↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/51

第5章:飢え渇いた王女の追想 -10


 倒れた夜から幾(いく)週間が経って、プリシラの体調は見違えるようによくなった。


 以前のように毎日の食事をおいしいと感じられるようになったし、前触れもなく突然涙が出てくることもなくなった。


「プリシラ王女! 久しぶりですわね。もう体調はよろしいんですの?」

「ええ、もう平気よ。心配してくれてありがとう」

「本当よ。みんな、早くプリシラ王女がよくならないかしらって、心配でたまらなかったんですのよ。また貴女とお話ししたいって」


 プリシラを慕(した)う令嬢達と、ささやかなパーティを開くことはあった。


 けれど倒れる直前のように、次から次へと宝飾品を買いあさったり、駆り立てられるようにパーティに出ることはもうない。

 部屋で休んでいればみんなから見放されてしまうと、パーティに出ていない間は不安に襲われて仕方ないほどだったのに、最近の変化には自分でも驚くほどだった。


 気づけば季節は巡(めぐ)っていて、日差しは柔らかく、庭木には赤や橙が目立つ頃になっていた――


(あれは……)


 王宮の回廊を歩いていたある時、前から歩いてきた人物の姿に、プリシラは一瞬目を瞠(みは)った。


 向こうもプリシラに気がついたらしい。

 書庫からの帰りだったようで、両手で分厚い資料を何冊も重ね持ったその人物――ネリネが、プリシラの姿を認めて肩をこわばらせたのが遠目にもわかる。

 それは誰がどう見ても、明らかにプリシラを恐れる仕草だった。


 ずきりと胸が痛んだ。

 傷つく資格など、プリシラにはないにもかかわらず。


 目に見えて歩みを遅くするネリネの方へ、プリシラが足を止めることはない。

 ついに、ネリネとすれ違うところまで、足を進めた。


「…………」


 ネリネはなかなか何も言わなかった。

 ただ、怯(おび)えながらも、もの言いたげにプリシラに視線を向けてくる。

 そのうちに、プリシラはネリネの横をあっという間に通り過ぎてしまって。


「……プリシラ」


 やっと名を呼ばれた。

 背後から聞こえてくる小さな声に、息をこらして耳を澄ます。


 プリシラが療養を終えてから、ネリネと顔を合わせるのは今が初めてだった。

 案の定(じょう)、ネリネはプリシラを気遣うように問いかけてくる。


「具合は……もういいの?」

「……ええ。お姉様は、相変わらずね。あたしが前みたいに遊び歩けなくなったから、本当はいい気味だって思ってるんでしょ?」


 その途端、ネリネがびくりと震え、言葉を詰まらせたのが気配でわかる。


(ごめんなさい、お姉様)


 今すぐに、これまでのことも引っくるめて謝ることができたなら、どんなによかったことだろう。謝って、許しを願って、仲のよかった頃のように過ごすことができたのなら、どんなにか……


 けれど、謝るわけにはいかないのだ。

 謝ればネリネはきっと、プリシラのことなど簡単に許してしまうのだから。


(でも、あたしは……許されてはいけないもの)


 本当は、以前のように話したい。

 他愛のないことで笑い合って、また一緒に、好きな物語を読みふけりたい。

 けれどそんな望みは、プリシラには許されない。


(お姉様に、あたしを許させてはいけない。お姉様は、これからも……あたしのことを、嫌っていなきゃいけないの)


 だから。

 冷ややかな眼差しをして、刺々(とげとげ)しい言葉でもって、ネリネの存在を拒絶する。


 一度もネリネの方を振り返らないままに、プリシラはその場から去ろうとして。


「……よかった」


 かすかに聞こえたその声に、抉(えぐ)られたように胸が痛くなった。


「もう、無理しないでね。……元気になってくれて、よかった」

「…………」


 痛くて、苦しくてたまらない。

 ネリネの眼差しから逃れるように、どうしようもない胸の痛みを振り切るように、プリシラは足早にその場を去ることしかできなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。