第89話『The Moment of Confession』カミングアウト
有紗が席を外している間、ジェンミは司に、かつて有紗とギリシャに同行した当時の編集長について尋ねた。
「もしかして……オトコ?!」
そう聞かれた司が一瞬たじろいだのがわかって、玲音とジェンミは目を合わせる。
「……ねえ、ツカサ」
ジェンミがほんのり微笑みながらも、どこか改まった声音で切り出した。
「実はボクたちでさ、アリサの行動について話してたんだけど……ディズニー・ワールドには何か特別な思い出があるんだよね? そのせいか、不可解な行動が目についたことが何度かあってさ。いくらボクたちで考えたってわかんないし、それになんか、本人には聞けない雰囲気なんだよね。触れない方がいいのかなとも思ったんだけど……それでね、ツカサと会った時に聞いてみようかって話になってさ……」
「そう……なのね」
司は迷いのある表情を見せながら、チラリと玲音に目をやる。
「ねぇツカサ、質問しても……構わない?」
ジェンミの申し出に、司はスッと玲音から視線を外して顔を上げた。
「ええ、もちろん。でも、私で答えられることなんてたいしてないわよ?」
そう言ってフッと口元を緩める。
「質問ってなにかしら? 好物のフムス以外にも、何か変わったことがあったとか?」
司のその切り返しに、ジェンミは表情を明るく切り替えた。
「いや、まぁ……それだけじゃ、ないんだけどね?」
ジェンミはテーブルの上で両手を組んで座り直す。
「ツカサは知ってるのかな? ディズニー・ワールドに出かける予定よりも前にさ、ボクがアリサに突然置いてけぼりを食らうっていう、世にも " 哀れな事件 " があったってこと!」
笑いを誘うかのように大袈裟に言って見せるジェンミに微笑みながらも、司は首をかしげた。
「それは……もともとそういう予定ではなかったってこと?」
「うん。まるで思い立ったように急にアリサはボクを置いて出掛けちゃったんだ。ツカサは最初から聞いてた?」
「いえ……私も後から聞かされたから、てっきり予定してたもんだと思ってたわ。まぁ、急遽カメラマンのスケジュールが取れたから、それで彼とエプコットを回ることになったのよね?」
ジェンミは眉をしかめる。
「そう! ボクとしてはそれすらも寝耳に水だったけどね! そりゃ、そもそも取材旅行なんだから、仕方がないとは思うけどさ……ただ、問題はそこじゃないんだよ」
「というと?」
「アリサ、カメラマンと会う日の、更にもう一日前に、黙ってこの家を出てるんだ。どこに泊まるのかも、どうして二日も前から出発するのかも、誰にもなんの理由も言わずにさっさと出て行っちゃってさ。ボクと合流した後も、その初日の行程については教えてくれないんだよ」
「え? 二日前……だっけ?」
司は不可解な表情で、またチラリと玲音を見た。
ジェンミが司の顔を覗き込む。
「ねぇ、ツカサはさ、何か……知ってるの?」
「いいえ……私は。彰信さん……あ、カメラマンね、彼のスケジュールが一日しか取れないから、単に朝早くからパーク入りするために前乗りしたんだろうって、漠然と思ってたけど……その前の日の早朝からどこかに行ったってなんてことは、初耳だわ」
「そっか……正直、ツカサが知らないなんて意外だな。ツカサに聞けばわかるって思ってたから……」
ジェンミは更に、意味深な眼差しを向ける。
「じゃあ……ツカサはさ、アリサがそこまでして、一体どこに行ったんだと思う? ツカサなら……なんか予想がつくんじゃない?」
「ん……なんだろ? 私に話さないってことは、有紗にも考えがあってのことなのかもしれないし。ごめんなさい、私にはやっぱりわからないわ」
司の表情に困惑を見たジェンミは、沈んだ空気を断ち切るかのように、サッと立ち上がって微笑みかける。
