↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忍務 —SHINMU—  作者: 虫松
第一部 密書の差出人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/18

第2話 城下町へ向かう

 城下町へ向かう道は、朝から大勢の人で賑わっていた。


 荷車を押す百姓、反物を担いだ商人、槍を持った足軽。寺へ向かう尼僧や、親に手を引かれた子供の姿もある。


 朔はそんな人々に混じり、ゆっくりと歩いた。

 忍びだからといって、常に屋根の上を走ったり、木から木へ飛び移ったりするわけではない。


 むしろ、そのような目立つことをしていれば、たちまち怪しまれてしまう。


 影綱では最初にこう教えられる。


『忍びとは、忍びであることを悟られてはならぬ者なり』


 朔はその教えを忠実に守っていた。

 城下へ入ると、馴染みの団子屋に立ち寄った。


「おや、朔さん。今日は早いねえ」


 店の女将が声をかけてきた。


「近くまで商いに参りましたので」


「そうかい。一本食べておいき」


「では、一本いただこう」


 朔は串団子を受け取り、店先の腰掛けに座った。


 この女将は朔の正体を知らない。


 城下では、朔は行商人の手伝いをしている若者ということになっていた。


「昨日はお武家様がたくさん通ったよ」


「ほう」


「東の街道へ向かってねえ。戦でも始まるのかしら」


「物騒なことでござるな」


「まったくだよ。戦になれば米の値も上がるし、困ったもんさ」


 朔は団子を食べながら、さりげなく話を聞いていた。


 武士が大勢通った。

 東の街道へ向かった。

 米の値段が上がり始めている。


 一見すれば、何でもない世間話だった。


 しかし、忍びにとっては貴重な情報である。


 兵が動けば米が必要になる。

 米が必要になれば商人が動く。

 商人が動けば、道も動く。

 戦は刀を抜く前から始まっているのだ。


「ごちそうになりました」


 朔は銭を置き、立ち上がった。


「あれ、一本余分だよ」


「女将殿への口止め料でござる」


「何の口止めだい?」


「それがしが団子を二本食べたいのを、一枚の銭で我慢したことにござる」


 女将が声を上げて笑った。


「変な若者だねえ!」


 朔も笑いながら歩き出した。


 こうした何でもない会話の積み重ねが、忍びの仕事を支えている。


 相手が警戒していては、情報など集まらない。


 信頼されるには、まず普通の人間として付き合うことだった。


 朔は城下の大通りを抜け、呉服商の近江屋へ向かった。


 店先には色とりどりの反物が並び、主人が客と値段の交渉をしていた。


「失礼いたします」


「おお、朔殿か」


 主人は小さくうなずいた。


「頼んでいたものは?」


「こちらにございます」


 主人は奥から布包みを持ってきた。

 中には古びた帳面が一冊入っていた。

 朔は受け取る前に、何気なく店内を見渡した。


 帳場には主人。

 奥では奉公人が二人、反物を畳んでいる。


 そのうち一人だけが、反物を手に取りながら値札をまったく見ていなかった。


 朔は男の草鞋へ視線を落とした。


 右足の鼻緒だけが新しい。

 左足は古いままだった。

 道中で切れた鼻緒を直したのだろう。


 だが、この男は昨夜も城下の湯屋の前で見かけた。


 昨日と今日で、同じ人物を二度見た。

 それだけなら珍しくない。


 しかし二度とも、朔の進む先にいる。

 偶然か。

 それとも。

 朔は主人に向き直った。


「ところで主人殿、こちらの反物はいかほどでござるか」


「そちらは上等な絹でしてな。金子が」


「高い高い。それがしには手が出ませぬ」


 朔は大げさに笑った。


「しかし、いつか嫁を迎える折には買いに参りましょう」


「それは楽しみでございますな」


 主人も笑う。


その間に朔は帳面を布包みごと懐へしまった。


 店の外にいた男の視線が、一瞬だけ朔の胸元へ動いた。


 見られている。

 朔は確信した。

 だが、知らぬふりをして店を出た。


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。