第94話『Silent Compassion』寛容性
" アネックス" のリビングでくつろいでいた一行は、ディナーの時間が近づいたとメイドから連絡を受けた玲音が立ち上がると、それをきっかけに女性陣が子供たちに片付けの指示を始めた。
将棋盤ではなく、結局チェスを挟んでの対局となったジェームスとジェンミには、ちょうど勝敗が訪れる。
ジェームスは腕を組み、敗北を悟ったように天井を仰いだ。
「うーん……将棋ならまだしも、チェスでも歯が立たないとは……参ったな。ジェンミくん、君はクレバーな人だね。いや、ジーニアスと言うべきか?」
「あ……いや……」
ジェンミが恥ずかしそうに微笑むと、そばで聞いていた玲音が豪快に笑いだした。
「はは! ジェンミ、お前、大学時代と同じこと言われてんな?!」
「大学時代?」
司が首をかしげる。
「コイツ、大学の試験前はそれぞれの学部の連中からちやほやされて、クレバーだのジーニアスだの言われて……重宝がられてたからさ」
ジェンミはギロッと玲音を睨む。
「なんだよ他人事みたいに! 結局一番ボクをコキ使ってたのはレオじゃないか!」
「ははは。まぁそうかもな。お陰でバッドスコアを免れてたわけだし?」
「ホント、ボクを思うがままに使ってさ!」
「そんなことねぇだろ? むしろお前が俺をいじって話題作りしたりしてたじゃねぇか」
「あ? なんだ、気付いてたんだ?」
その言葉に玲音はムッとする。
「このやろう! 悪びれもせずに……」
玲音がふと目を上げると、司と有紗が同じ表情で自分たちの様子をうかがっていた。
「おい! なんだ?! 二人してその期待するような含み笑いは!」
「ふふふ」
二人は顔を見合わせて笑うと、逃げるようにリビングの子供たちの元へと歩き始める。
「きっと彼女たちは、噂の " トムとジェリー劇場 " に期待してたんじゃないかい? 私もお目にかかりたいもんだよ」
ジェームスの言葉に、玲音が肩を落とす。
「ちょっと! Mr.ウォーレンまで……」
「いやいや、毎日愉快なのはけっこうけっこう!」
ジェームスはそう言って、にこやかにリビングに向かって歩きだした。
「……ありゃきっと、女性陣に吹き込まれてんだな……」
玲音が肩をすくめる。
「フッ、間違いないね。さ、レオ、ボクらも本腰を入れて片付けますか?! あの膨大なレールの量は、なかなか手強いからね」
「はは。そうだな」
大人も総出でレールの片付けが始まった。
「Hey boys! おもちゃは奥のクローゼットに運ぶのよ!」
ママの指示に、賑やかにバタバタと子供たちが往復する廊下から、両手いっぱいに電車を持ったまま三男のライアンがたどたどしくクローゼットに入ってくる。
その荷物を受け取りながら、司はしゃがんで視線を合わせた。
「あらあら……ライアン、こんなにたくさん持ってきたの? 上手にお片付けできたわね」
側にいたジェンミが、彼を見送る司の表情を覗き込みながらクスッと笑う。
「なぁに?」
「いや。ツカサ、ママの顔してるなって思って」
「そりゃそうでしょ? じゃあ、これからはあなたにもこういう顔で接するべきなのかしら?」
「あはは、それもいいなぁ」
バタバタと大きな足音が聞こえてきて、今度は兄の二人がクローゼットに走り込んできた。
「ちょっと! ロイ、ジェイク! ライアンが一生懸命仕事してるんだから、あなたたちも遊んでないで手伝いなさい!」
「Yes Mom!」
そう言いながらも依然として走り回っていた二人が棚にぶつかって、上段の箱が床に落下した。
「コラッ! 落としたらちゃんと拾いなさい! あ……もう全然聞こえてないんだから……」
ジェンミが笑いながら肩をすくめた。
「あはは、怖っ! やっぱりママって迫力あるよね!」
「当たり前でしょ?! 躾も親のつとめなんだから」
司はため息をつきながら、その棚に近づいていく。
「全く……夢中になったら止まらないんだから」
