第80話『Return to the Sunlit Routine』日常への帰還
カーテンの隙間から差し込む陽の光がいつもより幾分高い気がして、玲音はハッとして起き上がった。
――やべぇ、こっちに帰ったとたんにこれかよ。まぁ、あの騒がしい二人が戻ってきたばかりだから……そりゃペースも乱されるわな……
玲音は気だるそうに大きく伸びをしながら、ふと窓からの光を遮る大きなシルエットに目を向け、閉口する。
自分を見下ろす等身大のETがなにか言いたげな表情でこちらを見下ろしていた。
「……プッ」
昨日の箱から取り出した時の衝撃と、それから二人がろくにものも言えない状況で抱腹絶倒しているシーンを思い出すと、不覚にも笑いが込み上げてくる。
思わず口元が緩む自分に、玲音は苦笑した。
――やべ……笑ってる場合かっつーの!
彼を横目にベッドから降りてバスルームに向かうと、頭を起こそうとぬるめのシャワーを勢いよく浴びる。
――ま、確かに……妙に愛着のわく顔つきだけどな……
ETの頭にポンと手を置いてから自室のドアを抜け、燦々と陽の光が射す廊下に出ると、意外にもそこは静まり返っていて、有紗の部屋の前を通ってもジェンミの部屋の前に来ても気配が感じられなかった。
「ジェンミ?」
部屋をノックしてみるが返事はない。
階段の踊り場まで降りていくとコーヒーの香りが漂ってきた。
――ふーん、遊び呆けてたわりには、早い起床だな?
しかしキッチンまで来ても依然、人の気配はない。
ぽつんと置かれたコーヒーミルの中を覗くと挽きたての豆が入っていて横に新しいカップが置かれていたが、当の挽いた人間はどこにもおらず、シンクを覗くと同じカップが二つ置かれていた。
――へぇ、朝っぱらから二人揃ってお出かけとは……すっかり意気投合ってか?
そうぼやきながら玲音は自分のコーヒーを淹れた。
朝食につまむものはないかと冷蔵室を開けると、チーズとサラミが挟まれたベーグルがこれ見よがしに置かれている。
――おーおーご親切に。これを焼いて食えってか? はいはい、ひとりで優雅に朝食をとらせてもらうとしよう。
皿を取り出すと、その奥に見覚えのあるボトルが置かれていた。
――うわ……久しぶりに見た。ということは、やっぱジョギングか?
焼き上がったベーグルをたいらげて、シンクに戻したところで、門扉の解錠ランプが光った。
――は! お帰りだな。ご苦労なこった!
ほどなくして勝手口がガチャリと開き、頭の先からつま先までスポーティースタイルの有紗が肩で大きく息をつきながら入ってくる。
「ああ……おはよう、玲音」
「おかえり。さっそくジョギングとは。こんな早い時間から……」
有紗に続いて、お揃いのブランドのスポーツウェアに身を包んだジェンミも入ってくる。
「はぁ、はぁ……ああレオ、起きたんだ?」
「ああ、ゆっくりさせてもらった。なんだ? そんなに息が上がるほどガチで走ってんのか?」
「うん。最後のthree blocksだけは必ずラストスパートをかけるって決めてるんだ」
「なんだそれ? 運動部かっつーの?! で? 今朝はどこのオーナーと一緒だったんだ?」
有紗が頬にタオルを当てながら歩いてきた。
「今朝はね、『ToB』と『MAKL』のオーナー、それに『BERNHARD』の広報の女性も。それから『CAMELOTのオーナーも一緒にきてもらったの」
「へぇ、ずいぶんジョギング仲間が増えたんだな」
ジェンミが隣で頷く。
「そう、『ToB』と『MAKL』がメインで、furniture Shopの『BERNHARD』とタッグを組んで、今度ウォースアベニューでイベントをやることになっててさ。ゲストとして『ランドルフ』のコーナーを設けて、そこで " CAMELOTの日本初出店 " の宣伝をしながら、『ウォーレン』のファブリックを使ったディスプレイでアピールするのはどうかって、話をして来たんだよ」
