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第66話 火の神さま

7.


 ユグの夕飯は、夜更け近くまで続く。

 食事があらかた済むと、人々は小集団に分かれて酒を飲みながら話をしたり、寝転んで煙草を呑んだり、座を外して眠りに行ったり好きに過ごす。


 しかし今日のように予め伝達があった場合は、食事は片付けられ、子供たちは寝床に連れていかる。

 大人だけで現在の問題について集会が開かれる。



8.


 キオラの脇に座った六十歳ほどの男が手を上げると、人々は居住まいを正し、いっせいにそちらに注目した。

 男は「太母」を補佐する立場の者で、一族の中では「慈父」と呼ばれ、主に「息子たち」を統轄する。


「太母より、うみの状況について話がある」


「慈父」が厳かにそう宣言すると、人々はコソリとすら音を立てずに、中央に座るキオラのほうに目を向ける。

 張りつめた空気の中、キオラは酒を片手にゆっくりと口を開いた。


「みんなも承知しているだろうが、今年は湖の凍結が遅れている」


 キオラは厳かな顔つきで、居並ぶ一族の者たちの顔を順繰りと眺め渡す。


「火の神さまが、まだ降りて来られない」


 四十名ほどいるユグの男女の間に動揺が広がる。

 何の話をしているのかまったくわからないレニやリオにも、ユグにとってとても重要なことで、不測の事態が起こっていること、人々がそのことにひどく動揺していることが伝わってくる。


 がやがやと騒ぎ出した一族の者たちの話し声を、キオラが片手を上げて押し止める。


「今年は、冬の始まりの『火の神降ろし』がうまくいかなかった。もう一度、『娘』のうちの誰かに『水の器』になってもらわないといけない」


 キオラの言葉に、一座の動揺がさらに大きくなる。

 

「今日はそのことについて、皆の意見が聞きたい」


 そう言って、キオラは炎に照らし出される一族の者たちの姿を眺め渡す。

 その視線に応じるように、上座に近い場所に座っていた二十歳ほどの若者が一歩前に出た。

 大柄で見るからにたくましい体つきをしており、年に似合わない重々しい物腰をしている。

 明るい金髪に明るい澄んだ空色の瞳を持っており、視線は野生の動物のように鋭い。無骨な顔つきが、どこかキオラに似ている。

 若者が自分に向ける挑むような眼差しを鷹揚に受けとめながら、キオラは言った。


「イズル、何かあるなら言ってみな」


「イズル」と呼ばれた金髪の若者は、キオラの顔を真っすぐに見つめたまま、ゆっくりと口を開く。

 低い澄んだ声だった。


「火の神が降りてこないのは、『神降ろし』が上手くいかなかったからなのか?」

「どういう意味だい?」


 イズルは少し口をつぐんでがら、空色の瞳を自分よりも下座に座っているレニとリオ、コウマのほうへ向けた。


「よそ者を嫌って、降りてこないんじゃないのか?」


 瞬間、いっせいに一座の視線がレニたち三人に集まった。

 レニはとっさに、リオを庇うように身を乗り出し、辺りに油断なく視線を配った。

 辺りを包んだ無言の威圧を破ったのは、「慈父」の声だった。


「イズル、その方たちは太母の客だ。お前は、太母の判断に意を唱えるのか」

「実際に火の神が降りてこないのだから、誤っていた、ということは有り得る」

「イズル、言葉が過ぎるぞ」


 挑戦的な響きを持つイズルの言葉に、座にいる何人かの人間が色めき立つ。

 真向から批判された形のキオラは、しかし何ひとつ変わったことは言われていないかのように、落ち着きを払った態度でイズルの言葉に耳を傾けている。


「イズルの言うことも一理あるわ」


 二十代半ばほどに見える女が、紋様の描かれた顔をちらりとレニたちのほうへ向けた。


「冬に客を招くなんて滅多にないもの。冬の初めにやった、リンの『迎え』の儀式は他の年と同じくらい立派なものだったわ。リンの『迎え』自体に、問題があったとは思えない」

