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第五話

受け攻めどっちだと思いますか?

第五話


 デートの当日、かなり早くに目が覚めてしまって、待ち合わせの三十分近く前に着いた。瑞稀はいつも集合時間ギリギリのタイプなので、駅に着いたら珍しくセットした髪型の最終チェックでもしようと思う。……デート。これはデートなんだ。俺の人生でおそらく最初で最後の、好きな人とのデート。分かりやすく浮き足立つ。鏡で少しだけ前髪を整えて集合場所に向かうと、驚いたことに瑞稀……もとい“薫ちゃん”はもう来ていた。自然と小走りになる。俺の姿をみとめた“薫ちゃん”が小さく手を挙げる。それを見て、またひとつ腑に落ちるものがあった。そうだ、肩くらいまで控えめに手を挙げるあの動きは瑞稀の癖だ。思えば初めて会った時から“薫ちゃん”も同じ動きをしていた。引っかかっていた違和感の正体が腹に落ちた。

「ごめん、待ったか?」

 自分の口をついてでた言葉がテンプレートすぎて恥ずかしい。お姉さんの服だろうか、今日もおめかしした可愛らしい瑞稀はくすくすと笑って「今来たところ」と返した。

「随分早いですね。」

「薫ちゃんこそ。俺より早く来ているとは思わなかった。」

楽しみで早く目が覚めてしまったとは言えなかった俺に引きかえ、瑞稀はこともなさげに言う。「楽しみだったので早く来ちゃったんです!」

 早く出発しましょう!と言って、瑞稀は華奢な手で俺の手を繋いだ。……これがデートか。俺は早くも心がいっぱいになってしまった。


 水族館に着いてからも、瑞稀は俺の手を取って歩いた。見た目は完全に女の子なのにもはや瑞稀にしか見えない。特に水槽を目の前にはしゃぐ姿なんかは瑞稀そのものなのに、時折繋ぎ直される手や、いつもよりも小柄で俺を見上げる上目遣いに鼓動が速くなる。

 幼い頃に家族ぐるみで一緒に来たこともあったか。その時も瑞稀はこんなふうにはしゃいでたっけ。流石に今では大人しく見て回っているが、当時は姉の方の薫ちゃんと一緒になって走り回って親に怒られていたな。瑞稀の横顔を見ながらそんなことを考えていると、瑞稀と目が合う。少し見つめすぎたか。ばれないように視線を逸らして、瑞稀に言われたクラゲに目を向けた。

 そのままクラゲの展示をゆっくりと歩いていると、「あぁ、あのメガネの……」と小声で呟く二人組がこちらを見ていることに気がついた。しまった、瑞稀のことを見すぎたか?普段は不審に思われないように気をつけて瑞稀と接していたが、気が緩んでいた自覚はある。内容が気になって耳を澄ます。

「そうそう、あの彼氏、クラゲ見ないでずっと彼女のこと見てたよ。よっぽど好きなんだね。」

「マジかー羨ましい、付き合いたてかなー?」

 頬が熱い。いくら気を抜いていたとはいえ、側から見てそこまで分かりやすいとは。それと同時に、なるほど、と思った。今の俺たちは「カップル」に見えているのだ。そして俺は「彼氏」である。「彼氏」が「彼女」を見つめていたところで、せいぜい微笑ましいと思われる程度で、なんら不審な点はないのである。普段の俺が、自分より背の高い同性の友達を見つめるのとは訳が違うのだ。今更な気づきに、俺は一人で自虐的に笑った。


 そのことに気がついてからは、周囲の目を気にしないことにした。周りからどう見られるかよりも、一生に一度のデートを脳に焼き付けたかった。瑞稀が何を考えてデートに来ているのかはいまいちはっきりしないが、明日からまた「幼なじみ兼親友」にきちんと戻れるように。今日の思い出を胸に、これからも生きていけるように。

 館内を巡っていると、一際大きな水槽にたどり着く。すっかりはしゃいでいる瑞稀にジンベエザメもいるらしい、と伝えると、俺を引っ張って駆け出した。瑞稀の好みは分かりやすい。さっきも一番デカくて派手なクラゲを見ていたし。それに、好きなものにはまっすぐだ。いつもそうやって俺を引っ張って、俺の知らない世界を見せてくれる。

 瞳を輝かせて大きい水槽を見上げるも、人の多さに眉根を寄せる。人の少なそうなエリアを指すと、パッと顔を上げる。奥の方のトンネル状の水槽に辿り着くと、物珍しそうに辺りを見回す。頭上を通過した大きな影に敏感に反応すると、再び目をキラキラさせて「サメだ!」と叫ぶ。

 本当に瑞稀は顔に全部出る。小さい頃からずっとそうだ。コロコロと変わる表情は考えていることが手に取るように分かるし、何より見ていて飽きない。目の前の“薫ちゃん”の目まぐるしく変わる豊かな表情に、“瑞稀”の姿が重なる。今日はデートという大義名分がある分、視線を逸らせないでいた。……いや、ほんの一瞬の表情の変化も見逃したくなくて、視線を逸さなかった、と言おうか。今だけは、俺が瑞稀を独占している。俺だけが見られる瑞稀を目に焼き付けようと、目を凝らした。

 どうせ瑞稀はこちらを見ないだろうしいいだろう、とタカを括っていたが、サメを俺に見せようとしたのか、ふとこちらを振り向いた瑞稀と目が合った。まずい、変な顔をしていなかっただろうか?取り繕うように「サメが見つかって良かったな」と声をかけたが、瑞稀は返事の代わりにふいと水槽に顔を向けた。少し不安になって、声をかける。

「どうした?大丈夫か?“薫ちゃん”」

瑞稀はどこかぎこちなく微笑んで、なんでもないんです、と言った。

「ちょっと疲れちゃったかな?」

俺ははっとした。普段の瑞稀ならば俺よりも体力があるし、気にする必要はないが、今は女の子なだけでなく、慣れない身体で疲れやすいだろう。そんなことにも思い至らないとは。自分が浮かれるだけ浮かれて好きな人を思いやることもできないなんて馬鹿みたいだ。謝罪を入れて、瑞稀の様子を気遣いながら手を引いた。


 その後は、なるべく瑞稀を気遣いながら過ごしたが、やはり男とは体力も違うのだろう、早めに解散になった。瑞稀は楽しめただろうか?もしかしたらまたデートしてくれるかも、なんて淡い期待が胸をよぎる。帰りの電車で俺にもたれて静かに寝息をたてる瑞稀を見ながら、俺は今日のことを一生忘れないだろうと思った。


 ところが、その後いきなり“薫ちゃん”から「もう会えない」というメッセージの後、連絡が来なくなった。もう“薫”として俺に会う気がないということだろうか。やはりデートでの俺の態度がよくなかったか?それとなく瑞稀に聞いてみようとしても、一度軽く話題になっただけで瑞稀の方が“薫”の話題に触れようとしなかった。

 それだけではない。瑞稀本人にも最近明らかに避けられているのである。“薫”と会えなくなっても、これまで通り親友でいられると勝手に思い込んでいた。瑞稀とも会えなくなるなんて耐えられない。前述の通り、心当たりなんてありすぎる。“薫”として俺に会ったことで気まずくなったのか?デートの結果俺に幻滅した?もしかして俺のことが気持ち悪くなった?あれが悪かったのか、それともこれか、なんて一人で悩んでも埒が明かない。だが本人に聞こうにも、家を出る時間までズラされているのですれ違うことすらない。唯一分かるのは、俺は瑞稀がいないとダメだということだけだ。

次で終わる予定です。

受け攻めも一応私の中では決まっています。

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