治療開始、これってまさか……?
「お腹すいた! ユリウス、飯だ、飯!」
「じゃあ私は子白狼を見るから」
家に戻ったのは夕方をすぎていた。
山を一度下りてミーアに行き、そこから再び皮膚炎を発症している子白狼がいる山に登っているので時間がかかる。
心配なので、食事より子白狼の状態を見たい。
子白狼を連れて馬小屋に設置した簡易手術室に入る。
子白狼の状態はかなり悪い。
胸で呼吸をしているので、かなりしんどい状態だろう。
魔法原基核はまだ小さい。今後育つかどうかは、この子次第だ。
みんな持っているものが、育つか、育たないか。
それがどこか人間の「才能」に似ていて、この世界の好きなところだ。
私は子白狼を優しく撫でて、
「つらいね。痛いね。少し眠ろうね」
と声をかけ、麻酔魔法で眠らせた。
大きく膨らんでしまっている部分を選び、周囲の毛を避けて皮膚を小さく切開する。
同時に止血魔法をかけて中を確認した。
全身の皮膚に膨らんでいる湿疹があり、その半数以上がすでに潰れていた。
私は王都にいたころ、動物と触れあいたくて、たまに動物病院の手伝いをしていた。
その時こういう皮膚炎は見たことが無い。
膨らんでしまっている部分を切開すると、皮下から小さな黒い粒が出てきた。
ピンセットで粒を摘出し、小皿に移して観察する。
「皮膚片……いや、これ魔粒じゃない……? ピンセットで潰れない」
私はそれを洗浄液でキレイにしてよく見る。
魔粒は、魔草に触れた生き物の皮膚の下にできると本で読んだが詳しいことは分かっていない。
だから私も本物を見るのははじめてだ。
魔粒かどうか確かめる方法は確か……。
私は簡易手術室から出て、摘出した粒を小皿に移し、炎魔法を当てた。
小さな炎しか出ないが、なんとかなる。
この世界の空気や水、草木や食べ物には、目に見えない生気が宿っている。
人も獣も、それを取り込んで生きている。
いわば「元気の源」だ。
そして人間の魔法核は、取り込んだ生気を蓄え、魔法として放出する臓器だ。
前の世界でいう「ガソリンタンク」に近い。
よく眠り、よく食べ、良い環境で過ごせば、タンクは自然と満ちていく。
不摂生を続ければ、いくら休んでも満ちない。
私はそのタンクの9割を失ったが、1割は残っている。
その1割でも、生活魔法程度なら微力ながら一通り使える。
攻撃に使うような大火力を、一気にぶっ放せなくなっただけだ。
もちろん使いすぎれば、ガス欠のように何も出なくなる。
子白狼の皮膚炎から出てきた黒い粒に、指先から出した炎を当てると青色に変化した。
「炎を当てても燃えなくて、温度で変化するってことは、本当に魔粒かもしれない」
湿疹が潰れると魔粒も共に消えるので病院に来る前に消滅するのだろう。
だから王都で見てる時には見たことが無かった。
魔粒が魔法核に「なにかしらしているだろう」という事は皆考えているが、分からないままだ。
私は簡易手術室に戻り、残った湿疹を一つずつ切開して魔粒を摘出していった。
これが破裂すると周囲組織まで傷め、体力も奪う。
摘出できるものは可能な限り取り除き、炎症部には軟膏を塗る。
全身に膨らんでしまった湿疹があり、子白狼ゆえ作業が難しい。
でも止血魔法で視界がクリアなので、ただひたすら取りだして軟膏を塗っていけばよい。
炎症止めの軟膏は王都で作ったもので、ストックが少ない。
山に入って魔草を集めて、死んだウサギの魔法核から生えるキノコが必要になる。
「……頑張れ」
私は子白狼に話しかけながら必死に魔粒を取った。
全身を再確認し、摘出した魔粒を一つずつ小皿に集めた。
こういうものをしっかり研究する必要がある。
「アイリーンに連絡を取るか……」
アイリーンは私の魔法学校の同級生だったが「戦うとか意味がわからない」と頑として断って、魔法獣研究室に就職した。
今も仕事してるはずだから、顕微魔道具を貸してほしい。
