そのままでいいよ、頑張ったね」
焦りも、迷いもない。毅然とした変わらない調子なのが、すごく安心できて。
ぼやけてしまう視界の中で、輪郭だけを追う。支えられている腕から伝わる優しい体温に、どうしようもなく安堵する自分がいた。
「……だいじょうぶだよ、湊」
繰り返される、同じ言葉。それを聞くたびに、胸の奥のざわつきが少しずつ引いていく。
呼吸が戻ってきて……完全ではないが、落ち着いてきた。
「……すみ、ません」
「気にしなくていいよ」
宥めるように優しく背中を擦られると感情的になって、泣いてしまいそうになる。
涙に気づかれないよう、視線を落とした時。床には割れた皿の破片がいくつか散乱していた。そのひとつには、僅かな赤。
――血、だ……。
その色だけが、やけに鮮明で。ぼんやりと見た自分の手からも、同じ赤。
――怪我……してる。
痛みは一切、感じなくて……どこか他人事。
化け物――。
おかしい――。
気味が悪い――。
ここへ来た時にも、聞こえた声が頭の奥底で再生される。
「湊、血が出てる」
心配そうな声が降ってきて、一気に現実へと引き戻された。
「……あ、はい」
自分でもわかる……とても曖昧な返事。
「……まだ気分、良くない?」
困ったような表情を浮かべる綴さんを目の前に、後悔の感情が過る。
「……いえ、ちが、くて……もう……大丈夫、です」
何とか掠れた声で答え、体をゆっくりと起こす。まだ少し……息は乱れているが、さっきよりは手足の感覚も戻ってきている。
そのとき、ドアの開く音がした。
「ただいま……」
聞き慣れた、燎くんの声。
「……どうしたの、大丈夫?」
僅かな沈黙の後――。足音が近付いてきて、燎くんのまとう空気が変わった。
「……過呼吸?」
低く声の大きさを抑えるような燎くんの声。綴さんはそれに、小さく頷いた。
燎くんの視線が、こちらを捉えているのが感覚で分かる。
「燎、とりあえず……濡らしたタオル持ってきてもらってもいいかな?」
俺はそんな綴さんの声を、ぼぉーっと聞いていた。その間も、綴さんは優しく俺の背中をさすってくれていて。
それからすぐに戻ってきた燎くんが持ってきてくれたタオルで、汚れた俺の手と口元を綴さんが優しく拭ってくれる。
温かいタオルに手を包まれた時、自分の体が驚くほど冷えていることに気付いた。
「よし、じゃあ湊をお風呂に連れて行ってあげて」
「わかった。湊、立てる?」
燎くんに支えられながら立ち上がり、お風呂場へと向かう。
洗面所でうがいをして、温かいシャワーを浴びると気持ち悪かった感覚がだいぶ薄れた。
戻ったリビングは綺麗に片付けられていて、申し訳なさに襲われる。
「湊は、気にしなくていいからね」
俺の感情を見透かしたみたいに、燎くんに頭を撫でられた。
「……ありがとう……ございます」
しばらくソファへ大人しく座っていたら、すぐ隣でしゃがむ気配。
「湊、水分補給できそうかな?」
視界の端に、そっと差し出されたペットボトル。だけどまだ指が震えてしまって、うまく掴めない。
「俺が持ってるから、大丈夫だよ。ストロー使ってね」
「……すみません」
綴さんはふわりと笑ってから、そっと頭を撫でてくれた。
そのまま支えられた状態で、ストローを咥え水を飲ませてもらう。
「よかった、落ち着いてきたね」
綴さんはそう言って、安心したように笑った。
「ほんとにすみません……片付けまで……」
「そんなの気にしなくていいよ、それより手以外に怪我はしてない?」
声音が、一気に心配そうなものへと変わる。
「……はい、たぶん……あ、」
そう言われて不意に視線を落とした時に見えた、足の甲に一本の赤い筋。
血はすでに止まっていて……それを見た時、不意に頭の中を声が過る。
――化け物。
「あ。足も、怪我してんじゃん……」
綴さんの視線が俺の視線を辿るように下がって、傷の辺りをじっと見つめられた。
「燎ー! ごめん、救急箱持ってきてー」
綴さんは、脱衣所の方にいた燎くんへ声を掛ける。
「はーい、ちょっと待ってね」
そんな穏やかさのある声が聞こえて、俺のもとに救急箱が届く。
傷口は綴さんによって綺麗に消毒をされて、少し大きめの絆創膏を貼られた。
「お部屋で横になる? それともここにいる?」
俺に選択肢を委ねてくれようとするその言葉に、涙腺が緩んでしまいそうになって。
それを隠すように、クッションへと顔をうめた。
「……ここにいても……いい、ですか……?」
くぐもった声になってしまったけど、ちゃんと綴さんには届いたようで。
「もちろん、何かあったら遠慮なく声掛けなね」
そう言って、頭を撫でられる。綴さんの手には魔法がかかっているみたいで、桜や悠が小さい頃に、撫でてほしいとよくねだっていた理由がわかった。
ブランケットにふわりと包まれたら、体から力が抜け、次第に眠気が漂ってくる。
――さっき思い出しかけたのは、なんだったんだろ……。
僅かな微睡みの中で……靄の奥にある「何か」にふれようとしたら、頭の奥でサイレンが鳴り響いて、慌ててそこから手を引く。
――その「何か」に、ふれたらきっと……それが引き摺り出されてしまう。
――本能的にそれを思い出しては、だめな気がして。
さっきの音が、まだ耳に残っている。
――硝子が割れるの、凄く嫌な音だった……。
その理由は分からないけど、ただそう思ってしまって。
自分の身に何が起きたのか、自分でも理解できてなくて……うまく言語化できない。
眠気に負けて目を閉じたけど、視界を埋め尽くす暗闇が怖くなってしまい、すぐに目を開けた。
――寝るのは……すこし、怖い。
一瞬……躊躇が過るが、それ以上考える前に体が限界を迎えたのか、意識は深いところへと沈んでしまった。
◆
――暗闇の中で、音がする。
最初は小さくて、遠くで響くような……硬い床を踏む、規則的な足音。
視界は暗くて何も見えないのに、体は動いている。
――ここは、どこ?
