第6章:想いを告げる -7
……そうして、初めてダリルから名を呼んでもらえた時のことを思い出すたび、ネリネは未だに頬を染めずにいられないのだった。
ネリネの様子を不思議に思ったのか、ティーカップを受け皿の上に戻しながらダリルが尋ねてくる。
「どうかしたのか、ネリネ。顔が……」
「……ダリルが初めて私と普通に話してくれた時のことを思い出していたの。あなたが名前で呼んでくれて、すごく嬉しかったな、って」
答えながら、ネリネは爽やかな香りのする紅茶に角砂糖を一つ、加える。
執務を終えた後、隣り合ってソファに座り、紅茶を飲みながら他愛のない話をするようになったのはいつの頃からだったか。人の目がある時は王女と騎士でいなければならない二人が、恋人どうしとして過ごしていられるほんのわずかなひとときだった。
「ああ、あの時か」
そう言って、ダリルは少しだけ困ったように笑う。
「驚いたよ。まさか、普通に話してほしいなどと頼まれるとは思っていなかったから。……それに、あの時だけじゃない。あなたには時々、本当に驚かされる」
「あの時だけではない……?」
頬に口づけが降ってきたのは、尋ね返したその直後のことだった。
間近に見上げたダリルの頬は、ほのかに赤く染まっている。
「……ネリネ。あなたから、口づけをくれただろう?」
「あ……」
言われてみればそうだ。
初めての口づけは、ネリネからしたものだった。
そう思った時にはもう、深く、甘く唇を奪われていた。
「んぅ……ふ、ぁっ……!」
息をするのすら忘れて、立て続けに唇を重ね合わせる。口づけの合間に漏れ出た声の甘ったるさに、目眩がするほどだった。
こうなってしまえばもう、紅茶どころの話ではなかった。
ほのかに紅茶の香りのする口づけは、急速に深まりを増していく。
抱き寄せられ、背を撫でられ、そして――
……この先に、進めたら。
口づけだけでは、もう足りない。彼ともっと深くまで求め合えたならどんなに幸せだろうと、よぎってしまった考えに、一気に羞恥が込み上げてくる。
やがて名残惜しく思いながらも唇を離し、乱れていた呼吸が整ってから。
ネリネはここ最近の間、ずっと考え続けてきたことを打ち明けた。
「ダリル。私……お父様に、話そうと思うの。あなたとのこと」
「ネリネ、それは」
「あなたを特別に想っていること。私はこれから先、ずっと……他の誰でもない、あなたと一緒に生きていきたいと思っているから……」
この数か月の間ずっと、ネリネとダリルは表向きは王女と騎士――主従の関係にある者どうしとして振る舞ってきた。
けれど、このままいつまでも、本当の関係を隠したままではいたくないのだ。
(お父様に……みんなに、伝えないと。ダリルは私にとって、大切な人だって)
彼もまた、うなずいて答える。
「俺も、あなたと同じ気持ちだ。許されるのなら、どうかずっと、ネリネ……あなたのそばにいさせてほしい。あなたの……夫として」
「ダリル……」
――夫として。
ダリルがはっきりと告げてくれた言葉の響きに、どうしようもなく胸が温かくなる。全身が打ち震えるほどの喜びが今にも涙に代わって、外へと溢れ出してしまいそうだった。
「私は、いずれこの国の女王になるわ。私の夫になれば、あなたは王配に……今までよりももっとたくさん、国政に関わっていなければならなくなる。忙しく大変な日々が続くこともあるでしょう。……あなたは今まで、たくさんつらいことを我慢してきた。本当はあなたに、もうこれ以上苦労するような目には遭ってほしくないのに」
「あなたに課せられた重責をともに背負えるのなら本望だ。苦労だなどと思うわけがない。あなたの支えになれることが、俺にとっての喜びなのだから」
「…………」
あまりにも嬉しくて、どう答えたらいいのかわからない。
やがて、ネリネはついに目の縁から涙をこぼれさせながら言った。
「ありがとう、ダリル。すごく……すごく嬉しい」
もう、それ以上、言葉は要らなかった。
どちらからともなく身を寄せ合う。
……本当に、幸せすぎるくらいだった。
心から愛する人と、これから先の未来をともに歩いていける。
それがこんなにも幸福なことだったなんて。
ダリルの温かな腕の中、優しい暗闇に包まれながら。
ネリネはそっと、目を閉じた。




