第97話『Let's get the party started! 』新しい朝
わずかなカーテンの隙間からベッドサイドまで伸びる光のまばゆさに、玲音は目を覚ました。
視界が定まって辺りを回すと、いつものようにETがひょうきんな顔でこちらを覗き込んでいる。
フッと沸き上がる笑みを押さえながら、玲音はゆっくりと身体を起こした。
「フッ……昨日はお前も、ずいぶん存在感を放ってたよな?」
そうつぶやきながら、いつものようにETを小脇にかかえて階下へ降りる。
昨夜は、ウォーレン家の子供達も交えたパーティーで大いに盛り上がった。
その名残りがあったはずのリビングはメイドたちによってすっかり片付けられ、静かな朝の日常を演出している。
ダイニングテーブルに着くと、すぐさまコーヒーがサーブされた。
「Mornin' Thank you」
そう言って見上げたメイドの視線がとなりのETに注がれているのに気付いた玲音は、思わず咳払いをする。
メイドが立ち去ると、玲音は肩を落とし小さくつぶやいた。
「ほら、また変な目で見られたぞ。ったく……俺はいつの間にお前と行動を共にするようになったんだ?」
ため息と同時に、背後から吹き出す声が聞こえた。
玲音の背筋が凍る。
「ふふふ、レオ? 今さ、ETと話してたよねぇ?!」
「は?! そ、そんなわけないだろ!」
「いや、確かにこの耳で聞いたんだから間違いない! ETに微笑みかけてたし、なんか言ってたじゃん? ついにその領域にまで、踏み込んじゃったわけ?!」
「なんだ領域って? 朝っぱらから訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」
「いや、絶対に話しかけてたって!」
慌ただしくもう一つの足音が聞こえてきて、玲音はまたため息をつく。
「チッ! またうるせぇヤツが一人増えた……」
ジェンミは笑いながら有紗を見上げる。
「ねえ聞いてよアリサ! レオったらさ……」
「お前! つまんねえこと言うなって!」
有紗が首をかしげる。
「ん? どうしたの?」
「レオさ、ついにETに話しかけるようになっちゃったみたい。ふふふ、ヤバくない?」
ETのとなりに座る玲音を見下ろすと、有紗はふと先日聞いた声を思い出した。
借りていたランドルフの資料を返そうと玲音の部屋のドアに近づいた時、ノックする寸前に中から聞こえてきた声に手を止めた。
電話をかけているのかとノックをためらっていると、中からは玲音の独り言が聞こえてきた。
――お前はいいよな? 存在してるだけで人にありがたがられて。
妙な期待をされることもなければプレッシャーもない世界で、
無条件に愛されて、自由でさ。
まあ、別に誰にどうしろと言われたわけでもないのに、
勝手に背負ってる気になってる俺が変なのかもしんねぇけどな……
その本音とも思える玲音の言葉を聞いた時の、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚が蘇って、有紗は複雑な表情で玲音の顔を仰ぐ。
失速する有紗に、ジェンミが肩をすくめた。
「アリサ? どうしたのさ?! ここ、笑うところだろ?」
有紗はハッと我に返る。
「え? ああ……でもそれって変かしら? 私なんて、いつも独り言を言ってるわよ? " 今日のドレスに合うのはこっちの色だから、あなたはパーティーに連れていってあげられないわ。ごめんね " って、さっきもお気に入りのパンプスに言ってきたばかりよ? そうそう、それを言ったら洋服にも……」
目を丸くして聞いているジェンミに向かって、玲音が吐き捨てる。
「ほら、こいつの方がだいぶん頭がおかしいじゃねぇか?」
「レオ! そういう言い方は良くないよ。アリサは " 感性が豊か " なんだから」
「じゃあ俺だって感性が豊かだってことになるだろうが!」
ジェンミがまた吹き出した。
「ってことはレオ、ETに話しかけてたって認めるんだね? それって自白と取っていいわけ?」
「だ、だから! 話しかけてねぇっつの!!」
「あははは」
安心したように微笑んだ有紗は、また急ぎ足で二階へ上がっていった。
玲音は訝しい視線を階段に向ける。
「なんだありゃ? 慌ただしいヤツだな……」
ほどなくしてまた階段から音がして、視線を向けた二人は一瞬その目を見張る。
光沢のある暗めのアースカラーのドレスは金属のような光沢を放っていて、大きく切れ込んだスリットと広く開いたデコルテがグッと女性的な雰囲気を醸していた。
足早に降りてきた有紗は、ダイニングテーブルに着くと、予めメイドにオーダーしていたカットフルーツにフォークを突き立てて、大胆にひと口でパクっと頬張った。
「あ……」
二人は唖然とする。
「ああ、美味しい!」
玲音があからさまに首を振った。
「お前さ……服装と行動が伴ってねぇぞ。そんな格好してる時くらいは、ガサツな行動は控えろよ!」
有紗は頬を膨らます。
「どうしてよ? 何のために?」
「はぁっ……またこれだ」
