第92話『Annex is like a secret hideaway』秘密の隠れ家
ジェンミの提案で、『ランドルフ邸』のガレージの側にあるという " 離れ " にアムトラックの模型を取りに行くことになり、司とジェンミにまくし立てられた玲音は面倒くさそうに立ち上がった。
「ええっ……俺も行くのかよ?」
「そりゃそうだろ? 家主も居ないのにボクが勝手に部屋を開けるわけにはいかないじゃない?」
「行ったこともねぇのに……」
けだるそうに表情をゆがめる玲音に、司が笑う。
「フフッ、ホントに知らなかったのね?」
「ホント、ヌケヌケの家主だよね!?」
「うっせー!」
「まあいいじゃない、なんか楽しそうだし? 行ってみましょうよ!」
「はぁ……なんで俺まで……」
プールサイドで子供たちを見ている夫のジェームス・ウォーレンと有紗を残し、司と玲音は、率先して歩き出すジェンミの後に続く。
「ねぇ、ツカサん家の鉄道模型って、どんなの?」
「ああ、ウチの実家から日本のプラレールが送られてきたから、それも一緒に広げて遊んでるわよ?」
「へぇ、日本の電車かぁ……新幹線とか? 山手線とかもあるのかな?!」
ジェンミが色めき立つ。
「ええ。モノレールとか? そんなのもあったはず」
「楽しそうだなぁ! 懐かしいよねレオ? あのリビングいっぱいにレールを張り巡らせてさ、あまりにもデカすぎて片付けがままならないからって、レオママにもフィリシア にも怒られたこともあったしね?」
ジェンミがそう言うと、玲音は口角を下げながら笑った。
「ああ、そんなこともあったなぁ……でもあれだけのセットが、まだこの家にあんのか? あれ以来、見た覚えはないしな。叔母の家とか母親の家? ああ……そりゃ、ないか? わざわざ運び出すメリットもないし、なんならもう処分しちまった可能性もあるぞ?」
「えーっ! そんなぁ…… いいや! きっとあの " 離れ " にあるって!」
頬を膨らますジェンミの横顔を、玲音は不思議そうに覗き込む。
「なぁ、そもそも、なんでお前がそんなとこ知ってんだ?」
「ああ、それは……ゲストルームとして使ってたって、メイドが話してるのを聞いたことがあったからさ」
「は? 俺は聞いたことねぇけど?」
「自分ん家なのに、知らない方がおかしいだろ?」
玲音は興味のない様子で肩を上げる。
「そんな部屋もアムトラックも、もうないんじゃねぇか? まぁ、欲しけりゃまた買ってやるけどなぁ。ETと有紗も一緒に遊んでやれ」
ジェンミと司はその光景を頭に思い浮かべて、同時に吹き出した。
「あはは! そりゃいいね」
「フフッ。永遠にループしてるのを想像したらシュール 極まりないわね!」
「はは。ホント!」
ガレージに到達すると、ジェンミはその外側に沿うように続く細い通路に足を踏み入れた。
「ほら! こっちの小路に入るよ」
玲音は驚きに目を白黒させる。
「なんだここは?! こんなところに道が……ここから先が存在するのか?!」
「それが、あるんだなぁ! なんか楽しいだろ?」
見たことのない扉をいくつかやり過ごしながら、玲音は首を捻った。
「敷地内なのに……マジで知らない場所だ」
「まぁ、仕方ないよ。メイドの更衣室だったり、掃除用具一式が入っている倉庫とか、確かにレオからすれば用事のない場所だから」
「まだ先があるのか? これ以上奥に行ったらもう庭の端になるんじゃ? ん……?!」
急に開けた場所に出てきて玲音は驚く。
「……なんだここは?! まるで一軒家が忽然と現れたみたいだ……」
司も立ち止まって周りを見回した。
「本当ね……なんだか日本の " 戸建て " みたいなイメージだわ」
突然現れた建物の玄関口からは、外の道までのごく短い道が延びていて、石畳が連なっている。
「あそこにある扉は、外につながってるのか?」
「そうだよ。外から見れば普通に、ここに一つの家があるように見えるんだ。ガレージに隣接しているから大きな建物に見えるけど、中の部屋自体は見た目ほど広くない。それこそ、日本の戸建てぐらいしかないと思うよ」
「そうか……それで? お前は、ここに入ったことがあるのか?」
玲音の問いかけに、ジェンミは一瞬息をつくも、フッと笑顔で頷いた。
