第98話『In the Afterglow of the Night』心地良い余韻
アパレルの最高峰ブランドが集結したパーティに出向いた有紗は、夜が更けてもなかなか帰ってこなかった。
玲音が時計を見上げる。
「遅っせぇなぁ……」
ジェンミが微笑みながらグラスとワインを持ってきた。
「まぁまぁ。気を揉んだってしょうがないじゃん? アリサも楽しんでるんだろうからさ、ボクらも一杯やっとこうよ」
そう言ってワインをかざすジェンミから、玲音はグラスを受け取った。
「ねぇレオ、実はホントに " |ニール・ワイアット《プレイボーイで有名なデザイナー》に喰われてるんじゃないか " って、心配してたりする?!」
「はぁ?! なに言ってんだ!」
「だってさ『Frances Georgette』といったらアリサの憧れのブランドだよ? その名物デザイナーからのお酒の誘いなら、ビジネス的にもアリサが乗らないはずはないよねぇ?」
「まぁ、仕事バカだからなぁ」
「そこに漬け込まれてるんじゃないかって、心配してるんじゃない? なんせ相手が相手だからねぇ」
「はぁ? お前が言うな! それに、らしくねぇよな? お前、朝は気が気じゃないって様子じゃなかったか?」
「え、そうかなぁ? レオの方こそ、心配しすぎだって!」
視野の端で、門の解錠ランプが点灯した。
「ほーら、帰ってきたよ!」
ジェンミが明るく立ち上がる。
「あーっ! レオ! 今一瞬、ホッとした顔になった!」
「んなわけねぇだろ! 子供の帰りを待つ親かっつーの!」
玲音はばつが悪そうに顔を背けた。
「強がっちゃって! ああ、アリサ! おかえり!」
ジェンミが玄関に駆け出す。
有紗は満面の笑みで右手を上げた。
「あっははは、たっだいまぁ……」
「あ……あはは。ずいぶん、出来上がっちゃってるね……」
ジェンミのその言葉に玲音が睨みをきかせたと同時に、有紗の後ろからひょっこりと別の顔が現れた。
「えっ? 司?! どうして?」
「ふふっ、こんばんは」
玲音に微笑みながら、司はジェンミを仰ぐ。
「ジェンミ、ご依頼の監視役は無事に果たしたわよ? ほら!」
前に突き出された有紗に目を向けた玲音が、顔をしかめた。
「そういうことだったか……わ、こりゃかなり飲んだな……」
ジェンミは仰々しく頭を下げる。
「あはは。ご苦労様でした。ねぇねぇそれよりさ、司! すごいねそのキモノ。めちゃめちゃ素敵じゃん!」
気を良くした司は、袖をふわりと翻し、優雅に一回転してみせた。
「ありがと、京友禅よ。アメリカでは日本以上にもてはやされるの。有紗も着物をあつらえたいって言ってた」
「だろうね。このビューティフルなキモノなら、モテモテだったんじゃない?」
「うふふ、お陰でニール・ワイアットとも話が弾んだわ。有紗も舞い上がってるから、勧められるがままに飲んじゃって、盛り上がってるからやめろとも言いにくくてね……申し訳ないけど今夜もこの子、だいぶ厄介だと思うわよ? 話に付き合うのが面倒だったら、さっさと寝かしちゃいなさいね」
「あはは。そうするよ」
「じゃあ私はここで」
「ありがとう」
「わざわざ悪かったな。お疲れ様」
玲音がそう言うと、司はまたたおやかに微笑む。
「ええ、あなた達もさっさと寝なさいよ?」
「はーいママ。おやすみ」
「ふふふ」
司は外で待たせていたリムジンで帰っていった。
ジェンミが有紗に手を貸すようにリビングへと誘導する。
「ほらアリサ! 歩けるの?」
「……大丈夫だって! とっても気分がいいんだもん!」
「こりゃ逆にめんどくせぇパターンだな……」
そうぼやきながら、玲音はキッチンへミネラルウォーターを取りに行った。
ソファーにどっかと腰を下ろした有紗は、玲音から手渡されたボトルを一気に飲み干す。
「おまえなぁ……ドレスが泣くぞ? せめてそんな格好してる時くらい、まっすぐ座れよ!」
呆れたように有紗を見下ろす玲音に、ジェンミが笑い出した。
「あはは、レオはきっと小うるさいパパになるね? 門限を破った娘に、朝までクサクサと説教タレるようなオヤジになりそうだ」
「はぁ?!」
二人の会話に、有紗は突然笑いだす。
「あははは」
玲音がぎょっとするのを見て更に笑いが止まらない有紗は、上機嫌のまま話し始めた。
「あはは……ねぇ聞いて! 今日のパーティーね、思ってたよりずっと盛大で、まるで日本で開催されたあのニューイヤーパーティみたいだったの!」
「チッ! こっちの話は全く聞いちゃいねぇ……」
