ちょっとまってそれは…
「かっ……かわいいっ……!」
「ぴい」
「んー? なあに? なんて言ってるの? ん~~お目め、まん丸かわいい、毛がツンツン、ふさふさになるまでどれくらいかかるんだろう」
私は子白狼を撫でて悶えた。
最初に手術した子白狼の子の皮膚から滲出液が落ち着き、かさぶたになってきた。
膨らんでしまった湿疹から魔粒を摘出し、軟膏を塗ったので自壊せず、肌が落ち着いてきた。
そして昨日から「ぴい、ぴい」と鳴いているのだ。
もうその姿がかわいくて夢中だ。
「毛が滲出液で絡まっちゃってるから洗いたいねえ。明日にはこっちの湿疹も乾くから入れるかな。薬草取ってこようねえ」
「ぴい」
「かわいい~~!」
もう三時間くらいこれをしている。
子白狼は王都で見たことなかった。
ふさふさな白い毛、そしてエメラルドグリーンの瞳、まだ子どもなのでポテリとした身体。
それに白狼のように巨大感もなく、とにかく愛くるしい。
子白狼は横のベッドにいる子白狼②を見て「ぴい」と鳴いている。
触れたいのだろう。
でもまだ②ちゃんは声も出せず、湿疹に耐えている状態だ。
大きな湿疹がひとつあり、そこからの滲出液が止まらない。
これ以上止まらないと湿疹周囲を切開し、傷んだ組織を除去したほうがいいかもしれない。
私は子白狼①ちゃんの頭を撫でて、
「応援してあげようね」
「ぴい」
「ん~~~かわいい、たまんない! ……と、お仲間さまのチェックですね、どうぞ」
私が子白狼①ちゃんと戯れていたら、馬小屋の入り口に白狼が立っていた。
白狼たちがここに来た夜から、実はかなりの頻度で誰かが見に来る。
最初は家のすぐそばまで来て、私を監視するように見張っていた。でも最近は殺意を感じない。
むしろ「よし、お前仕事してんな」みたいな顔して去って行く。
子白狼①ちゃんが、白狼を見て「ぴい!」と元気に鳴いて立ち上がった。
「立った~~~! あらもう立てるの。じゃあ固形物始められるね」
さっきまで寝た状態で鳴いていたのに、白狼を見て立った。
あまりに可愛くて健気で興奮してしまった。
騒ぐ私を見て白狼が一瞬「?!」と警戒するが、やはり殺意は感じない。
言葉にするなら「なんだてめぇ」という目つきだ。だって可愛くない?
この子は生後一ヶ月程度だと思う。まだ離乳期で母乳を飲む時期だけど、警戒心が強い白狼が、人間がいる区域で授乳すると思えない。
羊のミルクをさじで与えていたけど、固形物……柔らかいパンをミルクに浸して食べさせるか。
こうなると前の世界で言う所の携帯電話がないことを面倒に思う。
もう少ししたらユリウス様がここにくるので、柔らかいパンを買ってきてくれたらよいのに……と思っていたら、目の前の白狼が口からゲボリと何かを吐いた。
「?! 大丈夫?!」
驚いたが、それを見て子白狼がさらに「ぴい」と鳴く。
これはひょっとして……と子白狼をベッドから下ろして、白狼が吐き出した物の前に置いた。
すると子白狼はそれをペロペロと舐め始めた。
これが噂の本でしか読んだことない親が吐き出した半消化の肉を子に食べさせるってやつだ!
