自分に何ができるかということを
「っ……15時っ……どうして起こしてくれなかったの、ビビ!!」
「ユリウスが起こすなって。ほらクッキー! ユリウスが作ってくれたんだ、これうめーんだよ」
「寝過ぎー!」
私は起きて時計を見て叫んだ。
朝ユリウス様に「寝た方がいい」と言われて布団に連れてこられた。
横になった布団はフカフカで寝心地が良くて、気がついたら、
「15時っ……! もう山に行けないじゃん。やーだーーー」
私は再び転がった。
この布団、ふかふかで柔らかすぎる。
私が布団で転がって怒っていると、ユリウス様が来て、
「おはようございます。よく眠れたようですね」
「ユリウス様、起こしてください。子白狼を探しに行きたかったのに時間が遅くて今から行けません。あっ、子白狼ちゃんどうですか」
私が慌てて起きると、ユリウス様がそれを制した。
「落ち着いて。まず子白狼は小康状態。呼吸に変化はないし、出てきている液は拭き取っていて、かなり乾燥してきた。さっき目を開いたよ」
「良かった、見てきます。でもやっぱり今日も行きたかったので、昼に起こしてほしかったです」
「貴女は万年寝不足に見える。顔色が悪いし、なにより食事が適当すぎる。戦争で魔法核の9割を損傷したと聞きました。食事から取れる生気は大きく必要なものです。それに貴女が倒れたら誰が子白狼を診るんですか?」
「でも少しでも早く原因を探して……」
「倒れてしまったら更に遅くなります。僕がここに通う限り、睡眠食事はしっかりしてもらいます」
ユリウス様はまっすぐに私を見て言った。
ピョンとユリウス様の肩に乗ったビビが、
「コイツが普通に生きてたのは、王都でもこんな感じで世話人が複数居たからだ。俺がそのつもりで来たけど、飯作れないからさ。兄ちゃん頼むよ、コイツの飯というか、俺の飯」
「分かったよ、ビビ。クッキーはどう? 干した小魚入りも作ったんだ。食べてみる?」
「うおおおお! 食べたい早く!」
ビビはユリウス様の肩から飛び降りて廊下を走り出した。
王都では誰かが私の面倒を見てくれていたし、それに甘えていたのは間違いない。
食事から取る生気が大切なのは知っているけど、気になると神経が高ぶって時間感覚が消え失せてしまう。
昔はそれで問題なかったけど、魔法核を損傷した今、1割を大切にしないとダメなのは分かっている。
一度損傷した魔法核は治療不可能だ。
いや、治療を試みる人はいるが、我が国では出来ないし、私も魔法核の治療は考えて無い。
だからこの身体と一生一緒ということだ。
私はため息をつき、気持ちを切り替えた。
今日は子白狼を診る日。
確かに、山に行っていたら、子白狼の体調が変わっても気づけなかった。
休むとしても一回子白狼ちゃんを見てから……そう思って部屋を出ると、
「アルディナさん。まずご飯です。それから仕事にしましょう」
廊下を馬小屋側に移動しようとしたら、その先でユリウス様が私を待っていた。
この身体と長く付き合うために……私は頷いて台所に向かった。
「えっ……これこの台所で手作りですか? やっば……」
「料理が好きなんですけど、家で調理場に入ると嫌がられるんです。だから正直メチャクチャ楽しいです」
そう言ってユリウス様は目を輝かせた。
私は不思議に思っていた。
「子爵家だと調理場なんて入ったら嫌がられますよね」
「子どもの頃から料理が好きで、オーガにある屋敷で調理場に入って何度も怒られました。見張りに来たのかと。仕事をしている人たちの邪魔になりますね」
「グレイヴ領は翼馬の産地であるミーア、港町のオーガも含まれてますよね。王都からの要求も大きいから客人も多いでしょう」
「僕は翼馬担当なのでミーアにある屋敷に住んでいるのですが、それでも数人のメイドたちが居てくれて……ありがたいのですが、調理場には入れないですね。料理は本当に好きなんですけど、邪魔ですね、僕の遊びのような食事作りは」
「いえ、本当にお金取れるくらいお上手だと思います」
私がスヤスヤ眠っていた間にユリウス様が作ったのは、焼きたてのパンにスープ、そしてサラダに、羊のミルクで作ったチーズも見える。
そしてどれも、
「とても美味しいです。ミーア特産のお野菜を上手に使ってるんだなーと分かります。これはなんですか?」
「フルーツトマトなんです。少し塩分を含んだ水で育ててるんですけど」
「甘いです、すごいですよ。この料理、そうですね、私はまっっっったく食事と生活に頓着がないので、ミーアの獣医として、この台所で好きに作ってもらえると、たぶん私とビビの命が延びます」
ビビは焼きたてパンをムシャムシャ食べて、
「そうだぞ、死ぬぞマジで! お前は俺が殴っても気がつかない、ダメなんだ本当に。何も聞こえない」
「いや殴られたら気がつくって!」
「いーーーや、俺は昨日お前の前に立ったけど気がついたのかよ?!」
ビビに言われて「確かに気がつかなかった」と思った。
すると目の前にいたユリウス様が、どうしようもなく優しい表情で、
「……嬉しいです。料理なんてしなくて良い、無駄だ、もっと力を付けろ、身体を大きくしろ、そんなことしてるから魔法核が育たなかったんだ、子爵家の三男として国の役に立て、料理など役に立たない。そう言われてました」
「戦争で必要なのは魔法核がある人間だけではありません。このクッキー、長期保存が可能なものですよね」
机の上にはクッキーが置いてあり、ナッツが入っているもの、乾燥した小魚が入っているもの、何種類もあった。
「はい。アルディナさんが食事を取るのを忘れると聞いて、作ってみました。一ヶ月は持つと思います」
「常温で魔法なしで?」
「はい、高温でしっかり焼いてます」
「それはすごいですよ。戦地で最も求められるのは食料です。どんな勇敢な騎士も食事がないと飢えて死にます。料理は無駄ではない、大切なことですよ。前線にいる魔法使いや騎士は……まあ8割私のような変人ですから」
「10割だ! お前ら全員変人! 俺はお前たちと前線行くのマジで食事がイヤだったぞ、限界鍋ばっかり喰わせやがって!」
ビビはパンを食べながら叫んだ。
私はスープをのんで、
「だからここで食事を作ってもらえると私は助かります。そのままのユリウス様でいて下さい」
「役に立つなら……本当に……嬉しいです」
ユリウス様は静かに言った。
全て嘘ではない、前の戦争でも食料が枯渇して大変なことになった。
もう戦争なんて起きなければ良いが、それでも料理ができるひとを無駄だとは私は思わない。
ユリウス様が作ってくれたクッキーはとても美味しく、馬小屋にストックしてくれると聞いて歓喜した。
それだけで生きられると言ったら怒られるので黙ったが。




