第95話『PANDORA's Box』揺らいだ謎
玲音と子供たち、ジェームスと有紗、そして司とジェンミの一同が合流して全員でリビングに戻ると、テーブルには玲音がケータリングシェフにオーダーしていた、和のテイストが盛り込まれた創作料理が並んでいた。
賑やかなディナーを終え、ライアンの少し眠たそうな表情を見つけたジェームスは、子供たちを連れて一足先に帰宅すると言って席を立った。
「いや……ホントに優しい旦那様よね?」
子供たちに手を振りながらうっとりと話す有紗の横で、ジェンミも同じ顔をする。
「ボクも感動しちゃったよ! " 君はいつも子育てを頑張ってるんだから、今日くらいは親友と羽を伸ばすといいよ " なんてさ、なかなか言えたもんじゃないよね!? さすがMr.ウォーレン! ボクにとっての理想の男性像だ!」
「ふふ、確かに。私も感謝してるわ」
司も微笑みながら、有紗と共にリビングへ戻った。
極上のチーズと干し肉のオードブルに加え、今回三度目の登場となる " フムス " をつまみに、皆のワインが進んで行く。
有紗のスマホが振動し始めた。
その場では出ずに、握りしめたまま慌てた様子で二階に上がっていく有紗の行動と、それに誰も反応しないことに司は首をかしげる。
「なに? 仕事の電話なの?」
階段を見上げる司に、ジェンミは首を横に振る。
「じゃあ……誰なの?」
玲音がため息混じりに口を開いた。
「俺の叔母だ」
「え? ミセスランドルフ?」
ジェンミが頷く。
「うん。だいたいいつもこのくらいの時間にかかって来るんだ。大抵フィリシアだけど、レオママの時もある」
その話に司はまた不可解な表情をみせる。
「なに? それは " 定点会議 " なの?」
玲音が肩をすくめた。
「いや、どっちかって言うと " 生存確認 " って感じだろうな」
「はぁ? なによそれ?」
「アリサはここで一人で暮らしてることになってるだろ? だから親心でアリサのことを気にかけてるんだと思うよ」
そう言ったジェンミに向かって、司は顔を明るくして眉を上げた。
「へぇ。そうなんだ? 有紗、大事にしてもらってるのね」
「うん。特にフィリシアはレオに似て心配症だからさ」
玲音が反論する。
「誰が心配症だ!」
「え? 気付いてないの?! レオだってアリサに対してはかなりの心配症だと思うけど?」
「はぁ、お前に言われたかねぇわ!」
「いやいや! NYにいてもアリサのことが気になって、ボクに根掘り葉掘り聞いてきたじゃん?」
「あれは……お前が電話してくるのに付き合っただけだろうが! 『ディズニー・ワールド』からわざわざ連絡してきたかと思ったら、ノスタルジックな話ばっかりで。そっちこそどうした? お前らしくないって、ずっと思ってたんだ」
ジェンミは、あのホテルの窓辺を思い出す。
わざわざ出先から玲音に電話して、銭湯の話をふったりしたのは、あとから考えれば自分でも滑稽に思える。
しかし、子供の頃のキャンプの話をしたとき、自分にとっては大切な思い出だったことが玲音にとっては記憶にも残らない他愛ない出来事だったのだとわかり、落胆した夜だった。
同時に生まれた憎悪に近いその時の感情と、何度となく垣間見た幾つもの有紗の複雑な表情が蘇り、瞬時にぐちゃぐちゃと胸を圧迫し始める。
ジェンミは慌てて心を引き離した。
司が覗き込むように視線を合わせる。
「ジェンミ、どうかした?」
「あ、いや。ちょっと思い出したことがあって……」
ジェンミは誤魔化すように咄嗟にそう口にした。
「なぁに?」
どう答えるべきか定まらない。
「え……あ、そうだ! ボクがアリサにこっそり付いていった『エプコット』の日なんだけどさ、夕食はパークでとらず、カメラマンと一緒にわざわざアリサの宿泊するホテルのレストランに行ったんだよ。カメラマンはそこに宿泊してないのにわざわざ移動するなんて変だなって、思って……」
司は顎に手をかける。
「うん……ホントね。どうしてだろ? ねぇジェンミ、そのホテルって?」
「ああ、オールスター……」
瞬時に驚いた表情になった司が被せてくる。
「えっ! もしかして……『オールスター・ミュージック・リゾート?!』なの?!」
