第5章:飢え渇いた王女の追想 -10
倒れた夜から幾週間が経って、プリシラの体調は見違えるようによくなった。
以前のように毎日の食事をおいしいと感じられるようになったし、前触れもなく突然涙が出てくることもなくなった。
「プリシラ王女! 久しぶりですわね。もう体調はよろしいんですの?」
「ええ、もう平気よ。心配してくれてありがとう」
「本当よ。みんな、早くプリシラ王女がよくならないかしらって、心配でたまらなかったんですのよ。また貴女とお話ししたいって」
プリシラを慕う令嬢達と、ささやかなパーティを開くことはあった。
けれど倒れる直前のように、次から次へと宝飾品を買いあさったり、駆り立てられるようにパーティに出ることはもうない。
部屋で休んでいればみんなから見放されてしまうと、パーティに出ていない間は不安に襲われて仕方ないほどだったのに、最近の変化には自分でも驚くほどだった。
気づけば季節は巡っていて、日差しは柔らかく、庭木には赤や橙が目立つ頃になっていた――
(あれは……)
王宮の回廊を歩いていたある時、前から歩いてきた人物の姿に、プリシラは一瞬目を瞠った。
向こうもプリシラに気がついたらしい。
書庫からの帰りだったようで、両手で分厚い資料を何冊も重ね持ったその人物――ネリネが、プリシラの姿を認めて肩をこわばらせたのが遠目にもわかる。
それは誰がどう見ても、明らかにプリシラを恐れる仕草だった。
ずきりと胸が痛んだ。
傷つく資格など、プリシラにはないにもかかわらず。
目に見えて歩みを遅くするネリネの方へ、プリシラが足を止めることはない。
ついに、ネリネとすれ違うところまで、足を進めた。
「…………」
ネリネはなかなか何も言わなかった。
ただ、怯えながらも、もの言いたげにプリシラに視線を向けてくる。
そのうちに、プリシラはネリネの横をあっという間に通り過ぎてしまって。
「……プリシラ」
やっと名を呼ばれた。
背後から聞こえてくる小さな声に、息をこらして耳を澄ます。
プリシラが療養を終えてから、ネリネと顔を合わせるのは今が初めてだった。
案の定、ネリネはプリシラを気遣うように問いかけてくる。
「具合は……もういいの?」
「……ええ。お姉様は、相変わらずね。あたしが前みたいに遊び歩けなくなったから、本当はいい気味だって思ってるんでしょ?」
その途端、ネリネがびくりと震え、言葉を詰まらせたのが気配でわかる。
(ごめんなさい、お姉様)
今すぐに、これまでのことも引っくるめて謝ることができたなら、どんなによかったことだろう。謝って、許しを願って、仲のよかった頃のように過ごすことができたのなら、どんなにか……
けれど、謝るわけにはいかないのだ。
謝ればネリネはきっと、プリシラのことなど簡単に許してしまうのだから。
(でも、あたしは……許されてはいけないもの)
本当は、以前のように話したい。
他愛のないことで笑い合って、また一緒に、好きな物語を読みふけりたい。
けれどそんな望みは、プリシラには許されない。
(お姉様に、あたしを許させてはいけない。お姉様は、これからも……あたしのことを、嫌っていなきゃいけないの)
だから。
冷ややかな眼差しをして、刺々しい言葉でもって、ネリネの存在を拒絶する。
一度もネリネの方を振り返らないままに、プリシラはその場から去ろうとして。
「……よかった」
かすかに聞こえたその声に、抉られたように胸が痛くなった。
「もう、無理しないでね。……元気になってくれて、よかった」
「…………」
痛くて、苦しくてたまらない。
ネリネの眼差しから逃れるように、どうしようもない胸の痛みを振り切るように、プリシラは足早にその場を去ることしかできなかった。




