第96話『The Echo After the Party』宴の残り火
階上から足音が聞こえてきたタイミングで、玲音とジェンミと司はそれまでの話題に口をつぐんだ。
ミセスランドルフとの電話を終えて軽い足取りで降りてきた有紗は、嬉しそうな表情で皆に明るく笑いかける。
「お待たせ! ねぇ聞いて! Mr.ウォーレンがあれから早速ミセスランドルフに連絡してくれたみたいでね、早速撮影が早まるんだって! 来週にでもモデルのオーディションを兼ねたPhoto sessionが実現しそうなの!」
興奮を隠しきれない様子でまくし立てる有紗に、三人は息を整えながら笑顔を向けた。
「そう。良かったじゃない?」
「うん。アイテムのセレクション会議が忙しくなりそうだわ! ねぇ司、帰ったらMr.ウォーレンにお礼を言っといてね。私も明日一番に連絡を入れるつもりだから」
「ええ、わかったわ。ジェームスも『ランドルフ』との案件にはかなり乗り気みたいだから、仕事が早いわね。これから忙しくなるんじゃない?」
ジェンミが肩をすくめながら、上目遣いに有紗を捉える。
「またミーティングが続いたりとかで、深夜まで会社に残る日が続くんじゃないの?」
ジェンミの指摘に、有紗は少し俯いた。
「まぁ……そうなるかな」
「やっぱりそうだよね……だったらさ、歩いて帰ってきちゃダメだからね!」
ジェンミの言葉に、司が同調する。
「そうよ! 平和な日本じゃなくて、ここはアメリカなんだから。セレブの街なんて言われてるけど、その分、窃盗や強盗の犯罪件数は……」
「わかってるって!」
頬を膨らます有紗をなだめるように、ジェンミがその顔を覗き込む。
「ねぇアリサ、帰りが遅くなるときは、ボクが『ランドルフ』の近くまで迎えにいくから、連絡しなよ? ツカサに心配かけちゃ、ダメだからね?」
「うん、わかった。実は……さっきも電話で、ミセスランドルフに釘を刺されたばかりなのよね」
「そりゃ良かったな」
そうぶっきらぼうに言った玲音の肩に、ジェンミが手を置いて微笑んだ。
司が椅子から立ち上がる。
「じゃあ私はそろそろ帰るわね。これ以上ここにいたら、きっとこの子がまた深酒して、面倒なことになりそうだし?」
有紗は抗議の視線を向ける。
「司! ひどい!」
「あはは! ねぇ有紗、来週、時間作ってくれる? 素敵なランチが楽しめるお店を見つけたの」
「うん! 行く行く!」
司は運転手に連絡を入れ、玄関に向かいながら玲音とジェンミに目配せをした。
「お邪魔しました。みんな、子供の相手をして思った以上に疲れているはずだから、ゆっくり休んでね。あの子達も本当に楽しませてもらって……ありがとう」
「またご家族でお越しください、マダム!」
ジェンミの言葉に微笑む。
「うふっ、じゃあお言葉に甘えて、また来させてもらうわ。子供たちももちろん喜ぶだろうけど、ジェームスもきっとジェンミにチェスのリベンジ戦を挑みたいだろうしね?」
ジェンミは嬉しそうに微笑みながら、司に挑戦的な視線を向けた。
「あはは。そのうち麻雀大会も開催しなきゃね?」
「あら? 随分ヤル気なのね? いいわよ、その時は本気で潰しにかかるけど?」
司の不敵な微笑みに、玲音と有紗は肩をすくめる。
「うわ、司のあの表情は本気だわ……」
「おお、怖えぇ……」
「あはは。じゃあね、おやすみなさい」
「おやすみ。子供たちにもよろしくね!」
司は迎えに来たハイヤーに乗り込むと、優雅に手を振った。
「ああ! 今日はホントに楽しかったぁ!」
そう言いながらリビングに戻る有紗の横顔を、ジェンミはひょいと覗き込む。
「でもアリサ、もう寂しそうに見えるよ? やっぱりママがいなくなったら心細いわけ?」
振り向いた有紗は頬を膨らませた。
「そんなこと言ってないでしょ!」
「ふふ。ボクたちがいるじゃん!」
そう言ってジェンミは有紗の肩に手をかけて耳元で囁く。
