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リチャールさんに罵倒される中で、ここにいるはずのない人が現れて私はさらに混乱した。
ルードさんがどうしてここへ?
そんな私の戸惑いなど知ることもなく、ルードさんは不機嫌さを隠さずにリチャールさんを厳しい目で見ていた。
「何だお前は」
「お前の言う、家でこそこそと物書きをしているような奴だ」
途端に稽古場がざわつく。
「彼がアベラルト・フォスター先生!?」
「フォスター先生がなぜここに!?」
「そもそも本物なの?」
「はいはい、この方は本物のアベラルト・フォスター先生ですよー」
ルードさんの後ろから男性がひょこっと顔を出す。
「あ、出版社の…」
「はいー、セイカ出版のバートンです。フォスター先生の担当編集をやってます。団長さん、この度は無理を聞いていただいてありがとうございますー」
「しっかり見れましたか?」
「バッチリです!」
「団長、どういうことですか?」
「実は、そちらのフォスター先生が誰にも見つからずにオーディションを見たいと言ってるからどうにかならないかと相談されてな。そこの窓から見るのはどうかと提案したのだ」
「本当にフォスター先生てばわがままですよねー、困っちゃいます」
次々と語られる事実に頭がついていかない。
ルードさんと一緒に来た方がフォスター先生の担当で、ルードさんはフォスター先生で、フォスター先生がオーディションを見ていた?どういうこと?
待って。ルードさんがフォスター先生ってことは…私、フォスター先生ご本人を相手にペラペラと先生の本について話してたってこと!?
「お前がフォスターとやらか。こいつを指名するなんぞ一体どんな奴かと思ったが…先ほどの発言を一つだけ取り消そう。女には慣れていそうだ。見る目がないことには変わらんが」
「俺のことはどうとでも。ただ、ニナのことを侮辱するのはやめてもらおう。俺は彼女に色目を使われたことは一度もない」
「庇い立てしておいて色目を使われてないとは!お前がこいつを庇うことこそが、こいつが女を使って役を得たという何よりの証拠ではないか!」
「お前はさっきから淫猥な話ばかりだな…それしか頭にないのか?まるで発情期の猿だ」
「何!?若造が何を言うか!」
「はいはい、先生ストップですよー!」
「パパも落ち着いて!」
ヒートアップするルードさんとリチャールさんを、バートンさんとメイジーが止める。
「先生、今日はどうしてニナさんを指名したかお話ししに来たんでしょう?ちゃんと話さないとダメじゃないですかー」
「あ、ああ…」
「ニナさんの演技を見てあんなに喜んでたじゃないですかー。早くニナさんに言ってあげましょ?ね?」
「わかった、話すから少し黙ってくれないか…っ」
ルードさんが顔を少し紅潮させ、こちらを見る。
目が合ったのは一瞬で、すぐに周りの人達を見回した。
「俺がニナを指名したのは、彼女の演技に惚れ込んだからだ。たまたま彼女が俺の本で特訓している姿を目にして、俺の書きたかった通りに演じている彼女の演技に感動した。ニナなら、きっとこの本でも俺の理想通りに演じてくれると思った。だから指名した」
特訓とはあの出会った日のことだろうか。そう言えばあの時、どうして演じた役者と違う演技をしたのか聞かれた覚えがある。
あの時はルードさんは別の劇団の関係者だと思ってたし、だからあの質問をされたのかと思ったけど、作者として聞いてたのか。
どうして私をと思っていたけれど、私の演技を評価して指名したのだと言ってもらえて嬉しい。
「ニナはまだ舞台経験が浅いと聞いたが、俺は思い描いた物語を正しく伝えてくれるような演技を優先してほしいと思う。このオーディションでは俺の見たいシーンも入れてもらったが、そこでもニナは俺の思う通りの演技をしてくれた」
ルードさんは少々気まずそうにメイジーを見て続ける。
「君の演技も素晴らしかった。ただ君には悪いが…やはり俺はニナに演じてほしい。すまない」
「……」
メイジーが俯く。
作者本人に直接言われたのだ。無理もない。
重い沈黙が流れた。
「……ふざけるな!」
リチャールさんの怒号が響く。
ぎろりとルードさんを睨みつけ、顔は怒りで赤くなっていた。
「お前の理想だと!?笑わせるな!俺がメイジーを舞台に立たせるためにどれだけ手を尽くしたと思っている!」
「リチャールさん!」
「え…?」
リチャールさんの言葉にレイラさんが焦ったように、メイジーが動揺したように反応する。
「パパ…私のためにって、それ、どういうこと?」
「メイジー、聞いちゃダメ!」
「俺はお前を舞台に立たせるために、役を与えないと援助を切るぞと度々団長に告げていたのだ。メイジーが少しでもスポットライトを浴びれるように、誰よりも注目を浴びるように!それを貴様!全部無駄にする気か!」
「そんな…」
メイジーの顔がどんどん色をなくしていく。
もしかして…。
「メイジー、知らなかったの?」
「ニナ…あなたは知っていたの?」
「私も最近聞いたばかりよ。メイジーがオーディションの話を言い出した時に援助の話をしたから、圧力をかけていたことも知ってたんだと思っていたけど…違うの?」
「違うわ!私はパパがデュオスを脅してたなんて知らなかった!……私、演技も見ないでフォスター先生の希望だけで決めるなんてひどいと思って、それを認めるデュオスも許せなくて…正しい判断ができないのなら、援助なんて切ってしまえって思った。だからあの時、援助の話をしたの」
メイジーがぽろぽろと涙を流す。
こんなに取り乱すメイジーは初めて見た。
「でも、全部誤解だった。フォスター先生はちゃんとニナの演技を理解して指名してた。…ひどいのは、私の方だったのね」
「メイジー…!」
思わずメイジーを抱きしめると、メイジーもすがるように抱きしめ返してきた。
ぎゅっと自然に腕に力がこもる。
「ごめんなさい、ニナ…あなたに仕事を押し付けたりなんかして。私、あなたが役をもらえないのは全然努力してないからだと思ってたの。やる気がないのなら私の仕事を押し付けてしまえって…」
「…そうだったの」
「でもさっきの演技を見てわかった。あなたはちゃんと努力してたわ。役をもらえなかったのは、パパが…私がお金で買ってたからなのね」
「メイジー、私こそごめんなさい。メイジーがそんな風に思ってるなんて知らなかったから、忙しいのは私も同じなのにって思ってた。メイジーのこと、嫌な子だなとも思った。メイジーから見たら私も嫌な子だったよね、ごめんなさい」
「そんなことない、ニナは悪くないわ。私が悪いの」
私が悪い、いや私が悪いと、私とメイジーはお互いを庇って抱き合った。
この一年、誤解し合って拗れた私達の仲がようやく解けた瞬間だった。




