第6章:想いを告げる -1
プリシラと数年ぶりの仲直りを果たした、その日の夜。
(あら……?)
ベッドの上。
ふいにまぶたにかすかな明かりが触れるのを感じて、ネリネは目を覚ました。
あたりは暗く、深夜であることはすぐに知れた。
一筋だけ白く澄んだ光が差しているのは、窓を覆うカーテンに隙間ができているせいだ。そこから、星か、あるいは月の光が細く長く入ってきている。
(私、いつのまに眠って――)
何気なく起き上がろうとしてまもなく、思い出す。
そっと隣を窺えば、開いた本の上に手を置いて、うつ伏せになって眠っているプリシラの姿があった。どうやらネリネと同じように、本を読みながら眠りに落ちてしまったようだ。
(……ぐっすり眠ってる)
安らかな寝顔が微笑ましくて、見ているだけで心がなごむのを感じる。
下がってしまっていた掛け布を肩のところまで引き上げてやりながら思い返すのは、ネリネの部屋に来た時のプリシラの様子だった。
*
「お姉様。遅くにごめんなさい」
プリシラが両手に何冊かの本を抱えて現れたのは、ネリネがちょうど寝る支度を終えたばかりの頃だった。
プリシラも寝る前だったのか、長い木苺色の髪は下ろして、ネグリジェをまとった姿だった。袖や裾が繊細なレース飾りで縁取られた、プリシラの好みそうな愛らしいネグリジェだ。
「どうしたの? その本、もしかして……」
「前にあたしが倒れた時、お姉様が置いていってくれた本よ。今までずっと返せなかったから。その……ありがとう。どの本も、面白かったわ。何回読み返したかわからないくらい」
どうりで見覚えのある本だと思った。
今まで何年もほとんど言葉を交わさず、仲のよくない姉妹で居続けたのだ。数年越しに仲直りできたとはいえ、プリシラの様子はいつになくぎこちない。
プリシラの手から、本を受け取る。
どの本もよく読み込まれた跡があった。ネリネの好きな物語がプリシラにも気に入ってもらえたのだとわかって、嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「ありがとう、プリシラ。わざわざ返しに来てくれたのね。でも……」
一度受け取った本をプリシラの手に返す。
「これは、もともとあなたにあげるつもりで渡したものだから。大事に持っていてくれて、とても嬉しかったわ」
「あ……。い、いいの?」
「もちろんよ。これはあなたが持っていて」
「ありがとう……」
ネリネが返した本を、プリシラは大事そうに抱え直す。
けれどなかなか、プリシラは帰ろうとしなかった。落ちつかなげに瞳をさまよわせ、何かを言いたげに何度か口を動かしてから、少しだけ上ずった声で言う。
「あ、あのね、お姉様」
「……? ええ」
「その……今日は、ゆっくり休めた? 昨晩は帰ってこられなくて、ずっと外にいなくちゃいけなくて、大変だったでしょ?」
「ええ。でも、ダリルがずっとそばにいてくれたから、大丈夫だったわ。今日は執務も休んだから、すっかり疲れも取れているし」
「それなら、よかったわ。あ……ええと。それから、あとね。お姉様がくれた本は全部面白かったんだけど、その中でも特に、この本がすごく好きなの。今も続きが出てるでしょ? あたし、いつも本が出たその日に買って、読んでて……」
どうにかして話を続けようとしたプリシラの声は、だんだんと勢いが衰え、尻すぼみになっていく。次第に恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、彼女はついに俯いてしまった。
(もしかして……)
思い当たれば、そうとしか考えられなくなった。
ネリネともっと話していたいと。
プリシラはきっと、そう思ってくれているのではないかと――
「私も、プリシラと同じよ。いつもその本の続きが出る日が楽しみで、待ちきれないくらいなの。よかったら、寝る前にあなたと感想を語り合いたいわ」
その途端、プリシラはぱっと顔を上げる。その瞳は、純粋な幼子のようにきらきらと輝いていた。
けれどすぐに、瞳を翳らせて言う。
「でも、昨日あんなことがあったばかりでしょ。お姉様はもっと休んでいないと……」
「私のことなら心配しないで。今日一日ずっと休んでいたから、むしろまだ眠れないくらい。だから、あなたさえよければ……話し相手になってくれる?」
「…………! ええ!」
プリシラを自室に招き入れたのは、もう何年ぶりになるだろう。
長椅子に並んで座って、時間が過ぎるのも忘れて話をした。本の感想から、言葉を交わしていなかった長い間にお互いに起こったことまで、話はなかなか尽きそうにもなかった。
長い間座っているのもだんだん疲れてきたものの、まだ話し足りなくて。
それで、ベッドの上に寝転がって、窓の外に広がる夜空を眺めながら、会話を続けるようになって。
次第に話題は、ネリネにとって思わぬ方向へ転がっていった。




