第83話『The Memory Hidden in the Back Alley』裏通りのBar
『ウォルト・ディズニー・ワールド』から帰宅する前に立ち寄ったダウンタウンの『クレマチス・ストリート』での有紗の不可解な行動について、ジェンミが話し始めた。
「なんか急に思い立ったような顔をしてさ、ストリートの北側の裏通りをどんどん入って行くから、慌てて後を追ったんだよ。そしたら、ローカルでも知ってるかどうかって感じの間口の小さい隠れ家的なBarの前に立って、" ここにしよう " って言ってさ、躊躇なく入っていくんだ」
「裏通りの……Bar?」
「うん、玲音なら知ってるかもね。『Dim-hide』っていう店なんだけど……」
「えっ?! あの『Dim-hide』?! 日本人マスターが居る店か!?」
「あ……いや、それがさ、店主が変わったみたいで……っていうかレオ! よく知ってるよね?! あんな裏路地の小さな店、ボクでも知らなかったよ。さすがダウンタウンを遊び尽くした " 帝王 " だけはある!」
玲音はあからさまに嫌な顔をした。
「ああっ?! だれが帝王だ! 人を " party animal " みたいに言うな!」
「はぁ? 遊び人じゃなきゃなんなのさ?! ボクがfinal examの勉強にいそしんでるときも、フラフラとダウンタウンへ出掛けては朝まで豪遊してさ! ボクの作った資料を使って、bad scoreを免れたこと、忘れないでよね!」
「ははは! 懐かしいな! あの頃ジェンミはgeniusだcleverだって、レポートの度に神扱いされて、崇められてたよな?」
「ホント最悪だよ! 調子のいい連中ばかりだったからね。レオを筆頭に!!」
玲音は頭を掻きながら、笑顔をひきつらせる。
「はは。ずいぶん助けてもらったよな」
「わかってりゃいいんだよ!」
学生時代の思い出が瞬時に蘇り、二人の間にあの頃の空気が流れた。
「でも……あのマスター、もういないのか……」
玲音が残念そうに呟く。
「マスターと日本語で会話すれば周りに知られず何でも話せるからさ、言いたい放題しゃべくりながら、朝まで飲んだりしてたんだけどな……」
「へぇ、けっこう常連だったんだね? そのマスター、日本に帰ったんだってさ」
「そうか……」
「今はガタイのいいヒスパニック系のマスターがいてさ、アイリッシュの奥さんと二人でやってるんだけど、そのマスターが教えてくれたよ。東京で同じ名前で店を出してるらしいって」
「え?! そうなのか?」
「うん。今度はどうもスポーツバーみたいなんだけど」
「ああ。あのマスター、無類のバスケ好きだったから、スポーツバーもやってみたいって言ってたなぁ」
「探したら見つかるんじゃない? 日本に戻ったら行ってみようよ」
「そうだな!」
ジェンミは伏し目がちに言った。
「あ……アリサもさ、探してみるって言ってた。まぁ、だいぶん酔ってたから、覚えてるかどうかわからないけどね」
「そうか……」
ジェンミがうつむき加減で呟く。
「なんかさ、不思議な感じ……」
「何が?」
「だって、そのマスター目当てでアリサはあの店に行ったんだよ。その人と、レオが親しかったなんてさ。偶然っていう言葉では片付けられないくらいだよね?」
「そうだな、そう言われてみれば……」
玲音の中に、有紗とのこれまでの不思議な出来事が巡る。
あの空港で偶然ぶつかったのも、彼女にこの家で植木で殴りかかられたのも、そもそも彼女のターゲットが『ランドルフ』だったことも……
全てが偶然では片付けられないほどの運命的なものであると、玲音自身も感じざるを得なかった。
「その『Dim-hide』さ、店の雰囲気もだいぶん変わってたみたいだよ。アリサが言ってた。聞いたことない名前のカクテルを注文してたけど、それももう今はやってないって言われてたし」
「そうか……アイツ、一体いつ頃に行ったんだろ?」
「そうだよね。多分、何年か前『ディズニー・ワールド』に行ったっていう、『月刊ファビラス』の取材旅行の時だろうね。店を見つけたときも、なんか取り憑かれたみたいに迷いなくその扉を押し開けて入っていって、サッと席も決めてさ。でもマスターとの話が終わったとたん、アリサがボクの目の前で堰を切ったようにグイグイ飲み出して……なんかボクのことすら、見えてないみたいだったんだよね」
「なんだそれ?」
「わかんない。そしたらあっという間に潰れちゃってさ。言葉も聞き取れないから、とりあえずタクシーに乗せて帰ってきたってわけ」
「結局……最後の最後まで何も解明できないままなんだな……」
「アリサは何にも話してくれないからね。でもまぁ、この旅はさ、終始楽しんでくれたと思うし、それこそ子供みたいにはしゃいだアリサも見られたしさ、ホント楽しかったから行って良かったと思ったよ。ボク、『月刊ファビュラス』にもだいぶん貢献したんだからね!」
胸を叩きながら誇らしげに話すジェンミに、玲音は気のない態度であしらう。
「ふーん。そりゃ本人に感謝してもらえよ」
「フフッ、それはもう……」
ジェンミが意味深な笑顔でウインクする。
「充分に頂いちゃったから、大丈夫!」
「ん?? それは一体どういう……」
不可解な表情の玲音に、ジェンミははぐらかすようにニヤリと笑った。
「まぁ、レオの武勇伝はさておき」
「はぁ? お前が勝手に広げたんだろうが!」
「ははは、まぁまぁ落ち着いて! いや、この際、この旅での不可解なことを検証していきたいなって思ってさ」
ジェンミのその言葉に、玲音はバッと顔を上げる。
「そうか! 俺もちょうどツカ……」
「え? ちょうど……何?」
玲音は慌てて口をつぐんだ。
司からジェンミの行動を聞き出すように指令があったなど、言えるはずもない。
「あ、ああ……いや。そ、それで?! なんなんだ? 不可解なことっていうのは」
玲音の様子に首をひねりながらも、ジェンミはまた警戒するように二階を見上げた。
「じゃあ、まずは……」
第83話『The Memory Hidden in the Back Alley』裏通りのBar - 終 -




