月夜に浮かぶその姿は、
「必ず寝てくださいね」
「寝ます、はい」
「……じゃあ部屋に行ってください」
「寝ます、はい。……夜12時になったら」
寝ますと答えたものの、朝から15時まで寝て眠いはずがない。
ユリウス様はため息をつき、
「……明日は朝から山にいくので、しっかり休んでくださいね」
「了解しました。っと……あの、ひとつ質問です」
「え? なんですか?」
「ユリウス様。ミーアにおける狼の生態マップは作ってますか?」
「え?」
「白狼ですね。親かもしれない」
玄関でユリウス様と話していたら、少し離れた所に大きな白狼が見えた。
私の肩にタン……とビビが降りて来て、
「二時間くらい前から家の周りをウロウロしてた。姿見せないから大丈夫だろうと思ったけど」
「話せる?」
「いや、白狼はこえーし、お前らが思ってるより動物と会話なんて成り立たないんだからな。アイツは魔法白狼ではない。でも……魔法核はそれなり……うん、怒ってはいない。不安だそうだ」
「親かも。私が行く」
私が玄関を出て歩き出すとその手をユリウス様が握った。
「危険です。白狼による人的被害も出ています」
「私を噛み殺せるでしょうね。そうするつもりなら、もう攻撃されているはずです。ずっと前から家の周りにいたのなら」
そう言って白狼のほうに向かった。
ビビにはお互いを刺激しないために、別の建物の二階にいるよう伝えた。
歩き出すと白狼は微動だにせずこちらを見ている。
闇夜に白い月のように浮かぶ姿……あまりに神々しい。
ここまで大きな白狼は見たことが無い。
白狼は翼馬より足が速いが、なわばり意識が強く、そもそも人前に出てこない。
王都で王が魔法白狼を飼っていたけど、やはり狼は社会性の強い動物だ。
長期間一頭だけで飼うのは向いていない。
山の中、月光で光るその姿……あまりに神々しい。
私は少し離れた場所に跪き、
「はじめまして。この場所で獣医をはじめました。子どもを勝手に連れてきてごめんなさい。見に来る?」
白狼は私を見て一歩も動かない。
一瞬で食い殺されてもおかしくない。
でもそんなことはしないと近くにいると分かる。
でも今この瞬間殺そうとしているのも分かる。
心地良い緊張感で深呼吸をした。
緑色の目を大きく開いて私を見てた白狼が、少しだけ目を細めた。
私はそれを合図と受け取って、馬小屋に向かった。
後ろを白狼が付いてくる。
虫の鳴き声が響く森の中、月光が柔らかな白狼の毛並みを光らせる。
本当に美しい。一匹いるということは、周りに数匹いるのだろう。
つまり下手なことすると一斉にやられる。
分かってるのに白狼の美しさと大きさに圧倒されてしまう。
馬小屋の扉を大きく開け、子白狼が見えるようにして、その場から離れる。
建物から完全に出たほうがいい。
私はそう判断して住居の二階に移動した。
そこにユリウス様とビビもいた。
見ていると白狼がゆっくりと馬小屋の中に入っていき、同時に六匹の白狼が山から出てきた。
私は二階の窓からそれを見ながら、
「ひえ……さすが群れ行動の狼。この数に囲まれてたってビビ気がついてた?」
「いや、さっきまでいなかった。ほんの数秒でここまで来たんだ。白狼が本気だしたら、俺たち死ぬな」
「死ぬわ、死ぬ死ぬ。翼馬の次元じゃない速度……ユリウス様?」
「……この山にこれほど白狼がいると知らなかった。生息地も知らない」
「狼の生息地なんて、誰も正確には知らないですよ。とくに白狼は人の気配を嫌います。巣や子育て場所を知られれば、すぐ移すこともあるでしょう」
皮膚炎で死にかけだったとはいえ、山を下りて連れてきてしまったのだ。
よく考えたらかなり危ない行為だった。
夜で暗いが、白狼の白い毛が、月光で発光するように光っている。
まるで光の糸が夜になびき、踊るよう。
ふわふわと風に舞い、それでいて動きに無駄がない。
「美しいです。この景色が見られただけでミーアに来て良かったと思えます」
「こんなに白狼がいたなんて知らなかった。これは報告対象だ。いやすごいな……」
