第66話『Wonder to the moon』月の夜の想い
ジェンミのチョイスしたホテル、フロリダ『ウォルト・ディズニー・ワールド』の最高級オフィシャルホテル『グランド・フロリディアン』
ラグジュアリーな外観やロケーションのみならず、部屋も施設も充実しており、パークでひとしきり遊んだ後のリラクゼーションにおいても充実した環境だった。
一日目の『マジック・キングダム』、そして二日目の『アニマル・キングダム』を制した二人は、心地よい疲れを食後のスパでリフレッシュし、ホテル内の美しい吹き抜けの回廊を通り抜け、散歩がてら湖のほとりへ向かった。
「アリサ、このディズニー・ワールドの二日間はどうだった?」
「もうサイコーよ! 取材だってことを忘れちゃうぐらい!」
「そうだよ?! アリサさ、撮影を忘れて次のアトラクションに行こうとしたことが何度もあったもんなぁ?」
有紗は恥ずかしそうに笑う。
「あはは……ジェンミがチェックしてくれたから助かったけどね?」
「危うくレポートし忘れそうになってたし?」
「あはは……難なく " 撮れ高 " をクリアできたのは、ジェンミのお陰!」
「そりゃよかった。でもホントに、いい写真がいっぱい撮れたよね?」
「うん。アトラクションもいいけど、『アニマル・キングダム』は自然に溢れてて、リアルにサバンナやジャングルを感じられたわ!」
「まぁ、アリサはボクを差し置いて、ローランドゴリラにすっかり熱をあげてたけど?」
「やだ、そんなこと言ったら、また彼に会いたくなっちゃうじゃない」
「マジ?! 妬けるなぁ!」
「あはは」
スーッと吹き抜ける心地よい風を浴びて、暗い湖面に光が反射する不規則な揺らぎに癒されながら、二人はそのほとりで立ち止まる。
「ここからのロケーションも最高だね。なんだか月が間近にあるみたいだ」
「ホント! 渡米してきてずっと思ってたんだけどね、フロリダって、もちろん太陽も素敵だけど、月も素敵よね?」
「そうだね」
ジェンミはグーンと伸びをして月を見上げる。
「ねぇアリサ、前にさ、昔レオとよくキャンプに行ってたって話をしてただろ?」
「うん」
「それもさ、自分で場所を決めてテントを張ったり、食材を探して火を起こしてみたり、なかなか本格的なキャンプをしてたんだよ」
「そうなんだ!? ひ弱な御曹司って訳でもなかったのね?」
「あはは。どっちかっていうとサバイバルキャンプが好きでよく行ってたんだけどさ、まだエレメンタリースクールの時に、夜になっても全然火がつかない時があって……寒いのもあるんだけど、もし野生動物に遭遇しちゃっても、火がないと牽制できないからすごく怖くてさ。狼の遠吠えとか聞こえてきたりするし、何かわからない動物の鳴き声も聞こえてきたりで、草がさわさわ音を立てるだけで、もう二人でビビりまくってて」
笑いながらジェンミは月を仰ぎ、昔話を愛おしそうに話す。
「その時にさ、月の光に大いに助けられたんだ。子供二人で寄り添って一つの毛布にくるまったまま月を見上げてたこと、今でもよく思い出すよ。いつも一緒にいてもさ、レオとボクとでは色々違うことが多くて……でも月を前にして、二人は " 平等 " でさ。なんかその時は、ホントに何でも話せた。まあ正直、お互い話が途切れるのが怖かったっていうのもあったんだけど、眠る気にもなれなかったから、普段しないような話もいっぱいしてさ。そこからボクとレオの関係も近付いたと思う」
有紗はジェンミの顔を見上げたまま、潤んだ目でほほえむ。
「素敵な話……ジェンミと玲音の間には親友っていう言葉だけじゃない大きな絆があるのね。いつも羨ましく思ってたの」
「羨ましい?! ボクたちが?!」
「ええ。そんなに信頼しあって、いつもそばにいられて、色々な関係性にも変化できるっていうか……親子だったり兄弟だったり、血が繋がっていないからこそ、それを超えてくる絶対的な信頼関係が見て取れるわ」
ジェンミは顔から笑みが消えそうになるのを隠すように、有紗の頭に手を置く。
「アリサだって、もはやボクたちにとってかけがえのない存在だよ。ただの同居人じゃないだろ? こうして色々なことを一緒に体験してさ」
「ありがとう! ホントにね、フロリダに来るまでは不安に思うことが沢山あったのよ。けど、今はこんなに毎日充実して過ごせてる。二人のお陰」
有紗は湖面に身を乗り出すようにフェンスに手をかけると、月の光を全身で受けるように空を見上げた。
「そっか、良かった……」
ジェンミは有紗の後ろに回って、月を眺めるふりをしながら、その横顔を静かに見つめる。
二人は自室のフロアまで上がって、そこにあるサロンに立ち寄り、眠りに効果があるとジェンミがセレクトしたカモミールティーを一杯ずつ飲んで部屋に戻った。
「おやすみ」
くるりと踵を返すように部屋に向かう有紗を、ジェンミが引き留める。
「ああ……アリサ、あのさ……」
「ん? なに?」
有紗が口角を上げながら振り向いた。
「あ……いや、この旅行もあっという間に折り返し地点だな……なんて思ったりしてさ」
たどたどしく話すジェンミに、有紗はにっこりと笑みを向ける。
「そうね。でも取材も好調だし、ホントに充実してるわ。ジェンミのおかげ! ありがとう」
微笑むジェンミにもう一度おやすみを言った有紗は、にこやかに部屋に入っていった。
閉じられたドアを、ジェンミはしばらく見つめる。
頬に残った笑みがみるみる冷めていくのを感じ、心の隅にあった思いが波紋を描くように広がって、心を占領しようとする。
胸につかえた圧迫感が、ここに来てから加速しているように感じられた。
いたたまれず、リビングの照明を落とす。
ジェンミはしばらくそこに佇みながら、だんだん慣れてきた目でだだっ広い部屋を見回した。
さっき二人で見上げた月が、すべてを知っているぞとでも言わんばかりの顔つきで窓から覗き込んでくるように見えて、ジェンミは大きくため息をつく。
――ミイラ取りがミイラ……まさか
いや、落ち着け。
大丈夫、イ・ジェンミなら……
第66話『Wonder to the moon』月の夜の想い - 終 -