意気揚々と話すジェンミに玲音は肩をすくめる。
「なかなかいいプランだとは思うが……ジェンミ、話をしてきたんじゃなくて、お前の場合は " 話を近くで盗み聞きしてきた " の間違いじゃなねぇのか?」
ジェンミが悔しそうに頬を膨らました。
「人聞きが悪いなぁ! でもまぁ……そうとも言えるけど……」
有紗が横でクスっと笑う。
「だったらいつまでも聞き耳たててねぇで、いい加減仲間に入れてもらえっつーんだ!」
「ああ……それがさぁ……」
ジェンミがこめかみを掻きながら苦笑いする。
「なんか逆に熱い視線を感じちゃってさ……顔を覚えられちゃったから、余計に輪に入りづらくなっちゃって……」
「は?」
有紗の方に視線を向けると、有紗も苦笑いしながら何度も頷いた。
「へっ? そのブレーンの中にお前に気があるオンナがいるのか? ったく……めんどくせぇ展開だな」
「あはは……もう今さら " 実はアリサとは知り合いで…… " なんてとても言えなくなっちゃったからさ。何となく会釈しながら近くの席で、一人でモーニングをしてるんだよね」
「はぁ?! 聞き耳たてながらか?! そりゃぁ頭が下がるねぇ!」
呆れた表情で近くの冷蔵庫に手を伸ばした玲音は、扉を開けて緑色のボトルを二本取り出し、それぞれに放り投げた。
「ほら」
「わ!」
「サンキュー!」
「フロッグレッグとゲーターテイルのドリンクをどうぞ!」
汗を拭きながら、皮肉を言う玲音をギロッと睨んだ有紗は、ボトルを握り直して蓋を開けると、その場でゴクゴクと飲み始めた。
玲音は顔を歪める。
「う……その色……一段とカエルの度合いが増したような……」
「失礼ね! 味も栄養も申し分ないんだから!」
ジェンミが口元を拭いながら、サッと玲音にボトルを差し出す。
「ほら! そんなに羨ましいなら、明日からレオの分も作ってあげようか?」
「いらねぇっつーの! そんなの毎日飲んだら、いつの間にかみんなシュレックになっちまうぞ!」
「ぷっ」
ジェンミと有紗が顔を見合わせた。
「あははははは」
「あははははは」
「な、なんだよ!」
「あはは、最近思うんだけどさ、フロリダに帰ってきてから、レオってホント変わったよね?」
「は? なにがだ!」
「格段に面白くなってる」
「なに?!」
「だってそうだろ? もっと堅物っていうか、インテリ気取りだったのにさ? なんていうか、ユーモアが出てきた気がするんだよね」
「はぁ?! 低俗になったって言いたいのか?! なら原因はお前らだろうが! いつもくだらないやり取りして、俺のことをからかいやがって!」
「あはは、それはいいががりだって! レオだって欲しがってるじゃん?」
「んなわけないだろ!!」
バッと立ち上がった玲音は有紗の方に顔を向ける。
「おい、お前……それ! その期待するような目付きをやめろっ!」
有紗は笑いながら舌を出す。
「あはは、バレちゃったか……今朝も " トムとジェリー劇場 " が見られるのかと思って、期待しちゃった!」
「チッ、全く……お前らといたら調子が狂う」
玲音は憤然とした表情でドンと椅子に座り直した。
「そう? じゃあニューヨークではスノビッシュを気取って女子を侍らしてたってこと?」
有紗も笑いながらそこに乗っかる。
「ええ?! そんなこと……してたの?」
「してねぇっつーの! お前らなぁ! 勝手にありもしねぇこと言うなよ!!」
「あははは、マジで反応するなんてさ。フフフッ、なら……あながち間違ってないのかも?!」
「そうみたいね? あはは」
「チッ! くっそ……」
明るい朝のリビングで、玲音は舌打ちしながら肩を落とした。
第80話『Return to the Sunlit Routine』日常への帰還 - 終 -




