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第65話 膨れる想い

5.


 レニとリオ、コウマの三人が北方のユグ族の村に着いてから、十日ほど経っている。


 ユグ族は、北方の厳しい自然の中で生きる狩猟民族だ。厳しい環境に適応して生きる民族が往々にしてそうであるように、ユグ族も独特の文化と風習を持っていた。

 七十名ほどいる一族全員が家族であり、その一族としてのつながりが血のつながりよりもずっと重んじられる。

 近親婚を避けるために、定期的に一族の外からも人を迎え入れるが、その場合も「ユグの家族」となることを求められる。

 病人を除いて、食事は「母屋」と呼ばれる村の中央にある巨大な集会所で取る。

「母屋」を中心にして外には放射状に小さな家屋が建てられており、寝泊まりはこの家屋か「母屋」についた部屋を使う。すべて一族の共有スペースであり、私有する場所はない。


「母屋」のぬしが、「太母たいぼ」と呼ばれるユグの族長だ。

 ユグは母系の一族であり、厳しい環境で生きる知識や技術は、通常母親から娘へ伝えられ、男は女が持つ「大いなる知」に従う者とされている。


 ユグには、「太母」「慈父」「娘」「息子」という厳格な区分がある。

 年がいったものは、「知恵を授かった者」としてこの序列から外れる。「母屋」に顔を出すこともなくなり、「太母」を始め一族の者たちに助言をする立場になる。

「娘」と「息子」は、同母を持つ者以外は自由に性的関係を持つことが許されている。「太母」の前で婚姻の誓約を交わしたときに、いわゆる「夫婦」になる。

 子供が産まれれば、親は誰かは関係なく、一族全体で育てる。



6.


 最初にこの風習を聞いたとき、レニとリオは目を丸くした。


 大陸の大半の場所は男が強い権限を持ち、女性は従属的な立場に置かれている。

 女性が族長であり、知識や技術はすべて女性が受け継ぐほど女性優位が確立している社会を目にしたのは、初めてだった。 

 驚く二人を尻目に、コウマは事も無げに言った。


「この大陸じゃあ珍しいかもしれねえが、南方世界や東方世界では、女権社会も多いぜ。環境が過酷な場合は、女の子供のほうが生き残りやすいからな。自然とそうなるんだろ」

「社会や文化は、生きる場所の環境から必然的に作られるのですね」


 リオが考え深そうに呟く。

 コウマが「また、学者のリオ先生が難しいことを言ってらあ」と肩をすくめて、リオをムッとさせた。


 一方でレニは、ユグ族の文化について瞳を緑色に輝かせて考えるリオの繊細な横顔にこっそりと見とれていた。

 いつも優しく見守ってくれ、自分の面倒を熱心に見てくれるリオも好きだが、興味を持ったことを真剣に考える姿も好きだった。

 そういう時のリオの美しさは、普段のたおやかな女性めいた様子とは別人のもののように見えた。

 物静かな真剣な表情で物事を考えるリオの姿を見ると「この人が自分の好きな人なのだ」ということが、気恥ずかしくも誇らしく思えてくる。


 いつも通り、自分が食事をとることよりも熱心にレニの世話をしていたリオは、ふと顔を上げてレニの顔を見つめた。


「レニさま、どうかなさいましたか?」

「う、ううん、何でもない」


 明るい炎に照らされたリオの精巧な人形めいた美しい顔に見とれていたレニだが、訝しげに問われて慌てて首を振った。

 誤魔化すように温かいスープの入った椀に口をつける。


「リオ、私のことはいいから、もうちょっと食べなよ。寒い地方は他の場所よりもいっぱい食べないと、体がもたないよ」


 レニのために魚から小骨を取り除く作業をしていたリオは、柔らかく微笑んだ。


「はい、いただいております。レニさま、体が温まりましたら、お飲み物は甘いものに変えますか」


 リオはレニの顔が赤らんだことを目ざとく気づき、強い火酒の杯と果汁で割った水の杯を交換する。


(お酒のせいじゃないんだけどな)


 レニは、リオの優雅な立ち居振る舞いや自分に向けられる微笑みを見ながら、さらに顔を赤らめた。

 リオに初めて会ったとき、ひと目見ただけで、まるで抗いがたい磁力に囚われたかのように強烈に惹きつけられた。


 少しでも会えたら。

 話せたら。

 一緒にいられたら。

 そう願う気持ちは、これ以上膨れ上がる余地などないほど、強いものだと思っていた。

 

 それなのに、一緒にいる時間が長くなればなるほどその気持ちはさらに大きくなっていく。

 心を窒息させそうなほど締め上げ、自分という存在を爆発させてしまうのではないかとすら感じられる。

 この気持ちをリオに伝えたい。

 その想いは日に日に強くなっていった。


 でももし、リオを困惑させてしまったら。

 主人から言われたのだから受け入れなければいけない、と思われたら。

 そう思うと、破裂しそうな気持ちもすくみ上ってしまう。


 自分はただ、リオにこの気持ちを知って欲しいだけなのだ。

 これほどまでにリオを大切に思い、好きだと思う気持ちを。

 そう言いたいのだが、いざとなるとどう言っていいかわからず、リオを想う気持ちの熱さだけが高じていくのだった。


★次回

第66話「火の神さま」

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