第71話『Taste of memories』記憶を呼び起こすフレーバー
『ウォルト・ディズニー・ワールド』での最終日のアトラクションを堪能したあと、『ユニバーサル・シティウォーク』の『NBAシティ』でプロバスケットボールチームのグッズを買った二人は、そこから中央の湖をぐるっと回って、ジェンミが予約したレストランへ向かう。
ニューオリンズのカリスマシェフの料理店『エメリルズ・レストラン・オーランド』にやって来た二人は、天井の高いオープンなフロアを見上げた。
「ワインの種類もかなり豊富なんだよ。シーフード料理がメインだから、まずは白ワインを頼もうか」
ジェンミの言う通り、繊細な味付けの南部料理は格別だった。
開放的な雰囲気で食事をすすめる中、となりの老夫婦が注文した大きなデカンタを見たジェンミは、有紗と目配せして同じものを注文する。
グラスに注がれた赤ワインを一口含んだ有紗は、驚いたような表情でグラスをじっと見つめた。
「この味……」
「ん? アリサ、どうしたの?」
「ああ……いえ、なんでも……」
感慨深げにグラスを運ぶ有紗を、ジェンミはじっと見つめる。
その様子は、まるでたったひとりで夢の中を彷徨っているような、生気のない表情だった。
――その夢の中で、一体誰と何をしてるの?
心のなかで問いかけると、まるでそれが聞こえていたかのように有紗が顔を上げた。
「ジェンミ?」
有紗の声にハッとしながらも、切り替えて話し始める。
「いや……ねぇアリサ、ここは夢の国だろ? 残念ながら、もう少ししたらこの夢も覚めてしまうけどさ、アリサにとってこの旅はどうだった?」
有紗はグラスを置いて、ジェンミに微笑みかける。
「もちろん、最高よ? 月刊『ファビュラス』でも、紙面を何ヶ月分か特集しながら埋めていけば、確実に読者の心をつかむ自信があるわ!」
ジェンミはその勢いに苦笑いする。
「はは……相変わらずワーカホリックな発言だね」
「え?」
有紗は恥ずかしそうに肩を上げた。
「ボクが聞きたいのはさ、アリサ自身にとっての旅がどういうものかってことだよ。編集長としてでもファビュラスの為でもなく " アリサ自身にとっての夢の国探索はいかに?" ってことさ」
有紗は納得したように頷く。
「それはもう! どっぷりとディズニーの世界観にハマれたわよ? ジェンミのお陰でね」
「確かに。小さな女の子に戻って大はしゃぎしてるアリサを見られたのは貴重だったからね?」
「やだ……なんか恥ずかしくなってきた」
「え? 今さら?! 今日だって絶叫マシーンをあんなに楽しそうに乗り回してさ、フィリシアやレオママが見たらびっくりするんじゃない?」
「もう……それを言わないでよ。魔法がかかってるんだから!」
「ははは、こりゃまたファンタジーな発言だね。そんなアリサを見られて、ボクは得した気分さ」
そう言いながらジェンミはまた大きなデカンタを持ち上げて、有紗のグラスに注ぐ。
「ねぇアリサ、今日はいつになくお酒が進むみたいだけど……大丈夫?」
有紗はグラスに目を落として独り言のように呟いた。
「ああ。このワインは……ちょっと特別なの」
「ん? そんなに高級ワインでもないけど? こういったフルーティーなテイストが好みなの?」
ジェンミは持ち上げたグラスを透かして見る。
「そうじゃなくて……私の中に残ってるフレーバーなの」
「残ってる……? もしかして前も飲んだことがあるの? フロリダで?」
「うん……」
ジェンミがソムリエを呼んでワインの銘柄を確認した。
「間違いないわ。また巡り会えるなんて……夢みたい」
そう言いながらも、その頬にはひとつも幸福感が映し出されていなかった。
グラスをすすめる有紗から視線を外すように、ジェンミはさりげなく問いかける。
「時々さ、なんていうか……アリサの心がどこかへ行ってるように感じることが……あったんだけど」
「どこかへ……か」
そう言って有紗はしばらくぼんやりと前方を見つめる。
「まだ……さまよってるのね」
有紗はまたグラスを持ち上げた。
「Jo……d…… memoir…… la……」
「え……アリサ、なんて?」
有紗はハッとして顔を上げた。
「あ……ううん。このワイン、とっても美味しくて……」
有紗が取り繕うように持ち上げたグラスはまた空になり、ジェンミはまたそこにデキャンタを傾ける。
空になったそれをテーブルに置くと、ジェンミは両腕をついて有紗に向かって微笑んだ。
「アリサ、それを飲んだらグランドファイヤーワークスだ。今夜は楽しもう!」
「ええ」
ゆったりと椅子にもたれながら、ジェンミは有紗に聞こえないように呟く。
――願わくば、この時間が " 二人のもの " でありますように……
立ち上がった有紗がフラッとよろめいて椅子に手をかけた。
「あっ!」
「アリサ!」
とっさにジェンミが、有紗の腰に手を回して支える。
「ああ……ごめん……」
「ちょっと飲み過ぎだね。大丈夫? 気分悪くなったりしてない?」
「あ、大丈夫。確かに飲み過ぎよね? ごめんね、なんか二人で頼んだのに、私ばっかり飲んじゃって」
「そんなのいいよ。この銘柄、覚えておくから買って帰ろう」
「ありがとう」
ジェンミはそのまま有紗をエスコートし、レストランをあとにした。
陽が落ちたパークは涼しい風が吹き、カラフルなイルミネーションに染め上げられていた。
ジェンミは大きく息をつくと、ひときわ明るい声色で有紗を見下ろす。
「じゃあ、最後の夜を迎えに行くとしよう! いざ! 『マジック・キングダム』へ!」
第71話『Taste of memories』記憶を呼び起こすフレーバー - 終 -