「ところでさ! アリサ、全然戻ってこないよね?! ボク、ちょっと見てくるね!」
そう言ってジェンミが席を外して建物の中へ姿を消すと、司はフッと肩を下ろした。
「……大丈夫か?」
玲音が静かに声をかけると、司は少し息をつきながら頷いた。
「ああ……ええ、大丈夫。それにね、本当に知らないの。てっきりカメラマンとエプコットに行った日が初日だって思ってたし。どこに泊まったのかも、聞かされてなかった」
「そうなのか……」
扉が開いて、ジェンミが庭へ駆け出してきた。
「ツカサー! " イイオトコ " が来てるよ!」
ジェンミの言葉に玲音が首をかしげる。
「ああ?! なんだ? また " イイオトコ " の話??」
「ああ、ジェームス? いつ来たんだろ?」
「ええっ!? ウォーレン氏のことだったのか」
玲音がようやく腑に落ちた顔をした。
「あはは、そうみたい。で? ジェンミさん、彼と有紗は?」
「さっきアリサがダイニングに戻ったタイミングでウォーレン氏が来たみたいでさ、そのままイベントの打ち合わせが始まってるんだ。終わったらこっちに来るって。ああ、アリサがウォーレン氏にフムスを振る舞ってたよ。ボクはお茶のおかわりを!」
「そう。ありがとう」
「じゃあツカサ、話の続きをしようか」
そう言われて、司の顔にまた緊張が走る。
「っていうか……先にボクの方からカミングアウトしちゃおっかな?」
「え?」
その言葉に玲音と司は同時にジェンミを見つめる。
「何の……話だ?」
ジェンミは笑みを浮かべながら、真っ直ぐに司を見つめた。
「ツカサを信用して話すね。実はさ……ボクも、エプコットに居たんだよ」
「エプコット……」
「うん。実は僕もエプコットについて行ってたんだ。アリサにナイショでさ」
「へ、へぇ……『マジック・キングダム』から、じゃなくて?」
「もちろんアリサもそう思ってるけど……実はその前の日の朝から『ディズニー・ワールド』に入ってさ。ボク、『エプコット』で待ち伏せしたんだよ。こっそりとね。レオも知ってる」
司は玲音の方を見た。
「そう……でもよく有紗の事、見つけられたわね。あの広大な『エプコット』で、有紗がどこに居るかなんて……」
「いやぁ……実はアリサがここを出発する前に電話かけててさ。そのカメラマンの人と待ち合わせの時間と場所を話してたのが聞こえちゃって。さすがにそれがなきゃ、ボクも行かなかったと思うけどね」
「へぇ……すごい行動力ね。ジェンミさん、わざわざ身を隠してついていったのは……なぜなの?」
「ん……どうしてかな? まぁ、色々気になることが多かったからね」
「気になること……ねぇ?」
「あっちに行ってからもさ、ボクはあくまでも見守りのつもりなんだけど、レオにはすっかりストーカー扱いだよ! ひどいだろ?」
ジェンミは肩をすくめてみせる。
「ふふっ。ジェンミさんはどうして有紗を見守るの?」
「うん……なんかアリサ、辛そうだから。ほっとけなくて。いつも明朗快活なアリサが、時折不安そうな顔をしたり、何かに苦しんでいるように見える時があるんだ。だから、それがなにか確かめたくて、原因が分かれば、助けることも出来るかなって……思ったからさ」
司は一瞬、目を伏せる。
「ジェンミさんは、ずいぶん親切なのね」
「そう? ボクさ、周りの人にはみんな幸せになってもらいたいんだ。特に女の子にはね! アリサとは縁あって同じ屋根の下で暮らしてるんだし」
「そう。フェミニストなんだもんね? でもホントに同居人ってだけなのかしら? もしかして、有紗のこと、好きだったりとか?」
ジェンミはふわっと微笑んで顔を上げると、建物の方向を眩しそうに眺めた。
「うん、好きだよ。自分でも……驚くほどにね」
第89話『The Moment of Confession』カミングアウト - 終 -




