第84話『Guardian of this place』密談
「ねぇレオ、アリサのことなんだけどさ……」
有紗がランドルフから電話を受けて二階に上がっていくのを見計らい、玲音とジェンミは、なぜか等身大ETも同席するダイニングテーブルで頭を突き合わせ、ヒソヒソと密談を始めた。
「この際、この旅での不可解なことを検証していきたいなって思ってさ」
ジェンミの言葉に、玲音はバッと顔を上げた。
「そうか! 俺もちょうどツカ……」
「え? ちょうど……何?」
NYに滞在中に司からかかってきた電話の内容を思い出し、思わずその名前を口走りそうになった玲音は慌てて飲み込む。
「あ、ああ……いや。そ、それで?! なんだ? 不可解なことっていうのは」
慌てる様子に首をひねりながらも、ジェンミはまた警戒するように二階を見上げた。
「じゃあ、まずはここにいるETくんに出会ったあの日から整理しようか」
「はぁ!? 主旨が違うだろ!」
「あはは、冗談だよ! 彼に出会った、その『マジック・キングダム』の日からね」
ジェンミは『マジック・キングダム』での有紗のこだわりを感じた点を、一つ一つ思い出すかのように話し出した。
「特に撮影場所に妙なこだわりを感じたよ。急に何でもないところに立ち止まって " ここを撮りたい " って言い出したり、しばらくじっーと一点を見つめてたりね?」
「なんだ、訳を聞かなかったのか?」
「いや、最初は聞いたよ。でもはぐらかされたり、なんとなく聞かれたくなさそうな空気が流れるから……聞くのをやめたんだ」
「そうか……」
質問に対して有紗が困惑する局面はこの家でも何度も見かけたことがあり、その表情は玲音にも容易に想像ができた。
「なるほど。確かに回想というか、物思いに耽ってるようにも思えるな?」
「うん。それを言うなら、『エプコット』でもさ……」
ジェンミは初日に密偵した『エプコット』で『ワールド・ショーケース』を撮影しながら回っていた有紗とカメラマンとの様子からも同じ現象を感じたと話す。
「あと……その夜『オールスター・ミュージック・リゾート』ってホテルのレストランで、アリサが酔い潰れそうになってさ。それが、後々ボクと行ったあのダウンタウンの『Dim-hide』ってBarでの状況に似てるなって。今思えば、アリサがやけ酒をあおりたくなるような " 何か " があったのかなって……そこがずっと引っかかっててさ」
「アイツがやけ酒?! で? そのカメラマンが介抱を?」
「ああ。フラフラしながら、すぐに部屋に帰ったよ」
「部屋?! そいつと?!」
玲音の慌てぶりにジェンミはクスッと笑った。
「心配性だなぁ。部屋の前まで送っただけで、カメラマンはすぐに帰ったから大丈夫。ボクもちゃんとそこまでついていって見届けたから間違いないよ」
「そ、そっか……そのカメラマンって、どんなヤツなんだろうな?」
「アリサとはかなり親しい印象だったね。お互い言いたいことポンポン言い合える仲って感じで。でも……」
「ん?」
「アリサの方は彼を意識してないって感じ。カメラマンの方は所々にアプローチを感じるけど、アリサ本人は気にも留めてないみたいだったから」
「フッ、そりゃお気の毒に。あんなに天然で鈍感なら、さぞかし手強いだろうよ」
ジェンミは苦笑いをする。
「そのカメラマンがさ、トレビの泉の前でボクに声かけてきた時は、そりゃマジで焦ったけど、でもなんか、紳士的な印象だったんだ。抗議って感じでもなくて物腰も柔らかくてさ。でも、そんなタイプの人間がどういう意図でボクに接触してきたのか……いまだに解らないんだよね」
「そりゃやっぱり、お前がストーカーだって見透かされてたんじゃねぇのか?」
ジェンミは頬を膨らます。
「失礼な! ストーカーじゃなくて "見守り " だって!」
「だから! あの状況じゃあ誰もそうは思わねぇって。怪しいから声をかけられてんだろうし?」
「いや……なんかそれは違う気がする。声のかけ方も高圧的な態度じゃなかったし……なんか……」
ジェンミは訝しい表情をした。
「あのカメラマン、まるで意を決したように真っ直ぐボクの方に近づいて来たんだ。だから最初は大声でどやされるか、何なら手をあげられたりするかもって、ボクも一瞬緊張してさ。そしたらボクの顔を見たとたんクッって固まって……テンパってワケわかんないこと言い始めた。独り言をブツブツとね。明らかに態度が変わったんだ。変だと思ったよ。でも同時に見覚えのある光景だって思ったんだ」
「どっかで見覚えのある光景?」
「うん。どこだと思う?」
玲音はジェンミの問いに首をかしげる。
「ずいぶん後になって気付いたんだけど……」
食い入る玲音の顔の前に、ジェンミはスッと手をあげてリビングのソファーを指差した。
