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第64話 魂の恵み

1.


 冬の北方の日は短い。

 真冬になると、昼近くなるまで太陽は姿を現さず、夕食の支度をする頃には外は暗闇に閉ざされる。


 レニとコウマは、薪にするための樹木の伐採の手伝いをするために、ユグ族の人々に同行して湖岸の森に来ていた。



2.


 凍結した湖の岸辺で、人々に混じって切り出された樹木をそりに乗せていた二人の下に、大柄な女がやってきた。


 鹿や熊の毛皮で作られた防寒着を纏っており、顔にはこの地方の住民であるユグ族特有の、魔除けの黒い紋様が描かれている。

 年齢は四十代半ばほどに見え、横幅も上背に見合うほどあった。

 厚手の服の上からでも、男と見まがうような鍛えぬかれた筋肉質な体であることがわかる。

 濃い色合いの金髪は、長年冷たい北国の空気にさらされたためか鋼のように剛くなり、青い瞳には強く厳しい光が浮かんでいる。整っているとは言い難いその容貌は女性らしい甘やかさとは無縁で、場を圧する威厳がある。


「キオラ、どうだった?」


 コウマの問いに、「キオラ」と呼ばれた女はゆっくりと頭を振る。


「駄目だね。奥のほうはまだ氷が薄い。とても橇では渡れない」


 キオラは、紫から藍色への見事な陰影を見せる空を見上げた。


「この時期になってもうみが凍らないなんて初めてだ。向こう岸の狩場にも隣村へも行けない。……弱ったね。あんたらも、しばらくはここより北へは行けないよ」


 キオラはふと厳しい表情を緩め、毛皮を着込んで子熊のぬいぐるみのように見えるレニに向かって微笑む。


「あんたらは仕事が早いから、いてくれて助かるけどね。悪いね、手伝ってもらって」


 レニは首を振る。


「私たちのほうこそ、お世話になっているから」


 それから心配そうに付け加えた。


「湖が凍らないの?」

「神さまのなさることだから、仕方ないけれど……冬は湖が凍ることで道が出来るからね」


 キオラは安心させるように、大きな手で毛皮に包まれたレニの背中を叩く。


「とにかく夕食にしよう。寒い中で動いたから、たくさん食べて力をつけないと」 


 キオラが号令をかけると、作業をしていたユグ族の男女がいっせいに、薪にするための樹木をのせた橇を引き出す。

 レニとコウマも橇をひく綱を手にとり、掛け声と共に引き出した。



3.


 樹木を適当な大きさに切り、出来た薪を倉庫にしまい終えると、レニたちは「母屋」と呼ばれるユグ族の全員が集まる大きな建物に入った。


 夕飯の準備の手伝いを終えたリオが、待ちかねていたようにレニの下へ駆け寄ってきた。毛皮の防寒具を脱がせたり、雪を払ったり、濡れた髪を拭いたりと面倒をみる。


「リオ、大丈夫だよ、自分で出来るから」


 背丈ほどもある布を頭から被せられて、抱きかかえられるようにして髪や体を拭いてもらいながらレニは顔を赤くして言った。

 外から戻るたびにしてもらっていることだが、布越しとはいえ、リオの手で全身を触れられることに一向に慣れることが出来ない。


「いけません、レニさまはよく拭かれないで、そのままにされますから。お風邪を召してしまいます」


 手袋や編み上げ靴も膝まづいて脱がし、手入れをするリオを、コウマは呆れたように眺める。


「ったく、リオの世話焼き癖は異常だな。男が出来たら、そんな風に赤ん坊みたいに扱わねえほうがいいぞ」

わたくしは、生涯レニさまのお側におります。コウマは、私のことより自分の心配をしたらどうです?」


 リオはレニの世話をする手を止める様子もなく、素っ気ない口調で返す。


「お前に俺様のモテぶりを見せてやりてえよ」


 レニはお互いに遠慮なく言い合いをする二人の様子を、ジッと見つめる。


 いつの頃からだったろうか。

 リオとコウマの関係はどこか変わった。


 リオは相変わらずコウマに対して冷たく素っ気ないが、それはよそよそしさよりも慣れや気安さから生じるもののように見えた。

 またコウマのリオに対する扱いは、以前よりずっとぞんざいになった。


「前は女神さまみたいだって言っていたのに」


と、レニが言うと


「はあ? 寝言言ってんじゃねえよ。リオが女神なら、守銭奴のババアだって天使か聖女だぜ」


と毒づかれた。


 不思議なもので、そうはっきりと言われると、リオが上辺だけの礼儀正しさから「コウマさま」とコウマを呼んでいたのも、コウマがリオにやたら気を使ったり「女神」と讃え女性として気に入っているように見えたのも、すべて自分の勘違いで、二人の関係は元からこうだったように思えてくる。

 どちらにしろレニは、今のリオとコウマの関係のほうがずっと好きだった。



4.


 脱いだ防寒具を火の当たる場所に干し、身支度を整えると、レニとリオ、コウマはユグ族の人々が作る車座に加わった。

 料理が次々と運び込まれ、体を温めるための強い火酒が注がれる。

 車座の中央に、族長であるキオラが座ると、人々は酒を片手にいっせいにそちらを向く。


「全員に酒は渡ったね」


 目の前に座る一族の者たち全員に目を配ると、キオラは酒杯を掲げて女性にしては太い声を上げた。


「魂の恵みを」


 魂の恵みを。

 人々はいっせいに酒杯を掲げ唱和すると、目の前にある食事に手を伸ばし、談笑を始めた。


★次回

第65話「膨れる想い」

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