第65話『The Scent Leads to Temptation 』香りの余韻
フロリダ『ウォルト・ディズニー・ワールド』に来て二日目の行程を迎えた有紗とジェンミは、早朝から『アニマル・キングダム』を訪れた。
早速サファリトラックに乗り込んで、サバンナツアーに参加する。
川を渡り、ガタガタの道を進んだ先にはゾウやキリンたちが自然の状態で佇んでおり、あまりの接近ぶりに思わず声をあげてしまいそうなのをグッと抑えながら、有紗は目を煌めかせて動物たちを追っていた。
「見てジェンミ! シマウマの模様って、とっても綺麗ね」
「ホントだね!」
サファリトラックを降りると、緑が多く茂り、動物たちをゆったり鑑賞できる『パンガニ・フォレスト』へ足を向ける。
東南アジアの熱帯地域をイメージしたエリアまで来ると、二人は持ってきた双眼鏡を手にジャングルを歩いて散策した。
「もうすぐアリサが一番楽しみにしてる動物に会えるよ。ほら、あそこ!」
有紗はジェンミの指差す方向を見る。
「え! わぁ……」
ジェンミがアリサの唇に指を立てた。
「驚かせちゃダメだからね。せっかく会えたんだからさ」
「うん! そうね」
二人は息を潜め、森の王のように佇むローランドゴリラに熱い視線を送る。
「彼、すっごくイケメンよね?」
「ええっ!? ボクよりも?!」
有紗はフフッと笑った。
「ジャンルが違うわね。ジェンミは繊細なイケメン、彼は正しくワイルドで魅力的! あ、目が合った!」
ジェンミは肩をすくめる。
「なんだよそれ! メロメロじゃん」
「ふふふ」
そこからはアトラクションのエリアで、スリリングなライドと激流下りを楽しんだ。
「わぁ……すっかり濡れちゃった! 着替えないと」
「いいじゃん、そういうショットも一枚撮っとこうよ」
「えーっ、やだぁ! ホンキで言ってる?!」
「もちろん! じゃあこのままアクティブに、次はヒマラヤの雪男に遭遇するエベレストのライドに乗ろう!」
「それもいいかも!」
有紗は終始上機嫌で、更に『ダイノ・ランド』で乗った『ダイナソー』や『バグズ・ライフ』のライドにも大興奮だった。
「はぁ! 楽しかったぁ!」
「フフフ! アリサってさ、なかなかタフだよね? 普通の女の子なら、こんなにハードに遊べないと思うけど?」
「そう? でも確かに、私も普段なら、これだけアクティブに動いたら音を上げてると思うんだけど、今は楽しいが勝っちゃってる」
「なるほど。ボクもそうだ」
「でも、さすがに『アニマル・キングダム』は、ディズニー・ワールドに来たっていう感覚とは、ずいぶんかけ離れてるけどね」
ジェンミはしめたと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「やっぱり?! そう言うと思った! じゃあさ、こっちに来て」
「え?」
ジェンミに連れられて、また湖を渡って向かったのは『アドベンチャー・アウト・ポスト』
そこにはサファリルックに身を包んだミッキーとミニーがいて、有紗はまた少女に戻ったように彼らに挟まれながら満面の笑みで記念撮影をした。
二人は心地よい疲れを癒すように、『ディスカバリー・ランド』をゆったりと歩く。
「ジェンミ、ありがとう! 本当にジェンミは最高のガイドだわ!」
「フフッ、そうだろう?」
そう笑顔で返すも、ジェンミは内心複雑な思いを抱えていた。
パークですれ違う恋人たちが仲睦まじく腕を絡め合っている横で、まるでローティーンのデートのような健全さと、有紗が無意識に保つ距離感に、踏み込めずにいる自分がいる。
『アニマル・キングダム』のシンボルとも言える『ツリー・オブ・ライフ』前に再び戻ってきたところで陽も暮れて、二人の二日目の行程は終了となった。
ホテルに引き上げてから、予約していたシックなレストランで食事をした後、スカイラウンジへ誘おうとしたジェンミに、有紗はまたもや首を横に振る。
「ごめん、今日はこれ以上飲んじゃったら、明日動けなくなりそう」
ジェンミは優しい表情を向けた。