呆れ顔の玲音を、ジェンミがなだめる。
「まあまあレオ、今や日本ではそういう注意の仕方はセクハラって言われるんだからさ、気をつけなよ!」
「はぁっ?! ここはフロリダで、俺ん家だ! 率直に思ったことを言って何が悪い!」
有紗はまた一つフルーツをガブリと頬張ると、二人に背を向けてまたそのまま階段を駆け上がっていった。
「おい! アイツ、全然話聞いてねぇじゃねぇか! なんだあれは?!」
ジェンミは有紗を見送りながら意味深な笑みを浮かべる。
「どうも急なパーティーが入ったらしくてさ、フィリシアや|レオママと一緒に出席するらしいよ? それも『リッツ・カールトン』で。そうそうたるアパレルブランドのオーナーたちが集結するらしいんだ」
「へぇ……そうなのか」
「元々は管理職クラスだけが参加するつもりだったみたいなんだけど、来賓の中には若いデザイナーがいる新鋭ブランドもあるらしくてさ。きっと誰かさんが " アリサを引き合わせたい " って急に言い出したんだろ?」
「誰かさんって?」
「多分……お宅の母親かなぁ」
玲音は鼻をならす。
「ふん。どうでもいいが、そんな情報、誰から仕入れたんだ?」
「あ……" 誰から " っていうと……まあアリサにはなるけど……」
そのぎこちない返答に玲音は首をひねる。
「アイツがお前に言ったのか?」
「いや、アリサはボクにその話はしてないよ」
「はぁ? 意味がわからない。なんだ一体?」
「つまり……」
「つまり?」
「アリサが起きてるのかなと思って部屋に近づいたら、中から声がしてさ……」
玲音はハッとする。
「お前! また盗み聞きしたのか!?」
「いい加減その言い方やめてくれないかなぁ?」
玲音は呆れた表情で、椅子にもたれた。
「他に言い方が見当たらねぇわ! てか、お前の洞察力もある意味すごいな? 一方的なアイツの返答だけで、そこまで把握するんだから」
「ははは。それがさぁ! アリサ、かなりテンパってたみたいで、ほとんど復唱みたいに叫ぶもんだから……ふふふ。繋げたらパーティーの概要が見えちゃったってわけ!」
「お前もお前だが、アイツもアイツで抜け目だらけと言うか……」
「心配だよね?」
「ああそうだな! お前みたいな悪い奴が近くにいると!」
「失礼な! ボクはいつでもアリサを見守ってるじゃない!」
「いや、お前みたいなヤツが一番怪しくて危ねえんだ」
「ひどいよなぁ! あ……」
ジェンミが見上げた先に、有紗の姿がうつる。
「ようやく服が決まったんじゃない? ほら」
二人はまた同時に階段から降りてくる有紗に目をやった。
「なぁに?」
「あ……別に」
玲音はぎこちなく手元のカップに視線を戻す。
「アリサ! そのドレスすっごく似合ってる!! さっきのより断然いいよ!」
ジェンミは立ち上がらんばかりに有紗を仰いだ。
「え、ホントに?」
「うん! 今日の雰囲気にぴったりだ!」
「え? 今日の……雰囲気?」
有紗の不思議そうな表情に、ジェンミは笑顔で取り繕う。
「あ……ああ、こ、この清々しい朝の雰囲気に……かな? ははは」
有紗は首をかしげる。
「……ほぼここは毎日、清々しくて天気のいい朝だけどね……?」
「そ、そうだ! そのドレスならさ、耳元に大振りのヘアコサージュを着けていくのはどう? それも生花がいいんじゃない?」
その提案に、有紗は目を輝かせた。
「なるほど! ドレスの色が抑え目だから、ビビットなアクセサリーがあったらいいなって思ってたんだけど……ヘアコサージュか! さすがジェンミ!」
「どんなジュエリーよりも、素敵な演出になると思うよ!」
「そうね! ありがとう!」
「どういたしまして。なにしろ、こんなにドレスが似合ってるんだから、最高の色付けをしなきゃね?」
「もうジェンミったら、褒めすぎだって!」
形勢を立て直し、すっかり勢い付いたジェンミに、玲音は辟易としながら吐き捨てた。
「おい! もういい加減その女子っぽいやり取りはやめろ! それよりお前、時計見てるのか?」
有紗がぎょっとする。
「わ、ヤバ!」
「ほらみろ!」
ジェンミが車のキーに手を伸ばした。
「アリサ、今日はさすがに送って行くよ。そのドレスを汗で濡らしちゃいけないから、ちゃんとボクの言うこと聞いてよね?」
「ありがとう」
「ほら、バッグを取ってきなよ」
「うん!」
玲音が横目で皮肉を口にした。
「カバンの口はちゃんと閉めないとなぁ?」
「ちゃんと閉めてるって! また " 誰かさんの手帳 " が紛れ込んできたら困るしね!」
そう皮肉る有紗に、玲音は微笑む。
「ああ、確かにそうだな。気をつけろよ」
「うん。いってきます」
有紗は玄関に向かって歩き始めた。
「あ! それと! 飲みすぎるなよ! 絶対だぞ!!」
「ふふふ」
有紗は笑って手を振ると、ドレスの裾をはためかせながらドアの向こうに消えていった。
「くっそ、アイツめ……返事しなかったよな?!」
第97話『Let's get the party started! 』新しい朝 - 終 -