考えようとしても思考が滑ってしまって、うまくまとまらない。
「止まるな」
その中で聞こえた低く、威圧的な声に俺の体は反射的に、強張る。
逆らってはいけないと、脳に刷り込まれたもの。
腕にさらに重みがかかって、何かを持たされていることに気付く。
――重い……指に力が入らない……それでも、落とせない……落としてはいけない。
「早くしろ」
短い命令に息が荒くなって、喉が焼けるように痛む。
だけど、止まることはできない。
――しんどい、苦しい。
浮かんだ感情は唐突に体を襲った衝撃によって、すぐに潰されてしまう。
足元が崩れ、膝が床に落ちて、視界が揺れた。
「無駄なことを考えず、体だけを動かせ」
冷たい……頬にふれる地面の感触だけが、やけに鮮明で。
ガシャン――。ガラス製の何かが投げつけられ、派手な音を立てて、粉々に砕ける。
破片が体に飛び散り、至るところから赤がじわりと滲む。
「いつまで這いつくばっている、さっさと立て」
すぐ近くから、怒号が飛ぶ。耳がきん――っとなる声量に身体が震え、力をうまく入れられない。
四つん這いのような状態から震える指で地面を掴み、必死に膝を立て力を込めようとするが、カクカクと震えて自分の体を支えきれず、すぐにまた崩れ落ちてしまう。
「何をしている、何度も言わせるなっ!」
腕を掴まれ……強制的に立ち上がらされて、そのまま体を乱暴に投げられる。
ダンッ――!
その瞬間、電気のような激痛が走った――。大きな音を立てて、背中が壁に打ち付けられる。
「……か、っは……ぅ」
衝撃に肺から空気が漏れて、一瞬……息が吸えなくなる。
――痛い……辛い……苦しい。
頭の中がそんな感情で、埋め尽くされていく。
「さっさと動け」
また腕を強く掴まれ、無理やり立たされる。呼吸が乱れて、胸が苦しい。
ふらふらと覚束ない足取りで、必死に足を動かす。まわりの音は、ぼんやりとしていて。
――重い……俺は今、何しているのだろう……。
脳は考えることをとっくに放棄していて、体だけが惰性で動いてる。
「遅い」
次の瞬間、足音を認識したが一歩遅く……身体が強く揺れた。
大きな衝撃の後――。視界が白く弾け、気付けばまた地面へと倒れていて、血まみれの自分の手が映る。
冷たい――。硬い――。
――だれか……たすけて……。
◆
「――っ」
喉が閉じて、息が詰まってしまう。その衝撃で、意識が強制的に引き上げられた。
目を開いて見えたのは、見慣れた天井。
「……っ、は……」
呼吸は乱れ、心臓が暴れている。夢の続きみたいに、苦しくて……身体が重い。背中には汗がぐっしょりと滲んでいて、指先は僅かに震えている。
――いま、のは……。
夢……そう理解するのに、数秒かかった。だけど感覚だけは、全然消えなくて。
「……湊? 大丈夫?」
すぐそばから聞こえてきた悠の声で、ようやく完全に現実へと戻ってこれたような感覚。
「……大丈夫、ちょっと……嫌な夢を見ただけだよ」
「そう……あ、俺……温かい飲み物入れよっか?」
「……ありがとう……お願いしてもいいかな」
「もちろん! ちょっと待っててね!」
そう言って悠は、ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンの方へと走っていった。
その後姿を見送りながら、考える。
腕に残る感触――。
床の冷たさ――。
命令の声――。
そのすべてが俺の中に残っていたけど、悠の姿を見ながらゆっくりと息を吐くと、僅かに心臓の音が落ち着いた。
――よかった……あれは夢で、現実はこっち。
その事実に心の底から、安心した。
――だけど、あれは唯の「夢」じゃない。
――あれは……俺が失っていた記憶……なのではないか。
そう気付いてしまった瞬間、背筋が冷えた。
だけどそれ以上は、考えられなかった……というより、考えたくなくて。
わからない……わかりたくない。だけどわからないままでは、だめな気がして。
「おまたせ、ホットミルクにしたよ」
お盆に乗せたマグカップと、瓶に入った蜂蜜。悠は専用の先端が丸くなってる木製のハニースプーンも一緒に持ってきてくれた。
「ありがとう、悠」
「いえいえー! どれくらい、蜂蜜入れますか?」