「……ああ、まぁね。子供のころ、メイドがおもちゃを片付けてくれた時に、ついて来たことがあったから」
「そっか……」
ジェンミはメイドに預かったという鍵の束をポケットからジャラっと取り出した。
プレートを見ながら一つの鍵を選んで鍵穴に差し込む。
「さあ、中に入るよ?」
玄関に足を踏み入れると、司が驚いたように足元を見つめた。
「わ、タイル張りのタタキだわ」
玲音が首をかしげる。
「タタキって何だ?」
玲音がそう尋ねる横で、ジェンミは平然と靴を脱ぐ。
「玄関の靴を脱ぐ場所を " 土間 " って言ったり " タタキ " って言ったりするの。日本では当たり前だけど、アメリカじゃこういった土間はあまり見かけないわよね?」
「ああ……そうだな」
「意外ね、知らないなんて。やっぱり玲音は、アメリカの子なのね?」
「まぁな。しかし……自分の家の敷地内にまさかこんな場所があったとは……」
「そりゃ驚くわよね? でも本当に日本の家みたい。フロリダにいることを忘れてしまいそうだわ」
玲音と司が物珍しそうに辺りを見回している間に、ジェンミは廊下に進み、勝手知ったる様子で照明のスイッチに手をかけた。
少し薄暗い空間に明かりが灯ると、ジェンミは更にどんどん奥に進む。
「確か……この一階の奥におもちゃ部屋があったと思うんだよね」
慌ててついていく玲音が不可解な顔をする。
「お前、ここに来たのは何年ぶりだ?」
「そりゃ……子供の頃だから、二十年近くは経ってるだろうね」
「なのに、よく覚えてんな?」
「まぁ……子供の頃の記憶って、妙に鮮明に残ってるもんじゃん?」
ジェンミの言うように突き当たりには部屋があり、開くとそこにはアムトラックの絵が書かれた大きな箱があった。
「ほらほら! あった!」
「わぁ、本当ね!」
「見て! あっちの大箱は全部レールだよ! 他にもなんか見覚えのあるおもちゃがある!」
嬉しそうに駆け寄るジェンミに続いて、玲音も懐かしそうにその箱に歩み寄った。
「ねぇ、これを全部あっちの棟に運んでいくは大変だからさ、子供たちをここに連れてきて、ここのリビングで広げるのはどうかな? 片付けも簡単だし?」
ジェンミの提案に司が頷く。
「そうね! じゃあ私が呼んでくるわ」
「オーケー! じゃあボクとレオは、これをリビングまで運んでおくよ!」
司はきびすを返し、サンダルを突っ掛けながら子供たちのもとへと出ていった。
「リビング? そんな部屋、通ってこなかったが……どこにあるんだ?」
箱を吟味しながら、ジェンミは廊下を指差す。
「途中に扉があっただろ? そこがリビング。さぁ、こっちこっち!」
ジェンミと玲音はレールの箱を持ち上げながら、もと来た廊下を戻って、その扉を開けた。
少し開けた空間が現れて、ジェンミはさっと窓際へ向かうと、天井まであるカーテンを手動で開け始める。
「ジェンミ、この部屋……何年も使ってないはずだろ? なのになんで掃除が行き届いてるんだ?」
「え……さぁね? メイドが日常的に掃除してるんじゃない? ゲストルームとして使えるって話、してたわけだし?」
玲音がまた首をかしげた。
「ゲストルームなんて、もともとあっちに幾つもあるんだぞ? わざわざこんな奥張った隠れ家みたいな所に人を入れるか?」
「まぁいいじゃん。ここはこのまま使えそうだし、子供たちもプール遊びで疲れてるだろうから、おやつをこっちに運んでもらうのはどう?」
「あ……そうだな。なら、手配するよう言ってくる」
「うん、お願い。ボクはここにおもちゃをセッティングしておくよ」
「ああ」
玲音が出て行くと、ジェンミはピタリと手を止めて、スッと表情をなくした。
部屋の中を静かに眺め、中央にそびえる階段に向かうと、さするように手すりに触れ、一段一段踏みしめながら二階に上がる。
そして突き当たりの部屋の前に立つと、震える指先を堪えながら、ポケットから出した小さな鍵を差し込んで静かに回した。
カチャリと音を立てたドアノブをゆっくりと回す。
「ただいま……母さん。ようやく、この場所まで戻って来たよ」
そう一人呟いたジェンミは、ドアの奥に静かに消えていった。
第92話『Annex is like a secret hideaway』秘密の隠れ家 - 終 -




