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第二話

「こんにちは!薫です。」

カウンターでヨシに声をかけるオレは今日も美少女のいでたち。

「こんにちは。来てくれてありがとう。この前と同じ席が空いてますよ。」

ヨシは今日も優しく微笑む。オレは案内されるままに席に座った。


 時は昨日に遡る。

 初めて女体化してから数日の間、美少女のオレこと薫は健気にヨシにDMでメッセージを送っていた。はじめは当たり障りない日常会話から始まり、少しずつ好きなものの話をしたり。ヨシは一日に多くても二回ほどしかメッセージを返さない。ここで初めて気がついたが、オレがメッセージアプリで連絡を入れるときはほとんどノータイムで返信があるのに、薫がSNSで送るメッセージはそうではない。元々素っ気ない返事ばかりだとは思っていたが、根本的に文字でのやり取りが得意ではないのかもしれないな。

 そんな調子なので、期待したような成果が得られなかったオレは、実際に会うしかないと考えた。うさんくさ医者の話では、アルコールに耐性ができるまでは今後も女体化する可能性が高いそうだ。ならば、ヨシに会う前日に酒を飲んでおけば翌日は美少女薫ちゃんの出来上がりだ。

 ヨシのバイトのシフトとオレの授業やバイトの日程を慎重にすり合わせて迎えた昨夜、オレは姉ちゃんに付き合ってもらってほどよく酒を飲んだ。アルコールの量が足りなくて女体化しない可能性もあるにはあったが、前回のように割れるような頭痛から始まったのではたまったもんじゃない。計画通り、ほどよい酔い具合でしっかり女体化したオレは、また姉ちゃんの服一式とメイクでヨシのバイト先に出かけて行った。


 「もう少しで上がりなので、待っていてくれますか?良ければお話ししましょう。甘いものお好きって言ってましたよね、今日の日替わりケーキがショートケーキなんですが、どうですか?もちろん俺が持ちます。」

「え!いいの…んですか?!ショートケーキが一番好き!」

これは嘘じゃない。オレはショートケーキがこの世で最高のスイーツだと思っている。しかも、ここのショートケーキは特別オレ好みなんだ。クリームがユルい。

「それはちょうど良かった。お持ちしますのでお待ちくださいね。飲み物は前回と同じカフェラテでいいかな?」

なんでコイツオレが前回頼んだ飲み物覚えてるんだ。こういう細やかな気遣いがモテる所以なんだなと思う。だが……。

「すみません、ホットのミルクティーでお願いします。ショートケーキにはこれって決めてるんです。」

これも嘘じゃない。戦略的にはカフェラテで印象づけるべきかもしれないが、オレには曲げられないポリシーがある、そのうちの一つが『ショートケーキにはミルクティー』である。

 オレがショートケーキに思いを馳せている間、ほんのわずかだけ間が空いて、ヨシは「かしこまりました」とにこやかに去って行った。


 思った通り、ヨシとは対面した方が話しやすい。幼馴染なんだから話しやすいのは当たり前なんだが……。

「ショートケーキ、好きなんですね。」

バイトを上がって向かいに座ったヨシは、にこやかに話しかけてくる。オレはケーキのてっぺんに乗ったイチゴを皿の端によけながら答える。

「えぇ、ショートケーキはこの世で最高の……。」

待った、これはオレがよく使うフレーズだ。考えづらいとは言え、薫の正体がバレてしまうようなことは避けなければならない。慌てて一般的な言い方に軌道修正する。

「えぇと、ショートケーキが一番好きなんです。」

クリーム部分を食べながらそっとヨシの方を窺う。ヨシは喜んでもらえて良かったです、と微笑んでおり、こちらを訝しむ様子はない。しかしどうもまだ営業スマイルというか、真意が見えない。

 大学はどうですかとか、ヨシの家で飼ってる猫の話とか少しずつヨシの話を深掘りしていく。多少ぎこちなさはあれど、可愛い女の子を前にしたドギマギ感は期待したほどは見られない。ぬるくなったミルクティーを一口飲んで、もう少し踏み込んでみることにする。

「ヨシユキさん、とってもかっこいい人だなって思ってたんですけど、お話ししてみたらもっと好きになっちゃいました。もし良かったら、こんど一緒に遊びにいきませんか?私、水族館とか行きたいです!」

頬を赤らめて、視線を少し逸らしながら、トドメに上目遣いでヨシを窺う。ありがとうオレを落とした元カノたち、学ばせてもらうぜ。

 これまでは割と余裕を見せていたヨシも、好みの女の子にここまで露骨にデートに誘われたら少しは動揺すると見たが、ちょっと間が長かったくらいで、

「俺で良ければ、ぜひ。」

と微笑んでみせる。まだイケるか。ダメ押しとばかりに続ける。

「やったぁ!……デート、ですね♡」

(オレが考える最大限に)愛らしく笑顔を披露。ヨシは「デート…」と呟いて自分の前髪に触れる。サラサラの前髪が躊躇いがちに揺れる。ぎこちなく動く指の隙間からじわじわ紅くなる頬と耳が見えて、オレは満足した。


 一緒に帰るわけにはいかないので、適当なバス停でここからはバスなので…と言ってヨシとは別れ、一人で歩く。水族館の約束を取り付けた時のヨシは明らかに動揺していた。可愛い女の子にデートに誘われたらあんな顔をするんだな。本当ならすぐにでもネタバラシして揶揄ってやりたいところだが、せっかくデートの約束を取り付けたのだからもう少し我慢しよう。あれはオレが男のままだったら間違いなく見ることはなかった表情だ。薫ちゃんが可愛いから動揺した、女になったオレが引き出したと思うと誇らしい……はずなのに、あの時のヨシはどこか知らない人のようで、胸に引っかかりが残った。