「まぁ……レオが目を光らせてるからアルコールはダメだけどさ、ボクたちで二次会でもしようよ!」
「いいね!」
玲音が正面を向いたまま、辟易とした表情で声を荒げた。
「聞こえてるぞ! ホントに飲むなよ!」
二人はばつが悪そうに笑う。
「はぁい! ETに誓って!」
「なんだそれ?! いちいちいじってんじゃねぇぞ! ったく、お前らはめんどくせぇ……」
三人はさっきまで座っていたテーブルに着いた。
「今日一日、ホントに面白かったよね? 探検してあんな素敵な場所にも行けたし」
天井を見上げ、夢の余韻に浸るような表情で話す有紗のとなりで、ジェンミはむくれた顔で玲音を睨み付ける。
「ボクはずっと前から " アネックス " の存在を話してたのに、レオは全然取り合ってくれなかったんだよ?! まるで人を嘘つき呼ばわりしてさ!」
「そうなの?!」
「だから……悪かったって!」
玲音のめんどくさそうなトーンに、ジェンミはさらに抗議する。
「いつもそうだよ! ボクにだけ冷たいんだから! ねぇ、アリサも見ただろ?! ロイとジェイクとライアンにはあーんなに優しく接してさ!」
「ホントそれ! 私もビックリしちゃった。司も感心してたわよ。意外な一面って感じ」
「そうか?」
玲音の関心のない声に、有紗が食って掛かる。
「ええ! ホントにビックリだわ。だって、まさかあの空港でぶつかった不機嫌で失礼なオトコと同一人物とは、まるで思えない対応だったしね」
険のある言葉に、玲音が目をつり上げた。
「ああ? なんだお前まで! ケンカ売ってんのか?!」
その時、それまで玲音を押さえるように笑っていたジェンミが、急に切迫した声をあげた。
「レ、レオ……」
「あ!? なんだ? ヘンな声だして」
「見てよ……アリサのとなりにあるボトル……」
ジェンミの視線にしたがって玲音が見つめた先にあるワインボトルには、ほぼ残量が確認できなかった。
「ウソだろ?! ま、まさか、空なのか? いつの間に……おい有紗! 飲むなと言っただろうが!!」
有紗はうるさそうに口を尖らせながら視線を逸らす。
「別にいいじゃない?」
「は?! さっきお前がETに誓ったんじゃねぇのか?! 司に言いつけるぞ!」
「なんで告げ口されなきゃなんないのよ! 私はコドモじゃないのよ?!」
「オトナの目を盗んで、やってることはコドモと変わらねぇだろうが!」
「なに言ってるの? 私はオトナでしょ!」
「どこがだ!」
「はぁ? その目は飾りものなのかしら? ちゃんと見えてる? どこから見ても正真正銘、オトナのオンナじゃない!」
「はぁ? オトナの女ってぇのはなぁ……」
有紗が攻撃的にテーブルから乗り出す。
「オトナの女は、なに?! NYでさんざんオトナの女をはべらせてたらしいけど、あなたにとってのオトナの定義ってなんなのよ! ほら! 言ってみなさいよ!」
ジェンミがうろたえながら有紗を座らせる。
「ちょっと……抑えて……」
「なっ、なに言ってんだ! はべらせてなんか……」
「だったらなにしてたのよ?! 仕事? ミーティング? へぇ……どんな会合だったんだか?」
「あーもう、うるせぇ! この酔っ払いがぁっ!」
「だから! 誰が酔っ払いよ!」
「は?! おまえだろ!」
ジェンミは天井を見上げながらため息をついた。
「あーあー……こりゃ夫婦喧嘩どころか、コドモの喧嘩だよ」
「はぁ?! だれが?」
「はぁ?! だれが?」
二人に同時に睨まれたジェンミは、顔をこわばらせながら苦笑いする。
「あ……いや……なんでもないです……あはは……参ったな」
その囁きをかき消すかのように、玲音と有紗の終わりの見えない言い合いは、夜が更けるまで続いた。
「はぁ……やれやれ……」
第96話『The Echo After the Party』宴の残り火 - 終 -




