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第四話

第四話

 明らかに避けられている。

 普段なら同じ講義は一緒に行くし、一緒に昼は食べるし、バイトが無ければカラオケなのに、ここ最近は顔を見てすらいない。なんでだろう、思い当たるフシなんて……ありすぎる。


 明らかにきっかけはあの日だ、瑞稀の誕生日祝いと失恋慰めを兼ねた飲み会の、次の日。

 「面白いことになっているから見せに行く」とだけ連絡があったあの日、バイト先のカフェで瑞稀が来るのを待っていたら、あの子が来た。

 カウンターで俺を見つけて小さく手を挙げたその子を見たとき、世界中の驚きを俺が吸い込んでしまったのではないかと思った。その子は緩いウェーブの髪に猫目、スラリと背が高くてスタイルが良い。まるで、俺がしつこく好みの女の子について聞かれた時に答える「瑞稀が女の子だったらこんな感じかな象」そのままだ。あまりにも驚いて目玉がこぼれ落ちるかと思ったが、なんとか眼窩に保って接客をする。

 一言で言えば、可愛かった。思えば、女の子を可愛いと思ったのは瑞稀の姉の薫ちゃん以来、人生二人目である。物心ついた時には瑞稀が隣にいて、瑞稀が俺の全てだった。この気持ちに名前がついたのは小学校の頃だったと思うが、まだ名前のない頃から数えて十数年、俺の片想い歴である。あまりに片想いに慣れすぎて、もはやありとあらゆる感情を隠し通すプロになってしまった。瑞稀にはバレてない……と思う。

 そういうわけで、滅多に動揺を表に出さない俺もこの度のことは流石に思い切り驚いてしまった。俺がチラチラと彼女の方を気にしていたからか、同僚がカフェラテの提供を頼んできたので、ありがたく便乗する。

「お待たせいたしました。カフェラテでございます。」

気づかれない程度に女の子をチラ見する。見れば見るほど瑞稀に似ている。本当に瑞稀を女の子にしたという感じで、薫ちゃんとはまた別の系統だと思った。薫ちゃん以外にこんなに似ている親戚いたか?すると、女の子が上目遣いで俺を見ながら、

「あの、店員さんがカッコよくて、一目惚れしちゃいました!よかったら、連絡先教えてくれませんか?」

彼女は見た目だけでなく声も可愛い。待て、一目惚れ?連絡先?……こんなに俺に都合が良いことがあっていいのか?幻聴だろうか?いや、確かに今連絡先をって……。もちろん答えはYES、俺はポケットからメモ帳を取り出す。SNSのIDなら渡しやすいか。普段なら女の子に声をかけてもらっても断っている。瑞稀ではない、他の誰かを好きになれる未来が見えなかったからだ。でもこの子ならば、好きになれるかもしれない。不毛な片想いを終わらせることができるかもしれない。そんな一抹の望みをかけて、なるべくスマートに連絡先を渡した。


 それにしても瑞稀が来ない。いつ来るだろうかとそわそわしていたら閉店の時間が来てしまった。締め作業まで終わらせて、ロッカーで着替えながらスマホを確認するが、なんの通知も来ていない。連絡を入れようか。キモいか?いや、瑞稀は約束を破るタイプではない。なるべく簡素に、重くなりすぎないように……。入力しては消して、を何度か繰り返してようやくメッセージを送信する。俺はメッセージのやりとりが本当に下手だ。

 家に帰って何気なくSNSを開くと、知らないアカウントからDMが来ている。昼間の女の子のことを思い出した。フォローも少人数のあまり使われた形跡の無いアカウントで、その子からのメッセージも今時の女の子にしては比較的簡素だ。「さっきはありがとうございました。私は薫といいます。よろしくお願いします。」……“薫”?瑞稀の姉の名だ。しかし昼間に会ったのは姉の薫ちゃんとは完全に別人だった。瑞稀にそっくりで、瑞稀の姉と同じ名前の女の子……?何が起きているのかさっぱり分からない。混乱の中でひとまず返事を返した。