「そ、そうだけど……」
司は慌てて表情を戻すも、その驚きの大きさは二人に伝わった。
「それが……なにか?」
ジェンミは伺うように覗き込む。
「ううん別に。そうだったのね……」
司は努めて落ち着いたように、表情を明るくした。
「じゃあ、あのフードコートみたいな、だだっ広いレストランに行ったのね?」
「うん」
「そっか。きっと懐かしいからそこにしようってことになったんだと思うわ」
「そうなの?」
「ええ。昔ファビュラス一行で泊まってたホテルでね。よくそこで食事しながら会議してたのよ」
「へぇ。だからかな? 二人とも、すごく盛り上がった雰囲気で話しててさ」
「でしょうね。私も同行したかったわ。どこを見回しても、懐かしい旅になっただろうから」
「ただ……何がきっかけかわからないけど、急にアリサがヤケになったみたいにワインをぐいぐい飲み始めて……カメラマンも止めてたみたいだけど、聞く耳を持たないって感じでさ」
「え? 何があったの?」
「いや……耳をそばだてようにも近寄れないから聞こえなくてさ。あ、そうだ……これは司にはまだ言ってなかったかもしれないんだけど……実はボク、昼間に『エプコット』でそのカメラマンに直接、声をかけられちゃってさ」
「へぇ……」
司が瞬時に玲音と目を合わせる。
上ずる声を押さえながら、司はジェンミを見据える。
「そう……アキノブさんは、どうしてあなたに?」
ジェンミは首を振った。
「わからない。ちゃんと距離をおいてたし、怪しい行動をした覚えもないんだけどね」
「それで? その時は何を話したの?」
「いや、それが……ボクも焦ってたから、とにかく誤魔化さなきゃって必死で……つい、その……韓国語で……」
「韓国語?!」
となりで吹き出した玲音が、ギロッと睨むジェンミをやり過ごす。
「それをまともに受け取ったみたいで、そのカメラマンも韓国語で返してきたらしいぜ」
「そうなの? まぁアキノブさんは下積み時代にアジア各国を回ってたって聞いたことがあったから、語学には長けてると思うけど……それで? どうしたの?」
「うん。その後は距離を保って過ごしただけ。まぁその後のディナーの時は、昼間にニアミスして面が割れてるから、近付けなくてさ。もちろんアリサに見つかるわけにもいかないし……だから会話の内容もわからないまま、ただアリサが潰れていくのを見てるしかなくてさ」
「え……潰れるほど飲んでたの?!」
「うん……俯いて、なんか泣きそうな顔してた。そしたらアリサ、急にすくって立ち上がってさ」
「え?!」
「カメラマンが送って行くって言ったんだと思うけど、そこでちょっとした押し問答っていうか……」
「え……なによそれ?!」
「結局、カメラマンがなだめたのか、一緒のエレベーターに乗って送っていったよ」
「へぇ……アキノブさんが……」
「部屋の前まで送ってすぐ分かれたから、カメラマンは自分のホテルに帰ったんだと思うけどね」
「ふーん、なるほど。彼が送りオオカミにならないかって、心配して後を追ったのね? 内心ヒヤヒヤしてたとか?」
「もう、ツカサ!」
司が肩をすくめる。
「はは、ごめんごめん」
「そんな心配はしてなかったよ。そのフロアに降りたったとき、アリサももう落ち着いてたし。それになんか、フロアに着いたとたんカメラマンがやたら盛り上がってさ。ムードもなにもなかったからね」
「フロア?」
「うん、七階のね。そういえば、しきりに " 懐かしい " って言ってたなぁ?」
「えっ! ……七階?」
「そうだよ」
司は驚きを隠せずに視線を泳がせる。
「ねぇジェンミ……有紗がどの部屋に泊まったかって……わかる?」
「ああ、ルームナンバー? わかるよ。えっと……" 7010 " だったかな?」
「ええっ!?」
息を飲むように目を見開いた司の表情が固まった。
「" 7010 " って……」
「なにか……意味があるの?」
「そ、それは……」
再び司が視線を伏せたとき、階段の上から足音がして、皆は瞬時に視線を合わせて一斉に口をつぐんだ。
第95話『PANDORA's Box』揺らいだ謎 - 終 -




