↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/51

第6章:想いを告げる -8


 そしてついに、ネリネはその日を迎えていた。


 一日の執務が終わった後。

 ネリネは緊張に胸を高鳴らせながら扉の前に立っていた。


(いよいよだわ……)


 この扉の先にあるのは、国王アーノルドの執務室だ。

 窓辺に赤や橙の木の葉が舞い、秋も終わりを迎えつつある今日。

 ネリネはついに、父王に報告し、許しを願う日を迎えていたのだった。


(ダリルを心から愛していること……、彼とともに生きていきたいと思っていること)


 父王と会う約束を、もうずっと前から取り付けた。

 父王の前に出たらどう話すか、今日までに何度も頭の中で練習した。


 緊張は大きいが、ネリネは今、思いのほか落ち着いてこの時を迎えることができていた。

 それはきっと、あの舞踏会の夜と同じ――隣にダリルがいてくれているからなのだろう。


「そろそろね。行きましょうか、ダリル」

「はい。……姫様」


 見つめ合い、互いに心の準備が済んだことを確かめる。

 ネリネは前に進み出て、扉を数度叩いてから、言った。


「お父様、ネリネです。今日は大事なお話があって来ました」


 ややあって、お入り、と声がした。

 部屋に入ると、壁の両側を埋め尽くす本にいつも圧倒される。手前には来訪客と話し込むためのソファとテーブル。その奥に執務を行うための机がある。


「来たか、ネリネ。ダリルも」


 アーノルドは執務に一区切りをつけ、ソファで待っていてくれたらしかった。

 そしてアーノルドの隣には――


「ネリネ。久しぶりね。元気にしていたかしら」

「お母様! お帰りになっていたのですね」

「ええ。ちょうどさっき帰ってきたばかりなのよ。外行きの格好のままでごめんなさいね」

「お帰りなさい、お母様」


 ネリネは王妃オリヴィアと抱擁(ほうよう)を交わし、互いに頬に唇を触れる。


 今年は夏から秋にかけて、ラウステラ国の各地でいつもより多くの雨が降った。川が溢れ、家や田畑を流されて苦労している人々も多く、オリヴィアはここしばらくの間、被害の大きかった地方へ慰問(いもん)の旅に出ていたのだった。


 オリヴィアとの挨拶がすむと、アーノルドは空いていたソファを目で示しながら言った。


「さあ、座りなさい。お前達の話を聞こうじゃないか」

「失礼します」


 勧められた位置に座り、居住まいを正す。

 話し始める前に、ネリネはもう一度、心の中で自分に言い聞かせた。


(……大丈夫。ちゃんと、話せる)


 隣に座ったダリルと視線を重ね、うなずき合う。

 それから、アーノルドとオリヴィアにまっすぐに視線を向け、ネリネは口を開いた。

 ――目をそらさないで。前を見て。


「今日は、お父様とお母様に報告をしたくて来ました。――私は、ここにいる騎士のダリルを、愛しています。彼とともに、この先の未来を生きていきたいのです」


 ――言えた、と思った。

 ネリネはきちんと、自分の思いを話すことができたのだ。


 続いて、ダリルが告げる。

 決意に満ちた彼の声が、部屋の中に凜(りん)と響いた。


「俺も、姫様を愛しています。誰よりも、心から。これまでは騎士として、姫様をお守りしてきました。けれどこれからは、姫様の……彼女の隣で。夫として、彼女をお支えしたいのです」


 ダリルの言葉を聞きながら、今までにないくらいに、ネリネは心臓が激しく鼓動を打つのを感じていた。

 二人で、意志を伝えた。

 後はただ、アーノルド達からの答えを待つだけだ――


「まあ……」


 オリヴィアが感嘆の声を上げながら、大きく目を見開いた。

 アーノルドは黙ったまま、じっとネリネとダリルを見つめていた。その表情は穏やかで、驚いたような様子はない。


 やがて。

 そうか、と、噛みしめるように父王は言った。


「そうだったか」

「お父様……?」

「いや、もうずっと前から、いずれこうなるだろうと思っていたんだよ。お前達が互いに向ける眼差しは、誰の目にも、深い想いに溢れているように見えていたからね。私やオリヴィアだけではない、お前達を微笑ましく見守っていた者は多かったよ。あれはまさしく恋人に……愛する者に向ける眼差しだとね」

「み、見守り……? まさか、お二人とも気づいていらっしゃったのですか?」

「おや。誰にも気づかれていないとでも思っていたかね。私はいつお前達から話があるものかと、指折り数えて待っていたのだが。お前もそうだろう、オリヴィア」

「ええ。最近では、あなた達二人が仲よくしているところをこっそり見るのが、ひそかな楽しみだったのよ。ばれていなかったのならよかったわ」


 にこにこと微笑む両親を、ネリネは愕然(がくぜん)として見つめた。

 みるみるうちに頬に熱が集まっていくのが、鏡を見なくてもわかる。

 隣を見遣れば、ダリルも同じようにネリネに視線を向け、狼狽(ろうばい)していた。

 ――もうとっくに、父にも母にもお見通しだったなんて。


(は、恥ずかしい……!)