 夜も更けてきて、もう寝るかという時、スマホがピロンと鳴る。瑞稀だ!俺のスマホはメッセージのアプリにしか通知を入れていない上に、俺に連絡を寄越すなんて瑞稀しかいない。我ながらキモいと思うが、瑞稀からのメッセージにはすぐに返せるようにしたくて通知を入れているのだ。……二日酔いか、そんなに酷かったのならお見舞いに行けばよかったがもうこんな時間だ。気遣うメッセージを返してやり取りは終了した。


 翌朝。瑞稀と同じ講義をとっている朝は一緒に大学に行ける。早めに家を出ていつもの場所で待っていると、秦野家の扉が開く。その音に顔をあげると、ちょうど家を出ようとする瑞稀の姉が顔を覗かせたところだった。

「ヨシくん!おはよう。」

「おはようございます。」

俺も微笑んで挨拶を返す。瑞稀が俺の幼馴染なら、当然薫ちゃんも幼馴染である。小さい頃から本当の弟のように接してくれて、俺も薫ちゃんを姉のように思っている。そんな薫ちゃんは、今日はなんだか少し気まずそうに眉根を寄せている。

「……ヨシくん、いつもうちの弟がごめんね、イラついたらぶん殴っていいからね。」

神妙にそんなことを言うものだから、思わず頬が緩む。

「突然どうした。瑞稀に不満なんて無いよ。……そうだ、秦野家の親戚で、薫ちゃん以外に『薫』って名前の女の子っているか?」

「えー?いない……けど……。」

薫ちゃんは考えるそぶりだったが、だんだん顔つきが険しくなってそのまま目線を逸らした。

「えぇと…その……いないよ、あたしだけ。」

「?ふぅん、そうか。変なこと聞いたな。ありがとう。」

薫ちゃんは駅に向かって歩いて行った。

 それならやっぱり昨日の“薫ちゃん”は他人の空似なんだろうか?考えているうちに瑞稀がやってくる。小走りで近づいてきた瑞稀は、小さく手を挙げる。これは瑞稀の癖なのだ。

「よっ、昨日は結局行けなくてごめんな。」

どれほど酷い二日酔いなのかと心配していたが、案外元気そうでホッとする。

「そっちはどうだ?昨日のバイトはなんか面白いことあったか?」

連れ立って歩き始めると、瑞稀が聞いてくる。昨日?バイト中の話か?瑞稀が来るのを待っていたのに来なかったくらいだが……。

「? 別に何も無いよ。」

今思うと連絡先を聞いてきた女の子について話せば良かったかもしれないと思うが、あの時は本当に瑞稀が来なかったことくらいしか思いつかなかったのだ。それ以降の瑞稀はなんだか元気が無いように見えた。やはり二日酔いが残っていたのだろうか。


 薫ちゃんはこまめにDMを返してくれるタイプだった。申し訳ないが俺は瑞稀から以外のメッセージに通知を入れる気になれなくて、思い出した時に返すようにはしているもののいまいち盛り上がりに欠ける。そんな中、“薫ちゃん”がまたバイト先に来ることになった。

「こんにちは!薫です。」

カウンターの前で小さく手を挙げる薫ちゃんになるべく感じの良い笑顔を向ける。

「もう少しで上がりなので、待っていてくれますか?良ければお話ししましょう。甘いものお好きって言ってましたよね、今日の日替わりケーキがショートケーキなんですが、どうですか?俺の奢りで。」

「え!いいの…んですか?!ショートケーキが一番好き!」

瑞稀もショートケーキが一番好きだ。こんなところまで似ているなんてな。

 ……なんとなく、引っかかるものがある。何なのかは分からないが、確実に積み重ねてきた違和感が、俺に何かを訴えていた。

 違和感を横に押しやって、会話を続ける。

「……飲み物は前回と同じカフェラテでいいかな?」

ここで瑞稀だったらきっと、こう言うんだ。「『ミルクティー』でお願いします。ショートケーキにはミルクティーって決めてるんです。」

頭の中の瑞稀と目の前の“薫ちゃん”のセリフがピッタリと重なる。

 心臓が俺を置いて勝手に走り出したみたいだった。上手く息ができない。回らない頭でなんとか返事をする。頭が追いつかないけど心ではもう気づいているのだと分かる。

 一度カウンターに戻って、オーダーを伝えつつ頭を冷やす。

 ケーキと共に席に戻って、ゆっくりと席に着いた。遥か先を走っている身体に追いつこうと必死に言葉を並べる。

「ショートケーキ、好きなんですね。」

聞かなくても、なんて答えるか分かる。

「えぇ、ショートケーキはこの世で最高の……。」

“薫ちゃん”はハッとして声を止める。それでも、これまで幾度となく聞いてきたせいで記憶の中の瑞稀が勝手に先を続けた。『ショートケーキはこの世で最高のスイーツだと思ってる。』