そしたらこれが魔粒だと断定できるのに。
顕微魔道具のレンズには、ドラゴンの水晶体が使われているので金貨30枚じゃ買えないレベルのものだ。
家より高い。というか持ち出し不可よなー……。
「でもこれたぶんレアよ~、研究したいじゃんさー」
私はブツブツ言いながら魔粒を集めて、水魔法で冷やしたボックスに入れた。
翼馬があれば王都まで半日……いやでも出てきたばかりで研究所をウロウロして騎士団の仲間に見つかったら気まずい。
でも顕微魔道具で魔粒見たい~。
魔法核にどういう影響を及ぼすのか調べたい。
魔法核を濁らせてるのはこの魔粒だと私は思ってるけど、獣医として適当なことを言えない。
検証するためには魔粒がもっと必要だし、温度変化で何が変わるのか確かめるなら、もっと数が無いと博打できない。
考えながら子白狼の所に戻り、軟膏を塗ったところに包帯をしっかりと巻く。
麻酔魔法が切れ始めているが、子白狼の呼吸は安定しているように見える。
でももう破裂した所から滲出液は出続けていて、それが危ない。
丁寧に布で拭いた。
今はここにある魔粒で、調べる所まで調べよう。
私は腕まくりした。
「! アルディナさん。まさか寝てないんですか?!」
「あれ、もう朝ですか。え? この馬小屋、光が入ってこないから……いや、入ってきてますね。私が気がついてなかっただけ」
どうやらもう次の日の朝になっていたようで、ユリウス様が馬小屋に来て驚いた。
馬小屋の外がいつの間にか明るい。
ユリウス様は少し離れた机を見て、
「置いておいた食事……気がついてなかったんですね」
「え?? 食事??」
「ここにスープとパンを置いておいたんだけど」
「え、すいません、何も聞こえてなかったです」
「まさか全く眠ってないですか? 何も食べず?」
私は一晩で分かったことをユリウス様に聞いてほしくなった。
小皿に乗せた魔粒を持って近づき、
「これ、子白狼の隆起した皮膚炎から出てきた粒なんです。出てきた時は黒かったんですけど、炎魔法で青に変化したので、水魔法で温度を変えたら黄色になったんです。こんなのが出てくる皮膚炎見たこと無いです。だからたぶん魔粒だと思うんですけど、顕微魔道具がないから断定できないんですよね。温かくなると活性化するのか、弱体化するのかも分からなくて。もう朝なら、あと二匹ほど皮膚炎の白狼を連れてきましょう。行きましょうか」
「待って。まず食べて、寝よう」
ユリウス様が言うので、私は手袋を投げ捨てて手を洗い、横に置いてあったパンをムシャムシャ食べた。
「食べました」
「寝よう」
「馬の上で寝ます。ユリウス様の後ろに紐で縛ってください」
「……本気で言ってるのか?」
「ええ。味付けてしてあるスープは、冷めても美味しいですね」
私は昨日から置きっぱなしのスープを一気飲みした。
基本的に集中していると人の声も、ビビの声も何も聞こえない。
時間感覚は消え失せて、ひたすら研究したくなる。
私がパンをモシャモシャ食べているとユリウス様はため息をついて、
「6時間眠り、昼から出よう。それまで子白狼は僕が見ているから」
「ではユリウス様、この辺りでウサギが出る場所を教えてください。軟膏が……」
「寝よう。君はダメだ。ひとりにすると、普通に死ぬね」
ユリウス様が強い口調で言って、私の目をまっすぐに見た。
その奥でビビが「昔からバカなんだよコイツは」とパンをムシャムシャ食べている。
ユリウス様はふわりと笑顔になり、
「ここの布団は硬すぎる。柔らかい布団を持って来たから、それで寝よう。こっちだ」
そう言って私の手を引いた。
ああ……子白狼が心配だから寝るならこの馬小屋で良いのに……と思ったが、引っ張る手の強さがそれを許しそうにない。
私はユリウス様が持って来たというふわふわの布団に横になった瞬間に気絶した。
良い布団、すごいわ、なんだこれ、めっちゃ眠れるわ。




