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第3章:記憶の欠片、忠誠の理由 -5


 広大な王宮の敷地の西側に、騎士寮と訓練場はあった。

 王城の西に広がる庭園を抜ければ、その先にいる人々はほとんどが騎士か、その関係者達だ。


 ネリネがこのあたりを歩いたことは、ほとんどない。

 無論、すれ違う人々は見慣れないネリネの姿に驚いた顔を向けてきた。


「ネリネ王女ではありませんか。どうしたのです? わざわざこんなところまでいらっしゃるなんて」

「何かお困りなことがあったので? 自分でよければ、お手伝いしましょうか?」

「ああ、先日、王女殿下の騎士になったダリルですか。彼だったら向こうで見かけましたよ。案内しましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ。あの……気にかけてくださって、ありがとう」


 親切にダリルの居場所を教えてくれた人々に感謝して、ネリネは先を進んでいく。


 騎士寮が立ち並ぶ区域を抜けると、やがて木立の向こうから聞こえてきたのは、立て続けに剣を打ち鳴らす音。それから馬のいななきだ。


 木立を通り過ぎると、視界が開ける。

 まぶしい日の光とともに視界に飛び込んできたのは、


「あれは……」


 思わず息を呑み、立ち尽くす。

 栗毛の馬を自在に乗りこなし、剣を振るうその姿に、呼吸も忘れて見入ってしまう。


 どこまでも澄んだ晴れ空の下。

 青々とした芝生の上で、ネリネが捜し求めていた人物は脇目もふらずに訓練試合に打ち込んでいた。


「せいっ! せやっ!」

「はぁっ!」


 ダリルの手合わせ相手は、ベージュの髪が印象的な青年だ。彼もダリルと同じように馬に乗り、長剣を握っている。


 騎乗においての戦闘訓練。

 ここにいる騎士達にとっては、日常的な訓練風景なのだろう。


 けれど、騎士が戦う姿はおろか、訓練しているところさえほとんど見たことがなかったネリネは、ここに来た目的すら頭から吹き飛んで、目を奪われてしまう。訓練をしているのがダリルであれば、なおのこと……


(あんなふうに、ダリルは戦うのね)


 初めて、彼が戦うところを見た。

 剣で戦う者としての、騎士としての、彼を見た。


 恐れることなく相手を見据(みす)える、揺るぎない真紅の眼差し。

 訓練というより、まるで剣舞でも見ているのではないかと錯覚するほどに、無駄一つなく力強い剣筋――


(すごい……)


 純粋に、そんな感想が心に浮かぶ。


 感嘆の息がこぼれて。

 それから、次第にとくん、とくんと鼓動を早める心臓に、思考をかき乱される。冷静になろうとしてもできなくて、ひどく戸惑ってしまう。


(また、だわ。どうして、こんな気持ち……)


 さらさらと爽やかな風が吹いて、ほのかに熱を帯びる頬を掠(かす)めていく。


 ……ダリルの姿を見た時や、彼と言葉を交わした時。

 そんな時、必ずといっていいほど、ネリネの胸に溢(あふ)れるこの気持ちの名前は――


「うわー、やっぱりやられたー!」


 ネリネを正気づかせたのは、ほとんど悲鳴に近い叫び声だった。

 はっと気づくと、たった今、勝敗がついたようだった。


 ベージュの髪の青年は剣を取り落とし、馬と一緒になって項垂(うなだ)れていた。対するダリルはというと、剣を収め、馬を褒めるように首の付け根を撫でてやっている。


 試合を終えた二人に対して、やいのやいのと囃(はや)し立てるのは試合を見物していた騎士達だ。


「おいおいアドニス、神話の騎士の末裔(まつえい)が、そんなにあっさり負けていいのかよー!?」

「気合いが足りねえぞ! ダリルが相手でも、もうちょっとくらい粘(ねば)れって」

「うるさいなー。オレ、これでも本気出してたよ。あー、悔(くや)しいな、もうちょっとで勝てそうなところまではいけたのに」

「ダリル、お前そろそろいい加減にしておけって。このところ魔物もめったに出てこなくなったし、戦らしい戦が起きたのは十一年前が最後だぞ? 今じゃこの国はすっかり平和だってのに、なんでそこまで鍛錬(たんれん)に精を出せるんだよ」

「……俺には姫様をお守りする務めがある。それだけだ」

「出たよ。また〈姫様〉だ。ほんと、ダリルは昔からずーっとネリネ王女のことが大好きだもんな」


 まさかネリネ本人に会話を聞かれているとは思ってもみないのだろう。騎士達はにやにやと笑いながら、迷惑そうな表情を浮かべるダリルに絡(から)んでいく。


 ネリネはというと、騎士の一人が口にした言葉が頭をぐるぐる回って止まらない。


(ダリルが……昔から、私を……)


 その先は頭の中ですら続けることはできなかった。

 瞬く間にかあっと頬が熱くなって、胸の中がふわふわした気持ちで溢れかえりそうになってしまう。


 ぶんぶんと首を横に振って、ネリネは必死に自分に言い聞かせた。


(……ち、違うわ。思い上がってはだめ。騎士の方が言っていた、す……好きというのは、そういう意味じゃない。ダリルはただ、主(あるじ)としての私を慕(した)ってくれているだけで……)


 その瞬間、ふいに頭をもたげたのは、一つの大きな疑問だった。


 ネリネの騎士になってくれたダリル。

 初めて顔を合わせたあの儀式の日から今日まで、彼はいつもネリネのためによく働いてくれていた。今日だって休んでほしいと伝えていたのに、ネリネを守るためだからと、彼は訓練に出ていたのだ。


『お仕えします、姫様。たとえ何があろうとも、俺の剣も、この命も、すべてはあなたのために。俺の主は未来永劫、この世界でただ一人きり――あなただけだ。ネリネ姫様、今日この日から、俺はあなたに、絶対の忠誠を誓います』


 あの舞踏会の夜、ダリルがネリネにそう告げた時の記憶が、鮮烈によみがえってくる。


 彼の言葉から、その声から伝わってきたのは、並々ならぬ意志と決意だ。

 それほどまでに、彼はネリネを大切にしてくれている。


 ――一度心に浮かんでしまえば、その疑問はますます膨れ上がっていくばかりだ。


(ダリルは、どうして……)


 どうしてそんなに強く、ネリネを慕ってくれるのだろう。

 どうして、ネリネの騎士になってくれたのだろう……



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