「オネイ、太母が招くと決めた客は、ユグ全体の客よ。今さらそんなことを言い出すのは、一族の恥だわ」

「じゃあ、リンの儀式が駄目だったって言うの? それなら『娘』のうちの誰かが、また『迎え』をやらなきゃならない。ナオ、あんたがやるの?」

「そんなこと……!」


 ユグの女性は総じて気が強く、自己主張が激しい。

 二人の女性はお互いの意見を譲らず、興奮したように立ち上がってにらみ合う。

 周りは抑えようとする者、囃し立てる者に分かれたが、慈父が苛立ったように床を叩くとすぐに騒ぎは止んだ。

 にらみ合っていた二人の女性……オネイとナオも、渋々といった様子で座り直す。


 イズルは二人の女性の諍いにはちらりとすら関心を見せず、無愛想な顔つきをキオラに向けたまま言った。


「キオラ、俺たち『息子』と『娘』だけでもこの問題は何回か話し合っている。湖が凍らなければ、必要なものが手に入らず、下手をすれば死人が出る。特に病の者は保たない。かと言って、今の『娘』の中で、リン以上の『迎えの舞い』を舞える者はいない」

「『リン以上の迎えの舞いを舞える者はいない』」


 慈父は重々しい口調で言葉を繰り返した後、イズルの無骨な顔を睨んだ。


「イズル、それはお前が決めることではない」

「慈父、慈父にもわかっているだろう。リンは『迎え』の後、冷気にやられて未だに起き上がることが出来ない。これ以上、『娘』に『迎え』をやらせるのは無理だ」

「お前が決めることではない」


 慈父は先ほどと同じ言葉を繰り返したが、今度はイズルの顔から視線を逸らし、黙っているキオラのほうへ一瞬視線を向けた。

 それを迷いと見てか、イズルは声を強めた。


「湖が凍らないなら、『迎え』はやらざるえない。だがもう一度やって、火の神が降りなかったら、どうするんだ? そうして次もまた舞った『娘』が倒れたら? いや、それどころか死んだら?」


 慈父が答えようと口を開きかけた時、不意にキオラが口を開いた。


「イズル、お前は何が言いたいんだい?」


 イズルは空色の瞳を、レニとリオのほうへ……レニの後ろに庇われているリオのほうへ真っすぐに向けた。


「客の中の青い瞳の娘は、舞いが堪能だと聞いた。あの娘ならば、火の神を降ろせるんじゃないか?」


 驚いて目を見開くレニとリオのことは無視して、イズルは再びキオラのほうへ視線を戻す。


「あの娘が火の神を降ろせたら、それは太母、彼らを客としたあなたの判断が正しかったということだ」

「なるほど」


 一族の者たちの視線が集中する中で、キオラは重々しく頷いた。


「お前の意見はよく分かった」


 キオラはそのまま青い瞳を、一座の者たちに巡らす。


「みんな、今のイズルの意見についてどう思う? もしくは他に何か、この件について意見のある者はあるか?」


 問われて、人々は何となく小さな声で隣りの者に呟いたり、お互いに目顔で目くばせをし合ったりする。表立って意見を言おうとする者は、誰もいなかった。

 キオラは、最後に自分の横に控えている男に目を向ける。


「慈父の意見は?」


 キオラの問いに、慈父はゆっくりと頭を下げた。


「私は太母の判断に従います」


 キオラは頷くと、レニとリオ、コウマのほうへ視線を向けた。


「客人、申し訳ないが、この後少し話をしたい」


 キオラは三人の返事を待たずに、一族の者たちにもう一度視線を向ける。


「この件についての決定は、私が預かる。何か言いたいことがある者は、私か慈父の下へ来るように」


 キオラの言葉に、一座の者たちはいっせいに頭を下げた。


★次回

第67話「水の器」

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