 しばらくして、アーノルドはダリルに向き直って、言った。


「さて、ダリル。この子の……ネリネの伴侶(はんりょ)になるからには、もうわかっているね。きみは王配として、この子を助けていくことになる。歴史を遡(さかのぼ)って前例がないわけではないが、騎士の身分にある者が王女と結ばれるというのは、なかなかないことだ。その上、かつてのきみのこともある。多くの人がきみを祝福するだろうが、中にはきみを口汚く罵(ののし)る者もいるだろう。それでも、きみはネリネとともに生きていきたいかい? きみを慕ってくれる者ばかりではなく、きみを嫌い、蔑(さげす)む者をも含めて、この国を――この国の皆を、守り導いていくと誓えるかい?」

「誓います」


 迷いなく、ダリルは答えた。


「この身をもって彼女とこの国を守ると誓います。生涯のすべてをかけて」

「……そうか」


 アーノルドがゆっくりと目を閉じる。

 やがて再びダリルに向けられたアーノルドの瞳には、優しい光が宿っていた。


「頼もしいな、きみは。見ていて、なぜだかとても眩しくなってくるほどだ。そうやって、きみは何度も困難を乗り越えてきたのだね」

「陛下……」

「任せたよ、ダリル。私の愛する娘を、どうかよろしく頼む」

「……! はい……!」

「ネリネ。お前は、本当によい青年と出会えたな。お前の幸せを、心から願っているよ」

「……お父様」


 ネリネは呆然と、アーノルドを見つめた。


(お父様は、今、なんて……? 私達は、お父様達に認めてもらえたの……?)


 ゆっくりと、父の言葉が胸に染み渡っていく。

 ああ、と、思わず深いため息がこぼれ落ちた。


 ……どうしたらいいか、わからない。

 こんなに嬉しくて幸せな気持ちを味わったのは、生まれて初めてだったからだ。


「ダリル……!」


 喜びのあまりに、両親に見られているのさえ忘れて抱き合ってしまう。

 抱きしめ合って、口づけまで交わして。

 ようやく、アーノルドとオリヴィアの視線があることを思い出し、顔を真っ赤にして縮こまる。


 それからしばらくの間ずっと、部屋には温かな笑い声が響き続けていた――





 挨拶をすませ、父王の部屋を後にする頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。


 昼間は使用人や、王宮に用があって来た貴族達がひっきりなしに行き交う廊下も、今やしんと静まり返っていて、燭台(しょくだい)の蝋燭(ろうそく)の炎が明々(あかあか)と灯っているだけだ。


 ネリネの前に出て手を差し出しながら、ダリルが言った。


「部屋までお送りします。行きましょう、姫様」

「ええ。ありがとう」


 藍色の空から澄んだ月灯りの注ぐ、美しい夜だった。

 手をつないだまま、しばらくの間言葉もなく、月の光に満ち満ちた廊下を歩いていく。あたりに誰の目もないことがわかると、もはや手を触れ合っただけではいられなくなった。身を寄せ合い、何か抗(あらが)いようもない強い力に急(せ)き立てられてでもいるかのように、足取りは自然と速まっていく。


 そうしてやっとネリネの部屋の扉までたどり着く頃には、もうそれ以上耐え続けることはできなくなっていた。

 もつれ合うようにして扉を押し、二人で部屋の中に入る。

 急いで扉を閉めるのと、深く唇を塞(ふさ)がれるのとは、ほとんど同時のことだった。


「あ……っ、ダリ、ル……、待っ――んぅっ……!」


 夢中になって抱きしめ合い、口づけを重ねる。いつもより息が上がるのが早かったのは、互いに歯止めが利(き)かなくなっているからなのだろうか。


 これまではずっと、他人の目を気にして、ひそかに関係を続けていくほかなかった。

 ……けれど、今夜からは、違う。


 ネリネの腰を抱き寄せたまま、ダリルが頬に触れてくる。そうして顔を傾けられたかと思うと、ネリネの唇の上に深く熱い口づけが落とされた。


 肌が、熱い。

 身体の一番奥深いところに火がつけられたかのように、熱くて熱くて仕方なかった。


「……っ、すまない、ネリネ。だが、もう――」


 膝の下に手を差し入れられ、ふわりと抱き上げられる。

 ……これから何が起こるのかは、わかっていた。

 今まで話に聞いたことしかなかった、口づけの続き。

 まったく未知のことだ。けれど恐ろしさは少しも感じなかった。

 むしろずっと、心から待ち望んでいたことだった。


 銀色に揺らめく天蓋(てんがい)の、透(す)き通ったカーテンの内側。月の光を帯びるベッドの上に、ネリネの身体がそっと横たえられる。

 なめらかなシーツの肌触(はだざわ)りが涼(すず)やかに背を包むのを感じながら、ネリネはゆっくりとベッドに沈んでいった。真っ白なベッドの上に、亜麻色の髪が花咲くように広がっていく。


「ダリル」


 名を呼び、手を伸ばす。

 ネリネの手は長い指先に絡(から)め取られ、もう片方の手がネリネの頬に添えられた。唇に降りてきた口づけは身体の芯が震えるほどの熱を宿し、うっすらと瞼(まぶた)を上げれば、熱情の灯った赤い瞳に呼吸を乱され、胸を灼(や)かれる。


「愛しているわ。あなたのことが、大好き。これからもずっと……」


 ほのかな月灯りが、窓辺を白々(しらじら)と照らしている。

 ひそやかな吐息をこぼし、両手を伸ばして、広く大きな背中を抱きしめて。

 ネリネは深く優しい夜の底に身を委(ゆだ)ねた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。