「狼はかなりの距離を移動します。だから山向こうのノルダー領が生息地の可能性もあります。狼に国も領土も関係ないですから」
「そうだね、ただ領主の家の者として、把握は必要だ」
「森の奥にも数匹……ビビ、何匹いる?」
「今数えてるけど……多分10以上森にいる。白狼に囲まれてるよ今。ヤバい、戦争時以上のピンチだよ、俺たち。お腹いっぱい食べといて良かった」
ビビはふざけたけど、耳を常に動かして状況を確認、表情は真剣だ。
ビビと私は何度となく共に戦場で戦い、かなり遠くの獣の場所も把握する。
そのビビが言うのだから、本当にすごい数の狼に囲まれているのだろう。
もう逃げ場もないので上から見ていると、馬小屋に入った白狼が出てきて、二階にいる私を見た。
完全に「おりてこいや」と言っている。
怖いけど、なんだかワクワクしてしまう。
馬小屋に行くと、白狼が私をまっすぐに見た。
振り向くと、数匹の白狼たちが子白狼を囲んで見ていた。
そして子白狼が「ぴい」と可愛い声で鳴いている。
なんて可愛い鳴き声。
鳴けるほど元気になったなら、生きられるかもしれない。
私の目の前にいた白狼が突然口を開いて、月さえもかみ切りそうなほど高い声で鳴いた。
「!」
すごい、本物の白狼の遠吠え。
数キロ先まで届くと本では読んだけど、目の前で聞いたのははじめてだ。
周りの空気がすべて音で震えて、目に見えない風で髪の毛が吹っ飛んだ。
カッコイイ、すごくカッコイイ!!
遠吠えに馬小屋にいた白狼たちが中から出てきた。
そして森の中からさらに何匹も白狼たちが出てきた。
その中の一匹が口に子白狼を咥えていた。
「! ……病気?」
白狼は子白狼を置いて離れた。
私は白狼に向かって、
「触れても良い?」
白狼たちは当然何も言わないが、動かない。
だから良いのだろう……と理解して、置かれた子白狼に手袋をして見ると、手術した子白狼と同じ皮膚炎になっていた。
同じくらい酷い状態だ。
「手術してもいい? 同じように治すから」
私が子白狼を抱き寄せると、白狼は馬小屋に入っていった。
どうやら「はよやれ」と言っているようだ。
私は馬小屋の簡易手術室に入った。
振り返ると、白狼たちは馬小屋を走って出て行った。
森の中から何匹も……20匹どころじゃない……先頭を走っているのは私の目の前に姿を現したあの白狼だ。
ボスなのかもしれない。
「っ……ふー……。怖かった」
可愛いしカッコイイけど、あの量の狼に囲まれて楽しいだけのテンションでは居られなかった。
正直恐怖で手が震えた。
でも信用して子どもを預けて貰えた。
私はすぐに手術を開始した。
まず状態を確認すると、前に見た子白狼と違う場所が爛れている。
二匹同じ皮膚病の白狼がいると、同じ場所なのか、どれくらい症状が進んでいるのか、比べることができる。
やることはたくさんある。
それに二倍の魔粒が取れる。
私の検証が正しいと、温めると何か変化があるのは確かだ。
でも、それが良い方向なのか悪い方向なのか、まだ分からない。
「アルディナさん。帰ります」
馬小屋の入り口にユリウス様がいた。
そして、
「山に行かなくても白狼たちが子どもを運んでくるのが分かった以上、僕は貴女のサポートに回ります。今日は徹夜でしょうから、朝ご飯を持って来ますね」
「……ありがとうございます。クロワッサンが食べたいです」
「分かりました」
そう言ってユリウス様は馬に跨がった。
そしてビビに向かって、
「白狼いない? ねえ、僕が帰る方向大丈夫?」
「そっちには居ない。でも反対側には結構いる。治療を見守ってるんだと思う。本気だしたら数秒でここまでくるぞ。だから町行って、当分こっちくるなって伝えたほうがいい。子どもが怪我して気が立ってる」
「分かった、ありがとう。明日は魚持ってくるよ」
「! でっけぇのな!!」
「了解」
そう言ってユリウス様は去って行った。
さあ、徹夜で仕事してもご飯が保証された。
私はメスを持って魔粒を摘出しはじめた。