「男はみんなそうだよ」
「確かに」
「なんかさ、ロイとジェイクを見てたら、子供の頃のボクとレオを思い出すんだ」
司はふと顔を上げてジェンミを見つめる。
「あら奇遇ね? ついさっき誰かさんも同じこと言ってたわよ?」
「そうなの? レオが?」
「ええ。彼とあなたは、あのプールでも、このおもちゃでも一緒に遊んでたんだもんね?」
「そう! まさにこんな感じでさ」
懐かしむように部屋を見回すジェンミをみあげながら、司はハタと気付いたように眉を上げる。
「ちょっと待って! 大人になった今も尚、あなたたちに " トムとジェリー現象 " が続いているってことは……私はこれからもずーっとあの子たちに「コラーッ!」って言い続けなきゃいけないってこと?!」
「かもよ? 男は永遠に子供だからね」
司がうんざりとした表情を見せた。
「わぁ……先が長いわ……」
「あはは。覚悟しなよ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「でもさ……子供の頃って、怒られるかもってビビったりしてたけど、今は怒られるのも悪くないかもって、そう思ったりするんだよね?」
「ん? ジェンミ? それって私に叱られたいってこと?!」
「ええっ? そう切り返されるとさ……なんかボクが変な趣味を持ってるみたいじゃない?」
「あはは! わかってるって! 大人になると、自分に関心を持ってくれたり本気で叱ってくれる人って、大人になるほど貴重なのよね。そんな人の大切さとか、そういう親心がわかるようになってきたってことでしょ?」
「さすがツカサ! ボクのママになってくれただけのことはある!」
「あはは! ホントに息子が増えちゃった気分! 悪くないわね? なんだかあなたがとってもかわいく見えてきたもの」
「損はさせないよ、mom!」
「あはは」
司は微笑みながらしゃがむと、子供たちが落とした小さな箱を拾い上げ、中からこぼれたものをしまっていった。
最後に四角いものを取り上げた司は、何気なくそれを裏返す。
「写真立てね? え……」
司の表情の変化に、ジェンミが首をかしげる。
「どうしたの?」
「えっと……これは」
その言葉にビクッと反応したジェンミが足早に近寄って、司の手からその写真立てを抜き取った。
「あ……」
ほんの一瞬、緊迫した空気が流れた。
司がサッと切り替える。
「あ……じゃあ、私は子供たちを連れて中庭に戻るわね」
「あ……うん。ボクもすぐ行くよ」
司が出ていくと、ジェンミは改めて手の中の写真立てをゆっくり開き、その中の写真をじっと見つめた。
そしてゆっくり俯くと、暫しその場に佇んで、静かに息を吐いた。
司が中庭に戻ると、ライアンを抱き上げた玲音が、ロイとジェイクを従えて館内へ向かうのが見えた。
ロイの腕にはETがぶら下がっていて、玲音を真似て抱えようと頑張る彼の姿が、まるで玲音が小さくなったかのようで微笑ましかった。
「あはは、見てよあの軍団!」
後ろから追い付いてきたジェンミが、司の肩に手を置きながら明るく笑った。
「レオは司の子供というよりは、彼らのパパの方が向いてそうだね」
「ホントね! あはは」
朗らかに笑う司の横顔を見つめながら、ジェンミは静かに問いかけた。
「……なにも、聞かないんだね?」
司は遠くを見たままで平静を保っている。
「あんな写真……見たのにさ……」
声のトーンを落とすジェンミに向き直った司は、ふんわりと微笑み返す。
「ええ、私からはね。何か話したくなったら、いつでも聞くから」
ジェンミは少し驚いたように顔を上げた。
「……ありがとう」
「なにお礼ナンテ言ってんの? ほら、夜はまだ始まったばかりよ!」
司はポンとジェンミの腕を叩く。
母とジェンミに気付いた子供たちが、手を振って二人を急かした。
「さぁ、行きましょう! ジェンミ」
「うん!」
第94話『Silent Compassion』寛容性 - 終 -