「あそこだよ。ボクが初めてこの家でアリサと対面した日。あのソファーでアリサの方を振り向いた時」
「あ……」
それぞれの脳裏にハリケーンの翌日の朝の光景が蘇る。
「確かに……あの時は、不自然だと思ったな」
「だろ? 今回の旅でもアリサの意外な行動っていうか、いわゆるフリーズ現象が何度も起きてるじゃん? そりゃボクが認識してるアリサが全てだとは言えないだろうけど、明らかに " らしくない " アリサを目撃した局面だったんだよね」
「そうか……それは『マジック・キングダム』や『エプコット』以外でもあったのか?」
ジェンミは頭のなかにあらゆるシーンを浮かべ、どこまで玲音に話すのかを考えた。
真夜中の月明かりに見た有紗の涙や、花火に照らされ頬を濡らす壮絶な表情の中で自分に向けられたあの言葉を思い起こすだけで、また胸が焼き付くような気持ちが甦り、口にするのをためらう。
「あ……いや、アリサが初めて訪れたパークについては特に何の違和感は感じなかった」
「そうか。にしては、お前がNYにかけてきた電話の様子は変だったよな? ノスタルジックだったり攻撃的だったり、なんだか妙な雰囲気を醸してたけど……一体どうした?」
ジェンミはあの部屋で月を見上げながら不意に湧いた、どす暗い感情を思い出す。
「そ、そう? それはさ、元気すぎるアリサに付き合って、乗り物に乗りまくったから、疲れてただけだって!」
「……そっか」
なんとか筋の通る言い訳になったことにジェンミは安堵する。
「それに旅行中は朝が早いぶん、アリサを早く寝かせるようにしてたからね。単にヒマだっただけさ」
「はっ! 暇潰しかよ! 俺は別にヒマじゃなかったんだけどなぁ!」
「NYガールとのデートをお邪魔しちゃったのなら、謝るけど?」
「してねぇわ! こっちは真っ当に仕事してたんだ!」
「はいはい。じゃあ話を戻すよ! つまり、全ては数年前に有紗がここフロリダを訪れた時に、なにかがあったってことだよね?」
「まぁ……そうなるな」
実際に体感した不可解な有紗の行動について、ほんの少ししか玲音に話せない自分を後ろめたく思いながらも、ジェンミは次のステップへと顔をあげる。
「そこでねレオ! ひとつ提案があるんだ」
「ん? なんだ?」
「とっておきの提案だよ。なんだと思う?」
ジェンミの意味深な目付きに、玲音は警戒する。
「とっておきの……提案?? お前、またややこしいことを言い出すなよ……?」
「一番気になってる事と言えばさ、わざわざボクを置いて一人で出掛けていった『エプコット』の前日に、朝早くからアリサが一人、一体どこで何してたかってことなんだよ」
「そうか。『エプコット』より更にその前日の朝だな。まぁ……確かに」
「この際さ、そういった過去に繋がりそうな疑問について、ツカサに聞いてみるっていうのはどうかな?」
玲音は目を見開く。
「え、えっ!! ツ、ツカサ?!」
「うん。ツカサなら、何か知ってるんじゃないかなと思って。だって、数年前の取材旅行も同行してるんだろ? ならさ!」
逆に司から二人の行動について調査を依頼されていた玲音は、突然のジェンミの提案に混乱する。
「いやっ……で、でも……ツカサは……知らないんじゃないか?!」
「なんでレオがそう言いきれるんだよ! アリサだって、ツカサにはその謎の一日目の行動も話してるかもしれないじゃん?」
「そ、そりゃそうかもしれないが……それをツカサから聞き出すのか?!」
「手っ取り早くていい方法だと思うけどなぁ。他の不可解なことも、一挙解決するかもしれないし」
玲音は頭を掻きながらも、どうするべきかいい案が浮かばない。
「だからさレオ! 近々、ウォーレンファミリーをここに招待して聞き出してみるっていうのはどう?」
「は、はぁっ?! この家に? 本気で言ってるのか?!」
「しっ! レオ、声が大きいよ」
「あ……」
階上をチラッと見上げながら口元に指をたてるジェンミに、玲音は肩をすくめる。
「本人もいるところで聞くのは……どうかと……」
「どうしてさ! 色々まとめて聞き出せるチャンスだと思うけど?」
玲音は、幾度も交わした司との密談を思い浮かべた。
電話口の向こうで心配そうな声で会話しながらも、何度も謝って " 私からは話せない " と言った司の言葉を思い返す。
「いや……そうだとしても……」
その時、階段の上の方でカタリと小さな音が響き、空気が一瞬で凍りついた。
「はっ!」
「はっ!」
玲音とジェンミは同時に口をつぐみ、こわばった表情のまま階段の上を恐る恐る見上げる。
そこには悪戯な表情を浮かべた有紗が、首をかしげながら二人を見下ろしていた。
第84話『Guardian of this place』密談 - 終 -