 翌日。いまだにオレはヨシから可愛い女の子と連絡を取り合っているという話は聞いていない。オレには教えてくれてもいいのに、と思えば思うほど、オレも意固地になってこちらからは聞かないようにしようと思ってしまう。

 今日は二限からなので余裕を持って起きて、ヨシと合流して大学へ向かう。お互いの家の中間地点に立ち尽くすヨシはいつもよりも覇気が無いように見えた。

「おはよ!……って、お前どうした?寝てないのか?すげぇ隈だよ。」

まさかデートに誘われたから眠れなかったのか?可愛いとこあるじゃねぇか!

 ヨシは可愛くても、ヨシが携えた隈は可愛くなかった。隈だけでなく、顔色も悪いしなんだかげっそりしている。

「おはよう、ちょっと考えごとしてたら寝不足なだけ。心配されるほどじゃない。」

「考え事って…オレで良ければ話を聞くぜ?なんか悩みでもあるのか?」

オレが悩みのタネであるという罪悪感が半分、いよいよヨシの口から存在を教えてもらえるのではないかという期待半分。

「そんな大したことじゃないんだ。考えることが色々重なって……。」

まだ話してくれないヨシにもはやイラついてくる。

「いいから話せって。そのうちの一個でも話したら楽になるかもしれないぜ?オレたちの仲だろ。」

「……実は、バイト先のお客さんから連絡先を聞かれて、今度二人で遊びに行くことになったんだけど……。」

ついに来た!

「すげぇじゃん!ヨシにもついに春か?!」

ニヤける顔を抑えながらヨシの肩を抱く。

「どんな子?可愛いか?」

「どんな…… ?そうだな、可愛い子だと思う。」

そうだろうそうだろう、オレは美少女だからな。

「うんうん、他には?」

「他……。そうだな。」

少し考えたヨシは、思い出すように遠くに目線を向けて目を細める。

「……ふ、面白い子だったな。」

溢れてしまった、みたいに小さく笑ってそう呟いたヨシの顔は、信じられないほどに優しかった。

 何か言おうと思って口を開いたのに、上手く言葉が出てこない。そっとヨシの肩に回していた腕を戻す。

「……なぁ〜んだ、もうかなり好きじゃんその子のこと!これからも進展あったら教えろよな!」

期待通りの言葉に期待通りの反応のはずなのに、これ以上知らないヨシを見るのが怖くなって、話を終わらせてしまった。


 水族館デートの前に、もう一回会うことになった。

 女体化も三回目ともなると慣れたものだ。あまり繰り返すとアルコール耐性ができて、決戦の日に上手く薫ちゃんになれないかもという懸念があったが、当日まで一回も会わないというわけにもいかないだろう。始めはすぐに足が痛くなったヒールも、歩き方をマスターすればそれほどでもない。フレアスカートをひらりと翻し、ゆるやかなカールをひとつに結いて、軽やかな足取りでヨシの働くカフェに向かう。

「いらっしゃいませ。待ってた。もうすぐ上がりだから。」

カウンターに立つヨシは目敏くオレを見つけると、窓際の席を勧める。

「ありがとう、待ってます。」

 最近はヨシのSNSの返信が早いので、話す量も増え、それに従って口調もフランクになってきた。人見知り気味のところがあるヨシにしてはいいペースなんじゃないか?薫との距離が縮まるにつれて膨らむ罪悪感を見ないフリをして、これもひとえにオレが、薫が美少女だからだな、と呟いた。

 何も言わなくても、ヨシがショートケーキとミルクティーを運んでくる。コイツ、バイト代全部をオレにつぎ込む気じゃないよな?

 くだらない話をたくさんした。オレたちは薫じゃないときにはいつも一緒にいるからもはや話すことはないんだが、姉ちゃんからきいた話とか、テレビやSNSで見た面白い話を喋る。ヨシは聞き上手だから、オレの話を楽しそうに聞いてくれる。

 ふと視線をヨシに向けると、黙ってこちらを見つめている穏やかな瞳とぶつかる。思えば、気がつくとオレがずっと喋ってるから、ヨシの話ってあんまり聞かないな。なんだか気恥ずかしくなって話すのをやめた。

「……すみません、私ばっかり喋っちゃってましたね。」

「謝らなくていいよ。俺は聞いてるほうが楽しいし。それで、音楽の先生がなんだって?」

それが嘘ではないことは、表情からも声色からも明白だった。ヨシの穏やかな低い声は、『オレ』と話すときのそれよりも明らかに優しい。それから……なんというか、そう、甘い。

 オレが、気になる女の子はどんな子なのかと聞いたときのヨシを思い出す。あの時のヨシも、今みたいな雰囲気だったな。まるで、その子が愛しくてたまらないみたいな……。

 鼓動がにわかに早くなる。顔に血液が集まるのを感じる。今まで見たことの無いヨシに急に緊張してきた。ヨシにこんな表情をさせてるのは、オレなんだ。

 ……いや、違う。『オレ』ではない。『薫』だ。オレではあのヨシを見ることは出来ないんだった。目まぐるしい思考の中で緊張が引いていくと、胸元に鈍い痛みだけが残った。

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