↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/51

第5章:飢え渇いた王女の追想 -5


「失礼いたします、プリシラ姫様。お客様方がお見えになりましたよ。すぐに紅茶とお菓子もご用意いたしますからね」

「ほんと? ありがとう、すぐ行くわ!」


 知らせを受け、自室で今か今かと時を待っていたプリシラが真っ先に向かったのは、鏡の前だった。


 頭の頂点から爪先(つまさき)まで、全身を映すことのできる大鏡。

 その鏡面が映し出すのは、華やかに着飾ったプリシラの姿だ。


 今日のために選んだのは、透き通るような淡い色合いの薄布を幾重(いくえ)にも重ねた意匠(いしょう)の、青を基調としたドレスだった。

 光の当たる角度によって、布のひだは揺らめく湖面のようにその色彩を変化させる。ドレス全体にはあざやかな花の刺繍(ししゅう)が散りばめられ、さながら美しい花畑がドレスの上に広がったかのようだった。


 心を砕いたのはドレスばかりではない。腕のいい侍女が髪をまとめ、ドレスに合う髪飾りを選んでくれた。耳飾りや靴も、この部屋に何人もの職人や商人を呼び集め、彼らに自慢の品を見せてもらって、その中から選び抜いた至高の品だ。


 もちろん、装いが最上級ならそれでいいというわけにはいかない。

 どんなに見事な装飾品も、身にまとう張本人がそれらの品にふさわしくなければ、すべて台無しになってしまうものだ。

 プリシラは自分自身の美しさの追求にも余念がなかった。さまざまな美容法を聞きつけては、次から次へとそれを試した。そのおかげで、肌は淡雪のようにしっとりとなめらかになり、髪はより艶(つや)を増して、あざやかな色味を帯びるようになった。


 王女になって、わずか三年。

 ――ラウステラ国の妖精姫。

 死に物狂いで王女としての教養を身につけ、容貌(ようぼう)を磨き続けたプリシラは、気づかぬうちにそう呼ばれて愛されるようになっていた。王女になったばかりの頃、悪女の娘と嘲笑(ちょうしょう)を受けていたのが、まるで嘘だったかのように……


 鏡が映し出しているのは、絶世の美貌を湛(たた)えた王女の姿だ。

 プリシラは鏡に映った自分を飽くこともなくうっとりと見つめ、満足げにうなずく。


(いいわ。今日も、完璧)


 回廊ですれ違う誰もが、はっとしてプリシラを振り返るだろう。

 誰もがこの姿に見とれ、褒め称(たた)えてやまないだろう。多くの令嬢達がプリシラに憧れ、あるいは醜(みにく)い嫉妬心を自覚するだろう。誰よりも美しいプリシラに影響されて、こぞって装いを真似るようになるだろう……


 ……そうして、いつしか。

 プリシラは、まるで自分こそが世界の中心にいるかのような、そんな愚かな錯覚を抱くようになっていた――


「ああ、いらっしゃったわ。プリシラ王女、お待ちしていましたのよ!」

「今日もなんてお美しい……。わたくし、これでも精一杯おめかしして参りましたのに……あなたの前に立ったら、なんだか恥ずかしくなってしまいましたわ」


 プリシラが向かったのは、王宮の広大な庭の一角にある薔薇園だ。


 今日は、プリシラが主催するティーパーティの日だった。

 参加できるのは、プリシラに選ばれた、特に容貌の美しい数人の令嬢達だけだ。プリシラの開くパーティに参加を認められることは、今や令嬢達にとって、何物にも勝る名誉とされていた。


 今日のために、薔薇園には精緻(せいち)な彫刻の施された白いテーブルと椅子が準備されている。テーブルには花の刺繍で縁(ふち)取られたクロスがかけられ、その上には色とりどりのタルトが並んだ、三段重ねの台が置いてある。タルトと紅茶を楽しみながら、最新流行のドレスや装飾品に関する雑談を思い思いに楽しむ……それが、プリシラのパーティの趣向だった。


 プリシラを前に自らを恥じる令嬢に、プリシラは首を横に振って、親切に助言をする。


「そんなことないわ。あなただってすごく綺麗。でも……そうね。ほら、最近、王宮前の大通りに新しいお店ができたでしょう? あのお店で売っている髪飾りを使ったら、きっともっと綺麗になれるわ」

「まあ、本当に……? でも、あのお店の品はとてもよいのだけれど、わたくしの家ではとても手が出せない値で……」

「それなら、あなたにも買えるように、あたしが紹介状を書いてあげる。あのお店でもうたくさん買っているから、あたしの頼みならきっと価格を下げてくれるはずだもの」

「そんな……ああ、プリシラ王女。あなたはなんてお優しいの……!」


 プリシラの発言に、令嬢達からため息にも似た歓声が上がる。


 ……もう、誰も、プリシラをないがしろにしない。あざ笑う者など、いない。

 全身を泥と汗で汚し、流行遅れのぼろぼろのドレスを着ていた頃のプリシラを覚えている者など、誰一人として、いない。

 皆の憧れの的になり、誰よりも一番に愛され、褒められ、注目されて。


 ……夢のような日々。

 夢にまで見た、それは、かつてみじめな境遇に打ちのめされていたプリシラが、何よりも渇望していた日々だった。


 だからプリシラはもう、この日々を手放すわけにはいかなったのだ。


 そう、たとえ、何があっても。

 大切な、何を引き換えにしてでも――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。