「確かに。今日は昨日よりも断然歩く距離が多かったし、それにアリサ、子供みたいにはしゃぐからさ、電池が切れるのもワケないね?」
有紗が苦笑いするのが妙に愛らしくて、ジェンミは小さく息をつく。
「そうだな……じゃあさ、スパに行くっていうのはどう? ここのスパはエステ並みのメニューがあるらしいよ。疲れ、取れるんじゃない?」
「わぁ! それいい!」
二人はそれぞれ落ち着いた雰囲気の部屋に通され、ラグジュアリーな香りに包まれながら施術を受ける。
すっきりリフレッシュして出てくると、ジェンミが先に出口にいた。
「お待たせ! 待った?」
「ううん。ボクもさっき出てきたところだよ。ねぇ、マッサージオイル、めちゃめちゃ種類があったけど、なに選んだ?」
「ああ、私はね……」
ジェンミがサッと近寄って、また有紗の唇の前に指をたてる。
「ちょっと待って! 当ててみる」
そう言ってジェンミは有紗の肩に顔を近付けた。
「ん……フラワー系? ローズだ! どう?」
「正解! そんなにすぐわかった?」
「うん。いい匂い。じゃあボクはなんでしょう?」
今度は有紗が鼻を近付ける。
「あ……ココナッツじゃない?」
「残念! ココナッツとアルガンオイルのブレンドでしたぁ! ボクの勝ちだね」
「ずるーい! ブレンドなんてサービスあったんだ?」
「エステティシャンのアイリーンがさ、特別サービスだって」
有紗は肩をすくめた。
「さすがプレイボーイ! もしかして、その彼女と今夜、デートの約束をしたとか?」
有紗の言葉に、ジェンミはあからさまに嫌な顔をして見せる。
「ひどいな! アリサを差し置いてそんなことするハズないだろ? レオに汚染され過ぎだよ!」
「あはは」
「実はさ、アリサの香り、ローズかダンディライオンか迷ったんだけど、アリサって、いつもダマスクローズのバスタブレットを使ってるだろ? だからそっちに賭けたんだ」
「さすがね、ジェンミの洞察力は」
並んで歩くジェンミが、有紗の顔を覗き込んだ。
「ねえ、アリサってさ、" 銭湯 " に行ったことってある?」
「え? どうしたの急に」
有紗は眉を上げながらも、懐かしむように天井を仰ぐ。
「そういえば……ちっちゃい時におばあちゃんに連れて行ってもらったことがあったなぁ」
「そっか。ボクは行ったことないんだけどさ、レオが日本のテレビドラマを取り寄せて一緒に見てた時に銭湯のシーンがあって、カーテンみたいな……なんだっけ?」
「ああ、のれん?」
「そうそう! それをくぐって、靴を預けて、みんなで風呂に入るって」
「ああ、そうね」
「で、壁には " マウントフジ " が書かれてて、入浴している間も高い壁同士で会話ができるんだろ? ロッカールームで瓶に入ったジュースみたいなのを飲むのが定番だって……」
思い出すように一生懸命に話すジェンミに、有紗はクスクスと笑いだした。
「あはは」
「なに笑ってんのさ? でさ、その " のれん " だっけ? その前で待ち合わせるのがカップルの定番だっていうのを見たんだけど……」
有紗はにこやかにジェンミを見上げる。
「それ、かなり昔のドラマじゃない? 私の年代ではそんなに銭湯に行くことがポピュラーじゃないし、日本でもだいぶ数は減ってると思うよ。大きな温泉はたくさんあるけど」
「そうなんだ?!」
「ええ。でもどうしたの? 急に」
「なんかさ、ここでアリサのこと待ってたら、その映像を思い出したんだ。まるでその時の、カップル……みたいだなって」
「ふふ、ジェンミは面白いね」
ジェンミは微笑む有紗の横顔を見つめる。
屈託のないその笑顔が、ふいに胸の奥をざわつかせるほど憎らしく思えて、ジェンミは慌てて空を見上げた。
小さく息をついて、有紗の肩に手を置いたジェンミは、その髪からローズの香りを吸い込む。
「さて、健康的にリフレッシュもしたことだし、じゃあ……このままゆったり歩きながら部屋へ戻ろう。香りの余韻が消えないうちに」
「ええ」
第65話『The Scent Leads to Temptation 』香りの余韻 - 終 -