 ようやく追いついた頭が、信じられない考えを言葉にして並べる。

『“薫ちゃん”は、瑞稀本人なのではないか』

何らかの事情で女の子になってしまった瑞稀が、正体を隠して俺に近づいてきたのではないか?…自分で言っておいて途方もない考えに呆れる。そんなわけがない、それなのに、そうとしか考えられない。全くもって合理的でも、理性的でも、論理的でもない。それでもこの鳴り止まない鼓動が、目の前にいるのは瑞稀だと言って聞かない。

 一度そう思ってしまうと、目の前にいる美少女は瑞稀にしか見えなかった。ショートケーキの苺だけ避けておくのも、うちのカフェのユルいクリームを嬉しそうに食べるのも、絶対ミルクティーと決めている割にはケーキと一緒に飲まないからミルクティーが最後に残ってしまうのも。さっきまであれほどうるさかった心臓も、だんだん落ち着いてきた。我ながら順応が早すぎると思うが、伊達に二十年近く瑞稀の幼馴染をやっていない。振り回されることには慣れているのだ。

 そんなことを考えていると、不意打ちを喰らう。

「ヨシユキさん、とってもかっこいい人だなって思ってたんですけど、お話ししてみたらもっと好きになっちゃいました。もし良かったら、こんど一緒に遊びにいきませんか?私、水族館とか行きたいです!」

めちゃくちゃ可愛い顔で俺を見上げる瑞稀、もとい“薫ちゃん”は己の可愛さを理解しきっているらしい。ここまで熱っぽく見つめられると心臓に悪い。……それでなんだっけ、水族館?もちろん行きたい。瑞稀とならどこでも。

「俺で良ければ、ぜひ」

“薫ちゃん”は俺にトドメを刺してくる。

「やったぁ!……デート、ですね♡」

デート……。……デート?!瑞稀が、俺と?!これまで見たことのない文字列に、それ以降の記憶は無い。


 その日の夜は一睡もできなかった。そもそも、この現代において女体化なんて本当に起こり得るのか?ネットで調べてみると、胡散臭いサイトで胡散臭い医者が言うには、アルコールの分解に耐性がないと性転換が起こる場合があるらしい。にわかには信じられないが、もはや“薫ちゃん”が瑞稀であることは疑いようが無くなっていた。もし本当にあの子が瑞稀なら、俺は今度瑞稀とデートすることになる。色んなことをグルグル考えていたら、気がついたら部屋が明るくなっていた。

 おかげで翌日も顔色は悪く、瑞稀に心配をかける始末。自分でも分かるくらい頭が回っていないのもあって、問い詰められて“薫ちゃん”の話をする。どんな子なのか聞かれたが、瑞稀本人を前に感想を述べるのはいささか恥ずかしい。俺を揶揄おうと正体を隠して近づいてきたくせに、ショートケーキとミルクティーを曲げない瑞稀を思い出すと、自然と笑みが溢れる。俺はあの時の瑞稀を思い出しながら、「面白い子」と答えた。


 “薫ちゃん”が瑞稀だと気づいてからは、何気ないDMのやりとりも楽しい。瑞稀は俺がメッセージのやりとりなが苦手なのを察してか、あまり連絡してこないが、“薫ちゃん”としては他愛無い連絡もくれるので嬉しい。初めてSNSのDMに通知を入れてしまった。俺は確かに文面のやりとりは得意ではないが、どんなことでも瑞稀と一緒なら楽しいんだよ。

 SNSで連絡を取るうちに、デートの前にもう一度会うことになった。前回と同じく俺のバイト先で話をする。普段なら『親友』として節度ある態度を心がけているが、“薫ちゃん”と話す時は『恋愛対象』として接しても不自然にならない。そのことが嬉しくて、つい表情管理が緩んでしまう。瑞稀も……“薫ちゃん”も、楽しんでくれているといいのだが。

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