「まぁまぁ……」
ジェンミが玲音をなだめながら、有紗に向き直った。
「へぇ、そっか。それで?」
「プログラムにね、『Frances Georgette』のショーも入ってたのよ! また新作が見られたわ。まだ世界のどこにも公開してないものなの!」
「そっか、よかったね。憧れのニールとも話ができたんでしょ?」
「うん! ミセスランドルフのおかげ。普通だったら接点も持てない人だもん」
「『Frances Georgette』が毎年日本でニューイヤーパーティを開催するのって、オーナーが親日家だからなんでしょ?」
「そう。ニールもね、毎年日本に来てるんだって。それでね、" あの時のニットが本当に素敵だった " って言ったら話が弾んで」
「ああ! あのランウェイで披露した薄手のニットだよね?」
そう言ってジェンミがちらりと玲音を見た。
「そう! あれはニールの自信作なんだって。" 頬に触れた感覚が最高だった " って話したら、" 素材感にこだわったんだ " って喜んで話してくれてね」
ジェンミが首をかしげる。
「え? 頬に触れた?! あのニットに頬擦りでもしたっていうの?」
有紗はハッとする。
「え?! あ……えっと……」
ヒューストン空港で玲音に抱き止められたシーンを思い出し、頬がカッと熱くなるのを感じて、有紗は下を向く。
「どうしたの? 急に顔が赤いよ。もしかして、気分が悪いとか?!」
「あ、いいえ! なんでもないわ。ほ、ほら! あのニューイヤーパーティの時、ショーの後にランウェイのそばで素材に触れられるタイミングがあったじゃない?」
「ああ。ボクらもそこにいたけど……さすがに頬擦りまでしてる人は見かけなかったけどね?」
玲音は呆れ顔で視線を背けた。
ジェンミが意味ありげな表情で、玲音の肩に手をやった。
「聞いてよ有紗! あのオーロラカラーの毛足の長い柔らかニットさ、レオがものすごく気に入っちゃって」
「そ、そう……なんだ?」
「うん。突然 " どうしても手に入れたい " なんて言い出すからビックリしてさ。結局、大金をはたいてその場で買ったんだよ?! ニット一枚がブランドスーツよりハイプライスなんて……優雅でいいよね、さすがは御・曹・司!」
「う……うるせえ!」
「そうだレオ、そのニットはどうしたのさ? あっついのに、わざわざフロリダに着て帰ったよね? ああ! そのあと日本に戻った時にも着てたっけ?」
玲音はばつの悪い顔を隠すように、うつむき加減で答える。
「さすがに……こっちでは暑いから着ねぇよ」
「だろうね。あ! そうだアリサ、見せてもらったらいいじゃん! あの現物がこの家の中にあるんだよ! そりゃ見たいに決まってるよね!?」
「えっ?!」
有紗は目を見開く。
「あ……そ、そうね……是非見たいわ。また、見せてね……玲音」
「あ、ああ……」
ジェンミが二人を交互に見る。
「なんか、ぎこちなくない?」
「そ、そんなことないわよ。ねぇ?」
「ああ……」
「まぁいいけど。さぁアリサ、司にも言われてるから今夜は早く寝なよ。明日はなにもないの?」
「あ……それが……急にモデルの選定会が入っちゃったの」
「それって、クレマチス・ストリートで?」
「うん、そうだけど。あれ……ジェンミに話してたっけ?」
ジェンミは一瞬首をすくめる。
「え! い、言ってたよ?!" 近々撮影会があるから、その準備が早まりそう " って……」
「あ……そっか……」
「明日……なんだね?」
「うん」
「なるほど……」
玲音が訝しい目を向けると、ジェンミは有紗に悟られないようにニッコリと玲音にウインクを投げた。
ため息をつきながら小声でボヤく。
――チッ! また面倒くさいことになりそうだ……
「ん? なぁに?」
「あ、いや……ってかお前、早く寝た方がいいだろ」
「そうだよ、アリサ。あ……でもこんなドレスで一日中エアコンの効いたところに居たから、身体が冷えてるんじゃない?」
ジェンミが有紗の腕をさする。
「バスタブにお湯をはって入る?」
「そうね。今夜はアロマジュエルに包まれたいかも!」
「うん。ダマスクローズに癒されたら、きっとよく眠れるよ」
二人のやり取りに玲音が水を差す。
「泥酔してたら溺れるぞ?」
「大丈夫よ。ぬるめのお風呂なら酔いも覚めると思うし」
「じゃあ……」
玲音はため息をつきながら立ち上がった。
「俺が湯を張ってきてやる」
第98話『In the Afterglow of the Night』心地良い余韻 - 終 -




