第3章:記憶の欠片、忠誠の理由 -4
やがて、ふふっと笑みをこぼしたのはマリーナだ。
「プリシラ姫様には困ったものですわね。本当に相変わらずなんですから。早く素直になってしまえばよろしいのに」
「素直……?」
首を傾げると、マリーナは肩をすくめて答えた。
少しだけ、呆れの混じった口調だった。
「そうですわよね。あんなきつい言い方では、姫様にうまく伝わらないのも無理からぬことですわ」
「マリーナ。あの……、どういうことなの?」
「姫様にとってはとても信じられないことだとは思いますけれど、まず間違いないことですから、はっきり伝えておきますわね。プリシラ姫様は、あなたのことを心配してらしたんですよ」
「…………!?」
マリーナが前置きした通り、彼女が告げた事実は、にわかには信じられなかった。
プリシラが、私のことを心配していた……?
……いいえ、そんなはずがない。
ネリネは力なく首を横に振った。
「そんなこと、ないわ。だって、プリシラは私のことがずっと嫌いで……」
「いいえ、姫様。人の言葉や態度というものは、その人の本心といつも同じだとは限らないものなのですよ。本当は謝りたいと思っているけれど、今さらどうしようもなくて謝ることができずにいるというのは、ありふれたことだと思いますでしょう?」
まあ、それはともかく、とマリーナはそこで話を終わらせた。
「ダリル様に同行をお願いしなければなりませんわね。プリシラ姫様の言葉が正しければ、訓練場にいらっしゃるのだったかしら? 誰か、ダリル様を呼んできてくれるかしら?」
「いいえ、マリーナ。私がお願いしに行くから、大丈夫よ。確か、厩舎も訓練場の近くにあったはずだから……」
ネリネが訓練場まで出向いていった方が話は早いし、ダリルに無駄な移動をしてもらわなくてすむ。訓練場からまっすぐに厩舎へ行って馬を借りれば、すみやかに出立することができるだろう。
こうして、ネリネはダリルのいる訓練場まで出かけることになったのだった。
……けれど、歩き始めてしばらく経っても、マリーナの言葉が頭から離れていかない。
『プリシラ姫様は、あなたのことを心配してらしたんですよ』
ネリネにいつも怒った顔を向け、冷たい言葉を浴びせかけてきたプリシラ。
ついさっきプリシラが言っていたことを、よくよく思い返してみる。
『途中に険しい道だってあるのに、お姉様一人でフィリスの丘まで出かけるなんて、どう考えたって危ないに決まってるでしょ? いいから、さっさとダリルを呼び戻しなさいよ!』
『絶対ダリルを連れて行かなきゃだめなんだからね。一人でも大丈夫だなんて馬鹿な考えするんだったら、あたし、お姉様のこと心の底から軽蔑するから!』
その言葉も、声の調子も、思わずたじろぎそうになるくらいに刺々しい。
……でも。
(私一人じゃ、険しい道を進むのは危ないから……。だから必ずダリルを連れていけって。マリーナの言う通り……なのかしら。プリシラは、私のことを気にかけてくれていたの? あの子が私を嫌っているというのは……私の、勘違いだったの?)
思えばあの舞踏会の夜だって、そうだった。
不機嫌そうな顔はしていたけれど。口調は冷たかったけれど。
プリシラは、ネリネの踊りを褒めてくれた。明るい表情をしていてよかったと言ってくれた。
「プリシラ……」
その場に立ち止まって、名を呼ばずにはいられなかった。
胸に手を当て、目を閉じる。
正直、プリシラと顔を合わせるのも、自分から話しかけるのも、恐くてたまらない。
またひどい言葉で罵られたら、冷ややかな眼差しを向けられたらと思うと、不安と恐怖で胸が苦しくなってくる。
それでも。
(フィリスの丘から、帰ったら。あの子と……プリシラと、話をしましょう。これ以上、勘違いしたままでいるのは嫌だから……)
そう。このままでいるわけにはいかないのだ。
もしプリシラが、本当はネリネのことを慕ってくれていたのだとしたら。
そうだとするなら、今、きちんと話をしておかなければ。勇気を出して行動しなければ。
そうしなければ、ネリネはこれからもずっと、彼女の本当の思いを勘違いしたままになってしまうのだから――
心を決め、ネリネは静かにうなずいた。
そうして、ダリルのいる訓練場へ、先を急いだのだった。