にこにこと笑いながら悠が醸し出す穏やかな空気によって、ざわざわと音を立てていた俺の心が、和んでいくのを感じる。
「たくさん入れてもらっても、いいですか?」
俺がそう言うと、悠の表情は嬉しそうに綻ぶ。
蜂蜜の瓶が開くと、微かに花のような甘い香りが広がる。
美しい琥珀色がとろりと真っ白なカップの中へと落ちて、じわりと溶けていった。
悠が軽く混ぜてくれたマグカップを受け取り、口をつけると唇に熱が伝わってくる。
喉の辺りを温かいものが通って、お腹へと落ちていく。
その熱が無意識に強張っていた体の芯を、溶かしてくれる。
「……ありがと、悠。元気でた」
「そっか、よかったぁ……」
そう言って、悠はそばにいてくれた。時折、会話を交わしては、ホットミルクをひとくち飲む。
そんな穏やかな時間を過ごしていると、思っていたよりも体は疲労を感じていたのか、再び睡魔が襲ってくる
目を閉じかけて……すぐにやめてを、繰り返す。
――きっとまた……同じ夢を見てしまう。
なぜか、そんな気がした。はっきりとした根拠なんてものはないけど、確信に近い感覚があって。
眠気を散らすためにゆっくりと体を起こすと、まだ少し眩暈がした。
あの感覚も、状況も……きっと俺が体験した過去の記憶。まだ完全に自分のものには出来ていないけど、そのうちにすべての記憶の蓋が開いてしまうかもしれない。
――もし……弥を助けたあの任務の時のような、残酷な殺し方をするのが、俺の本当の姿だったら?
本当の自分を知ってしまうのが、少しだけ怖くて。
「ねぇ、湊。俺ね、実は……弥の話も、例の能力者の話も、全部知ってるんだ」
「……え」
――綴さんが、話したのだろうか。
「……その……調と綴が湊に話してたのが、聞こえちゃって……」
「……そう、なんだ」
――あの時、悠は起きていたのか。
「湊が何で俺には話さないのかって言ってたのも、聞こえちゃった……」
悠は、どこか少し悲しそうな表情を浮かべている。
「最初聞いた時はね、ちょっとだけ悔しかったんだ。何で? って。まだ俺はみんなにとって、守られるだけの存在なのかなって。だけどね、湊はちゃんと何でってふたりに聞いてくれたでしょ?」
「……うん」
「それが純粋に嬉しかったし、そのおかげで調や綴の考えも聞けた。だからね、ありがとうって湊に伝えたくて」
――綴さんや調さんの思いも、きちんと悠に伝わっていた。
その事に、安堵の気持ちが広がる。
俺はうまく言葉が、でてこなくて……。結局、何も言えずにいると、悠は少しだけ緊張を滲ませた面持ちで、微笑んだ。
「ごめんね……体調万全じゃない時に、こんな話して」
「ううん、聞けてよかった。ありがとう、悠」
「うん……どういたしまして……俺で良かったら、いつでも話聞くからね」
そう言って、そっと手を繋がれた。悠がまだ小さかった頃、アジト内で見つけるたびに俺が抱っこしてたら、そのうち悠の方からも俺を見つけるとそばにきてくれるようになった。
手を繋ぐのは、その時の名残。
あんな小さな頃から悠は人の感情にとても聡くて、俺が任務でミスしたりして、落ち込んでる時に限って慰めるみたいに小さな手が、何も言わず繋がれる。
その温かい体温で、抱えている負の感情が魔法みたいに消えてしまう秘密のおまじない。
そしてそれは、今でもたまに出る悠の癖みたいなものへと変化した。
大人になった悠の体温は小さい頃からは、少し変わったけど、その温度にはやっぱり安心してしまって。
このまま眠ってしまえば、怖い夢なんて見ないような気がした。
「湊、俺も一緒にお昼寝してもいい……?」
そんな今の俺にとっては凄くありがたい申し出に、うつらうつらとしながら頷き、ふたりで柔らかいラグの上へと寝転がる。
「あ、ちょっと待っててね」
そう言った悠がブランケットを持ってきてくれて、そんな小さなことにとても感慨深いものを感じた。
――小さい頃は、俺がよくそうしてたのにな。
そんなことを考えつつも、ふわふわに一緒に包まると……じんわりと伝わってくる体温によって、不安の糸が少しずつ解けていく。
そのまま俺はゆっくりと意識が遠のいて、穏やかな眠りへと落ちた――。