最も消化に良くて回復にも良いだろう。
お食事するなら私は離れたほうが良さそうだ。
そうだ、今のうちに羊のミルクを町に買いに行こう。
そう思って相棒の魔法馬、トールの所に向かった。
「ブルルッ……」
「えっ、そんな。そんなに怒らないで。そっか、私ひょっとしてすごい白狼の匂いする? するかーー」
この家には馬小屋が三つあり、私が手術室にしている馬小屋から一番遠い馬小屋にトールを繋いでいた。
最近忙しくてトールと出かけて無くて、トールはユリウス様が食事や面倒を見てくれていた。
久しぶりに来たら、耳を後ろに伏せて鼻を鳴らして怒っている。
トールは10年以上戦場から一緒の私の相棒馬だ。
魔法馬と言っても話せるわけではなく、魔法核をしっかり育てた結果、気配を消したり、炎などから身を守る身体保護魔法を使える馬で、戦場で最も重宝されている。
退団の際、長年の功績の代わりにと譲り受けて連れてきた。
艶のある毛並みと、よく手入れされた鬣……どうやらユリウス様が毎日ブラッシングしてくれてるみたい……ありがたい……。
でも、
「ブツッ!」
「あーーーん。そうだよね。すぐ近くに白狼がいるんだもんね、天敵だよね」
白狼は馬の天敵のひとつだ。
私はここ一週間子白狼の子どもの面倒を見ていて、なんならメロメロ。
そしてビビ曰く「家の周りに常に白狼がいる」状態、今は隣の隣に白狼(母)が来ている。
これで警戒するなというのが無理な状態だ。
子白狼が家から出て行かない限り、ひょっとしてトールに乗れない……?
ここは山の中腹で、ミーアの町まで馬で2時間、徒歩では半日以上かかる。
翼馬なら30分かからないが、白狼がいるので周りにいる翼馬はいない。
完全に詰んだ。
「……ひょっとして……」
もうこの時間はユリウス様が来て朝食を運んでくれる時間なのに、来ていない。
ユリウス様の馬も、私の家周辺にいる白狼に怯えて、動いてくれないのかも。
「……お腹すいた……」
私はガクリと椅子に座った。
完全に朝ご飯はユリウス様が持ってくると餌付けをされてしまった。
最近は好きに仕事して、気がついたら置いてあるユリウス様製のご飯を食べて、ユリウス様が準備したフカフカ布団でスヤスヤ眠るという生活になれてしまっていた。
「クッキーを食べて飢えをしのごう。あーーーー?! ビビぃぃぃ」
クッキーが置いてあった所にきたら、それをビビがバリバリと食べていた。
ビビはクッキーを食べながら、
「ユリウスの馬が山の麓で動かない。今日は来れない可能性が高い。これは俺のものだ!」
「ビビは山行って適当に何か取ってきなさいよ」
「やなこった! 馬小屋で白狼が待ってたぞ」
「えーーん、ご飯ない!」
「ちょっといった所にリンゴなってたぜ。あれ食えよ」
「うう……」
私はションボリしながら子白狼がいる所に戻った。
トールに拒絶されて、ユリウス様の馬も白狼を警戒して来られないとなると、自給自足しかない。
山に入ればウサギがいるから捕まえて丸焼きにすれば良いし、川があるから魚を釣ればいいが、生活魔法は何かを捕まえるほど万能に使えない。
まさか白狼に家を囲まれてトールに嫌われるとは。
子白狼がいる馬小屋に戻ると、なんともう一匹白狼がいた。
そして口にもう一匹子白狼……皮膚炎になっている子を咥えている。
これはひたすらここに運ばれるやつ?
もう元を絶たないと……と思ったら、その子白狼を咥えていた白狼の口元にも湿疹があった。
ビビが近くで、
「……コイツは魔法核がかなり磨かれてる。お前、俺の言葉理解できるか。コイツどこから連れてきた、教えろ」
子どもを咥えてきた魔法白狼はビビを見て、私に背中を見せて座った。
ビビはそれを見て、
「乗れって言ってるぞ」
「イヤイヤイヤイヤ、絶対無理でしょう。白狼なんて翼馬の10倍速いし、振り落とされて即死だって!!」
「いや、この白狼。魔法白狼として覚醒を始めてるヤツだろう。乗れっていうんだから、乗せられる算段があるってことだろう」
「イヤイヤイヤイヤ、死ぬって、本当に首にしがみついてブンブンされて落ちるだけだって」
「まあやってみろって。腹減ったし。もう何もないぞ」
「はーーー?!?!」
白狼はめちゃくちゃ大きい。
イヤイヤイヤ、絶対に振り落とされて終わりだけど?!
絶対無理できないって!!
でも白狼は座ったまま私を見て、じーーーっとしている。
本気なの?!




