第75話『Return Through the Railway』アムトラックでの帰還
荷物をすべて送った二人は、身軽な装いでホテルを後にした。
WDWから少し離れたオーランドのアムトラックの駅に向かってUberで二十分ほど走ると、静かな住宅地の中に立派な白亜の建物が見えてきた。
スパニッシュ・ミッション・スタイルの駅舎は中央部にふたつの塔がそびえ、プラットホームに沿って長い回廊が造られている。
百年前の息遣いを残す駅舎と、濃い緑の観葉植物が並ぶオーランド駅は、まるで時が折り重なった絵画のような美しさで、二人は取材も兼ねて何枚も写真を撮った。
「いいお天気! この絶妙なコントラストがサイコーよね。植物の緑と駅舎の白、瓦屋根の茶色、それに加えてこの空の青さ!」
「うん、ホント。洗練された外観だよね」
駅舎の正面に書かれた『SEABOARD COAST LINE』の文字をカメラに納めたところで時間がやって来た。
「アリサ、来たみたいだよ」
急ぎ足でホームに向かう。
「わぁ! やっぱりカッコいい!」
有紗が頬を紅潮させて入線してきたアムトラックを撮影する。
「ホントだね! ああ、そう言えば子供の頃 " KATO " のアムトラックでよく遊んだなぁ。レオが持ってた鉄道模型なんだけどさ、日本でもそういうのあるんだよね?」
「あ、日本で言う " プラレール " みたいなものかな?」
「そうそう。レオの家でさ、レールを繋げて床いっぱいに配置して、めちゃめちゃ大きなジオラマみたいにして走らせてたんだ」
「すごく楽しそう! 車社会のアメリカにも鉄道のおもちゃってあるのね?」
「うん。でもこうして久しぶりに実物を見るとやっぱり迫力あるよね!」
「ホント、ワクワクしちゃう」
「さぁアリサ、乗ろう!」
「うん!」
プライベートコンパートメントを予約した二人は、その車内のラグジュアリーな空間に驚く。
「すごい! アメニティもある!」
「うん。本来は長距離で何泊もする設定だから、ゆったり作られてるんだろうね。アリサ、もうすぐお昼だし食堂車に行かない?」
「行く!」
電車の中とは思えないほど解放感のあるスペースに、白いクロスが引かれたテーブルが並んでいる。
壁はウッドパネルが施され、天井には洒落た照明が煌めいていた。
コース料理は上品で、車窓の景色も堪能しながら、食事とこの数日の回想録に花が咲く。
「改めて、ジェンミ。今回の取材旅行、付き合ってくれてありがとう!」
そう言って乾杯のグラスを持ち上げる有紗を、ジェンミは上目遣いで睨みつける。
「取材旅行だなんて! そんな業務的な旅じゃなかっただろ!? ま、ハネムーンとまでは言わないけどさ、ボクはもう少しロマンチックなイメージで旅行を楽しんでたんだけど?!」
「あはは、ごめんごめん。もちろん、私も何度も取材を忘れて楽しんじゃってたし」
「そうだよ! すぐ " 次はあれに乗りたい!" って走り出しちゃうんだから。引き留めるの大変だったよ!」
「あはは……ご面倒をおかけしました」
「まぁ、とにかく、いい旅だったね」
「うん」
二人はグラスを合わせた。
「でも、なんか恥ずかしいことがいっぱいあって……」
「あはは。" stays in Vegas " って言葉、知ってる?」
「ああ、" 旅の恥はかき捨て " って意味よね?」
「そう。" ラスベガスでハメをはずしても、家に帰ったら忘れたことにしよう " ってこと! さして言うなら今回は " stays in Disney " だね。それでいいじゃん!」
「いや……でも」
有紗が苦笑いしながら首をかしげると、ジェンミは平然とした表情で肩を上げた。
「ま、レオにはリークするけどね」
「え! イヤだぁ!」
有紗があからさまに嫌な顔をする。
「どうしてさ? 大丈夫だって! まぁボクたちの関係は、秘密にしといてあげるから!」
「関係??」
怪しげな視線を送る有紗に、ジェンミは大袈裟なリアクションで返した。
「ウソだろ!? あんなことがあったのに、全部記憶にないとか?! なんならここで言っちゃう? となりのテーブルに聞こえてもいいわけ?!」
有紗が頬を膨らませながら空を仰ぐ。
「だからジェンミ……そのノリはもう勘弁してよ! イジワルなんだから!」
「ははは。わかったわかった、じゃあボクの胸に大事にしまっておくよ。ああ、でも目の奥に焼き付いてるアリサのあのセクシーなシーンは……」
「もう!」
「あはは」
しばらく笑うジェンミをにらんでいた有紗もつられて笑いだした。
「それよりさ、今日でアリサと二人きりの旅もおしまいかって思ったら、淋しくて」
今度は有紗が不適な笑みを浮かべた。
「とか言ってジェンミ、ホントは早く玲音に会いたいんでしょ?」
「はぁ?! なんでそうなるのさ! そんなわけないじゃん! ようやくレオのお守りから解放されて、せいせいして出てきたのに」
「またまた! ジェンミの話からはいつだって玲音に対する愛が溢れてたわよ?」
「やめてよ! 帰ったらまた振り回されるのかと思うと、ゾッとするよ。ねぇアリサ、もうこのまま引き返して、一緒にディズニー・ワールドに住んじゃうっていうのはどう? 帰りたくないよォ」
ジェンミは甘えた声を出す。
「うふふ、そんなこと言って! 可愛さ余って憎さ百倍なんじゃない?」
「いいや! レオに可愛さナンテないから!」
「あはは。なら、Love and hate are two sides of the same coin. ジェンミと玲音ってそんなイメージもあるわ」
形勢逆転の状態で、二人はランチを終えた。
車窓の景色に揺られながら廊下を通り、自分達の席に戻る。
思いの外柔らかいシートにゆったりもたれ、心地よい振動を感じながら、しばらく静かな時間が流れ、レールの規則的な振動だけが二人の沈黙を優しく満たしていた。
有紗がバッグから取り出した書類をめくる音を聞きながら、ジェンミはそっと目を閉じて眠ったふりをする。
昨夜は何度かき消しても消えない光景に支配され、ろくに眠れていなかった。
――どうしてあの瞬間、" 好きだ " なんて
言ってしまったんだろう……
制御が効かない自分自身の行動を、理解できなかった。
しかし何より信じがたかったのが、酔った有紗が言い放った言葉だった。
――花火の下で有紗が発した " その顔で言わないで " とは……
一体どういう意味なんだ……?
その声はこだまのようにいつまでも頭の中に巡り、その拒絶に満ちた彼女の悲壮な表情を思い出す度に、胸の奥の鈍い痛みがゆっくりと沈んでいった。
第75話『Return Through the Railway』アムトラックでの帰還 - 終 -




