第5章:飢え渇いた王女の追想 -3
……ネリネはそれから、プリシラを立たせ、手を引き、皆の輪の中から助け出してくれた。
ネリネがプリシラを導いた先にあったのは、清らかな花の香に包まれた、空中庭園。
銀色に瞬く星々が、今にも地上に降ってきそうな夜だった。
花はとうに眠り、姉妹のほかには誰もいない、静かな庭で。
「…………」
ネリネはなかなか何も言わなかった。
でも、彼女がプリシラをここに連れてきてくれた理由は、わかる。
塔の屋上階に造られたこの庭は、王宮の奥にある長い階段を上らなければたどり着けない場所だ。
舞踏会が催されている今、誰かがここを訪れることは考えられなかった。
(あたしが……静かなところで、人目を気にしないで落ち着けるように)
どれほど言葉で語り尽くされるよりも、雄弁に。
ネリネは最後までプリシラをいたわり、慰めてくれていた。
……やがて。
プリシラに背を向け、庭園の出口の方へ踵を返しながら、ようやくネリネが口を開いた。
「……ここなら……、誰も、来ないわ。私……プリシラの邪魔になったら、いけないから……」
「待って、お姉様」
ネリネが去ろうとするのを見て、とっさに腕を掴んで引き止める。
息を呑む音が、はっきりと聞こえる。
やっぱりだ、とプリシラは思った。
(どうして……?)
胸が詰まる。
ネリネの腕は、今もそれとはっきりわかるほどに震えていた。
ここにいるのは、やっぱりネリネだ。
年下のプリシラ相手にも哀れなくらいに緊張して、名乗るのすらやっとだったほどの、あの気弱で繊細な少女に間違いないのだ。
ならばいったい、ネリネはどれほどの勇気を振りしぼったのだろう。
プリシラのために、どれほどの恐怖に苛まれながら、大勢の前で声を張り上げてくれたのだろう――
「こっち、向いて」
「…………」
「行かないで。……お願いだから、あたしを見て」
ネリネが顔を背けたがるのを、プリシラは許さなかった。
ネリネの腕を掴む手はそのままに、もう片方の手で彼女の頬に触れ、無理やりにプリシラの方を向かせる。
その時にはもう、ネリネの頬に触れた手の指先に、涙が触れるのを感じていた。
「……泣いてるじゃない」
「ご、めんなさ……」
「だからなんで謝るのよ。謝る必要、どこにあるのよ。お姉様の馬鹿、ほんと、意味わかんないんだから……! なんで……なんでこんな、泣くほど恐い思いしてまで、あたしのことなんか庇ったりしたのよ!」
声は途中から、叫びに変わっていた。
考えるよりもずっと先に、身体は突き動かされていて。
気づけばプリシラは、泣きじゃくるネリネを力いっぱい抱きしめてしまっていた。
「あたしね、お姉様のこと、最初に会った日から嫌いだったわ。ありえないくらいおどおどしてるし、話も普通にできないし、なんか、見てるだけでいらいらするし……正直言って、姉どころか友達にもしたくないくらいだった……! でも……だけど、あんなことされたら……あんなふうに守られちゃったら、もうお姉様のこと、嫌いでなんていられなくなるじゃない!」
もう、限界だった。
泣きたくなんかなかったのに、勝手に鼻の奥がつんと痛み、熱を持つ。
どんなにつらかったとしても、人前で泣いたことなど、これまでほとんどなかったのだ。
だから今、プリシラがみっともなく泣いてしまったのは、ネリネから涙をうつされたせいだ。
あたしは悪くない。全部、全部、お姉様が悪い。
弱虫を伝染させてくるなんて、やっぱりお姉様は最低だ。
……それなのに、いつのまにか。
できそこないのこの姉を、プリシラはいったい、どうやって軽蔑していたのか――それが、まるでわからなくなってしまっていた。
「お姉様の馬鹿、弱虫、意気地なし」
立て続けに、罵倒する。
胸の底に吹きだまっていた刺々しい言葉を、すべて外へと捨て去るように。
それから、最後に、口にする。
「違うわ。今のは、本気にしないで。全部……全部、嘘なんだから。……ごめんなさい、お姉様。あたしのこと、助けてくれて……ありがとう……!」
*
「……あの舞踏会でのことがあってから、あたし達、たくさん話をするようになったでしょう? あたしとお姉様はもうずっと小さい頃から一緒に育った姉妹みたいだって、どこへ行っても言われたりして」
「ええ……そうだったわね」
プリシラに言われて、ネリネもようやく思い出す。
あの頃を思い出せば、自然と温かな気持ちにならずにはいられない。
舞踏会の夜にわかり合えてから、プリシラのネリネに対する接し方は、明らかに変わった。
話し下手でろくに受け答えもできないでいたネリネのもとに、プリシラは何度も遊びに来てくれた。それでネリネも次第に打ち解け、プリシラとはいろいろなことを気兼ねなく話すことができるようになっていったのだ。
(そう……私達は、血がつながっていなくても、正反対の性格をしていても、とても仲のいい姉妹だった)
なのに、なぜ。
いつからネリネは、出会ったばかりの頃のように、プリシラを遠ざけるようになっていたのか――




